医学界新聞

連載

2013.11.25

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第258回

オバマケアの船出(2)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3051号よりつづく

 前回は,カリフォルニア州のオンライン医療保険交易所(以下,交易所)にアクセスした結果に基づいて,オバマケアの主眼の一つである公費支援の実際について紹介した。

 オバマケアでは,「個人加入用の医療保険を各種比較した上で購買する」ことのできる交易所は,原則として,各州が自前で運営することになっている。州によって,医療や医療保険の実態が異なる事実を鑑みるからに他ならない。しかし,州によっては,交易所を設置すること自体が「重荷」となりかねない可能性も考慮し,州が交易所を運営しない場合は連邦政府がその運営を肩代わりする仕組みとなっている。

 一方,これまで何度も述べてきたように,保守・共和党は一貫してオバマケアをつぶすことに努力を集中してきた。交易所設置についても,共和党が実権を握る州のほとんどが,「オバマケアの運営に協力するなど真っ平ごめん」と独力での立ち上げ努力を放棄,連邦政府に「丸投げ」した。その結果,本来ならば各州がそれぞれの実状に見合った交易所を個別に運営するはずであったのに,連邦政府が「十把一絡げ」で運営する交易所(以下,healthcare.gov)がカバーしなければならない州の数は当初の想定を大幅に上回り,なんと全米の約7割,36州に達することとなった。

立ち上げと同時にクラッシュした連邦政府設置の交易所

 前回紹介したカリフォルニア州もそうであったように,各州が独自に立ち上げた交易所が比較的スムーズなスタートを切ったのとは対照的に,連邦政府のhealthcare.govは,規模が大きくなりすぎたことが祟ったのか,立ち上げと同時に機能不全に陥ってしまった。「オバマケアのおかげで保険に加入することができるようになった」と多くの無保険者がhealthcare.govにアクセスしたというのに,「ただいま,アクセスできません。後ほどあらためてアクセスし直してください」とする表示しか出ないことが何日も続いたのである。さらに,アクセスの関門を突破した後も,本人認証ができなかったり,アカウントが作成できなかったりというトラブルが頻出,保険加入までこぎ着けた無保険者はごく少数にとどまった。

 オバマ政権が満を持してスタートさせたhealthcare.gov が機能不全に陥った原因の第一は,アクセス数の過小予想であった。同サイト立ち上げを担当した保健省関係者は,「公的高齢者保険メディケア加入者と無保険者はほぼ同数。アクセス数はメディケア・ホームページとほぼ同じの毎日数万件になるだろう」と予想していたという。しかし,初日のアクセス数は数百万件に達し,healthcare.govは立ち上げと同時にクラッシュすることとなってしまった。

 原因の第二は,民間企業に設計を委託したソフトウェア自体に重大な欠陥があったことだった。保健省は,現在,全力を挙げて改修に取り組んでいるものの,アクセス数が減ったにもかかわらず機能不全は続き,「11月末までに機能不全を解消する」とする同省の公約を疑問視する向きは多い。

機能不全が続けば危険な「氷山」に

 オバマケアの保険加入義務(加入しない国民に対して税制上のペナルティを科す)がスタートするのは2014年1月1日であり,healthcare.govの機能不全が長期化した場合,「保険に入りたかったのに,healthcare.govの不備のせいで,入れなかった」国民の怒りを買うことになるのは必定である。加入義務開始日の先延ばしが検討されるゆえんであるが,オバマ政権がそれ以上に危惧しているのは,「healthcare.govの機能不全が命取りとなってオバマケアそのものが壊滅する」可能性である。

 というのも,医療保険が制度として成り立つためには,「健康な人が多数加入して保険料を納める」ことが必須条件であり,オバマケアも「若くて健康な人が新たに医療保険に加入する」ことを前提として制度が設計された。もし,healthcare.govの機能不全が長期に及んで若い人々が「healthcare.govはだめ。アクセスするだけ時間の無駄」と見切った場合,制度自体が立ち行かなくなる危険がある。healthcare.govの機能不全という「氷山」のせいで,オバマケアは,船出と同時に沈没してしまうかもしれないのである。

この項おわり

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