医学界新聞

2013.11.11

Medical Library 書評・新刊案内


大人の発達障害ってそういうことだったのか

宮岡 等,内山 登紀夫 著

《評 者》黒木 俊秀(九大大学院教授・実践臨床心理学)

教科書に答えが載っていない疑問に答える書

 本書は,今年(2013年)5月に福岡市にて開催された第109回日本精神神経学会学術総会に出展していたすべての書店で最も売れ,ついには完売御礼となった一冊であるという。確かに,このタイトルなら思わず手に取り,この2人の対談なら興味をそそられ,この章立てと構成なら心を動かされ,この装丁と価格なら即購入したいと思うだろう。それほどよくできた対談集である。

 宮岡等氏によれば,この対談は,「大人の精神科医の視点で,一般精神科医が理解し実践できる『大人の発達障害精神医学』を,発達障害の専門家から聞き出し,接点,共通点,相違点を探ろうとする試み」であり,「日本ではどこか壁のある大人の精神科医と子どもの精神科医をつなぎたい」と願った企画であるという。なるほど,本書は,2人の共著ではなく,対談だからこそ成功しているのかも知れない。というのも,「大人の発達障害精神医学」は,今日,なお新興の未開の領域であるからだ。

 それ故,宮岡氏は,大人の精神科医として本音の疑問を,発達障害,とくに自閉症スペクトラムの子どもの精神科医である内山登紀夫氏にぶつける。例えば,統合失調症の幻聴と発達障害の特性である聴覚過敏をいかに見分けるかという問いに対して,内山氏は「『この人は普通とちょっと違うぞ』と感じたときに,発達障害を念頭に置いて考えればよい」と答えるが,宮岡氏は「非常に曖昧ですよね」と満足せず,より具体的に聞き出そうとする。そこで内山氏は「幻聴が非常に一過性であったり,切迫感がなかったり,状況依存的であったり(中略)本人の興味や関心と非常に密接に関係している」と詳述するという具合である。こうした対話のなかから,「コンビニのおにぎりは食べるけど,お母さんの手作りおにぎりは食べられない(注:前者は塩分が一定だから)」「深読みは禁物。本当はアスペルガーとボーダーの判別はしやすい」「拒食症とASDの合併は昔のシゾイド的な人に多い」「女性はノーマルに振る舞うのが上手」等々,注目のポイントが列挙される。その結果,2人は「大人の発達障害は大人の精神科医が診るべき」とし,その「診断や対応には,大人でみられる一般的な精神疾患を適切に理解し,症状をきちんと評価できることが大切である」という至極まっとうな結論に達する。本書を通して大人の発達障害を大づかみできた読者には,続いて,内山氏も執筆している『成人期の自閉症スペクトラム診療実践マニュアル』[神尾陽子(編),医学書院]に読み進むことを薦めたい。

 ところで,評者は,2人の対談をどこか懐かしく感じながら,楽しんだ。昔の医局では,こんなふうに先輩や同僚と率直に対話し,その耳学問により,精神科臨床のエッセンスを学んでいったものである。こうした古き良き臨床教育の味が今日のマニュアルやガイドライン重視の研修では失われつつあることを惜しむ。宮岡氏には,ぜひ本書のような「○○○○ってそういうことだったのか」をシリーズ化して欲しい。空欄には何が入るだろうか。新型うつ病,抗認知症薬,早期精神病等々,今日,臨床医が知りたいが,教科書に答えが載っていない疑問はとても多い。

A5・頁272 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01810-4


《脳とソシアル》
脳とアート
感覚と表現の脳科学

岩田 誠,河村 満 編

《評 者》佐伯 胖(東大名誉教授)

脳科学の新たな研究領域を拓く野心的な書

 本書の「発刊に寄せて」にあるように,脳科学がこれまで中心的に扱ってきたテーマは,いわば「正解」のある課題を与えての「反応」を測定・評価するというものであったが,「感じること」「表現すること」をテーマにするということは,個人の内面にかかわっており,外的基準による「正解」のない活動に焦点を当てることになる。このような「新しい」研究領域を拓く際には,伝統的な脳科学・神経科学を超えて,他領域との交流が必要となるわけで,本書も,脳科学・神経科学の専門家ばかりではなく,知覚心理学や感性心理学の専門家,発達心理学者,健康科学の専門家,ロボット工学者,システム科学者らも執筆陣に加わっており,そのような他領域との交流からの新しい研究領域を拓こうという意気込みが感じられる構成となっている。

 本書の章立てを見ると,色彩感覚,「香り」や「味覚」,音楽,絵画,さらには「遊び」など,まさに,「正解」のない活動を中心テーマに掲げているのだが,これらのテーマの下で実際に探求されていることのほとんどが,「特定の課題を与えたときに,脳のどの部位が活性化するか」,「脳のどの部位に障害があると,どういう"歪められた"行動が発現するか」という,まさに伝統的脳科学のパラダイムの中での「原因追及型」の研究がほとんどである。これは脳科学・神経科学は伝統的に「局在論」の立場から,「○○という反応が生まれるのは,脳のどこが活性化することによるか」を分析的に解明するというのがメインストリームの研究であって「それ以外のやり方が考えつかない」のかもしれない。

 しかし,「疾走する赤いアルファロメオ」の写真を認知するとき,「赤いアルファロメオ」を認知する脳の部位と,「○○が疾走していること」の認知が全く別の部位であることがわかっても,まさに「疾走する赤いアルファロメオ」の写真を「アート」としてワクワクしてみる(「カッコいいな」と感じる)のは,脳の中でどのような処理が行われるのかがわからない。それは,おいしい料理をあれこれ分析して材料や調理過程を分析しても,料理人が見事に創り出した,まさに職人芸(アート)としての「料理」そのものが解明されていない,ということと似ている。

 この問題は,脳のさまざまな部位で分析的にとらえられている神経活動全体を脳自体が統括する(単に「まとめる」のではない,調理人のように「見事に調製する」)働きをする脳の神経活動を解明しなければならないということである。これは本書で「描く脳――絵を描くロボット」の執筆者たちが「絵を描く」ということは「自ら描いた絵を評価(鑑賞)する」機能を持つこと,つまり,ロボットが自意識(魂)を持つことであり,これこそが今後の最大の課題であるとしていることにも通じる。

 本書は,「アートする脳」の不可思議さと,これからの脳科学が「超えなければならない壁」を突き付ける野心的な良書である。

A5・頁272 定価3,780円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01481-6


トワイクロス先生のがん緩和ケア処方薬
薬効・薬理と薬の使い方

Robert Twycross,Andrew Wilcock,Mervyn Dean,Bruce Kennedy 編
武田 文和,鈴木 勉 監訳

《評 者》大石 了三(九大名誉教授)

薬物療法の理解と実践に役に立つ書

 トワイクロス先生はオックスフォード大学の緩和ケア講座の初代主任教授で,長年の臨床経験に基づく先生の著書は緩和ケアの実践書として緩和ケアにかかわるすべての医療従事者のバイブルとなっている。今回,緩和ケアの実践経験豊富な日本緩和医療薬学会の認定薬剤師を中心として翻訳委員会が組織され,武田文和先生と鈴木勉先生の監訳のもとに『トワイクロス先生のがん緩和ケア処方薬――薬効・薬理と薬の使い方』が出版された。『がん緩和ケア処方薬』というタイトルであるが,取り上げられている薬物は鎮痛薬や中枢神経作用薬にとどまらず,緩和ケアにおいて用いられるほとんどの薬剤について,薬効分類ごとに必要な情報が網羅されている。基本的な薬理作用や薬物動態,副作用に加えて,緩和ケアで用いられる目的に対する根拠(エビデンス)までもが詳細に説明されており,まさに『緩和ケア臨床薬理学』の初めての書籍といえる。さらに,必要な臨床ガイドラインが簡単にまとめられていたり,特殊な処方や投与法についての説明が加えられており,かゆいところにも手が届く便利な書籍となっている。

 がんの進行に伴うさまざまな症状に対する薬物療法では,治療に難渋するケースが極めて多く,経験的にあるいは症例報告などをもとにいろいろな薬物が適応外使用として使用されることが多い。また,その使用方法も添付文書の記載と異なることもある。しかし,そのような薬物の使い方についての書籍や総説はあまり見たことがない。それは,基礎および臨床のエビデンスの不十分さもあるが,適応外使用について責任をもって詳しく説明するのは躊躇されるという背景があるからであろう。本書では,緩和ケアで実践されている薬物治療について実によくまとめられており,これまで緩和ケアに専門的にかかわってきた人でも,あらためてなるほどと納得させられる内容が数多く含まれていると思う。さらに,かなり細かいところまで触れてあり,緩和ケアにおけるさまざまな事態への対応を実践していくのに大いに参考になる書籍である。

 ホスピスや緩和病棟が増えてきたとはいえまだまだ十分でなく,一般の病棟で緩和ケアにかかわる医療従事者も非常に多い。そのような方に対して,本書は一見図表が少なくとっつきにくい印象を与えるかもしれないが,何かの薬について少し読んでいただければ,緩和ケアにおける薬物療法の理解と実践に本当に役に立つ書籍であることがすぐにわかるはずである。これまで緩和ケアに従事してきた医療従事者にも,一度じっくり読んでいただければ新たな知識の習得ができ,より良い患者ケアの実践につながることは間違いない。

A5・頁752 定価5,775円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01521-9


皮膚血管炎

川名 誠司,陳 科榮 著

《評 者》岩月 啓氏(岡山大大学院教授・皮膚科学)

血管炎・血管障害の臨床と病理組織の見事な融和

 血管炎・血管障害の診断は皮膚所見が糸口になることが多い。経験を積んだ皮膚科医であれば,臨床像からその病変の病理組織反応を考え,いくつかの鑑別診断を想起できるが,確定診断には病理組織所見が不可欠である。本書は,臨床の視点から皮膚血管炎・血管障害を体系的に解説した専門書で,豊富な臨床像と病理組織所見を掲載した構成になっている。Chapel-Hill分類や診療ガイドラインの解説書ではない。

 本書の内容は,大きく総論と各論に分かれている。総論では基本的な血管の組織学的解説と疾患概念を明確に示し,多方面からの血管炎の成因についての考え方を示している。最新の研究を追いかけるのではなく,臨床医の視点でいかに診断し,病態を把握するかという原点に立ち戻った記載が印象的である。血管炎の診断の基本は,動脈炎と静脈炎の鑑別であるが,実はこれが意外に難しい。著者はかなりのページを割いて,多数の病理組織所見を提示しながら,両者の鑑別点を解説している。各論では,一次性血管炎,二次性血管炎や多様な血管障害を紹介しており,臨床の場で遭遇する血管炎・血管病変のほとんどを網羅している。Chapel-Hill分類や既存の血管炎分類をはるかに超えた,詳細にして明解な内容で,かつ,成書の皮膚血管炎の病理的解釈に物申す気概を感じる。

 本書を読むと,これほど多種多様な血管炎・血管障害が皮膚病変として現れるのかと驚かされる。Chapel-Hill分類では,皮膚leukocytoclastic vasculitisとしてまるめ診断されてきた観のある皮膚血管炎だが,実は臨床および特徴的病理所見の違いを読み取ると,おのおのにふさわしい診断名が付与され,病態が明確になってくる。本書は,ANCA関連血管炎やさまざまな血管障害の最新知見や鑑別診断のポイントを紹介しつつ,それでも分類不能な皮膚白血球破砕性血管炎や歴史的な疾患名になりつつあるRuiter型血管炎(vasculitis allergica)や,hypersensitivity vasculitis(Zeek)にも言及しており,皮膚科医としては感慨深い。

 皮膚科医が本書を読むと,記述された診断名にうなずきながらそれらの臨床像や病理組織所見を受け入れることが可能であろう。非皮膚科医にとっては初めて目にする診断名に抵抗があるかもしれない。皮膚科用語は,「ガラパゴス化されている」という批判を受けることがある。しかし,本書の記載は,皮膚血管炎を他科と共有できる概念と用語で論じ,臨床像と病理所見というビジュアルな手法で解説されており,ガラパゴス化しつつある皮膚の血管炎概念を現代の医療水準で体系的に整理している。

 本書を介して,皮膚科医だけでなく,内科医,病理医が,ともに納得のできる形で血管炎・血管障害の考え方を共有できると期待される。その結果は,治療とそのアウトカムに反映されるはずである。

B5・頁360 定価13,650円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01010-8


大うつ病性障害・双極性障害治療ガイドライン

日本うつ病学会 監修
気分障害の治療ガイドライン作成委員会 編

《評 者》中村 純(産業医大教授・精神医学)

原則的なアプローチをわかりやすくまとめた書

 本書は,日本うつ病学会が2011年に「気分障害の治療ガイドライン作成委員会」を立ち上げ,大うつ病性障害および双極性障害の治療ガイドラインを短い期間に改訂し,まとめたものを本年になって成書としたものである。

 高血圧や糖尿病などの身体疾患に対する治療ガイドラインは薬物アルゴリズムまでを含み,既に次々に更新されて一般診療科に流布し治療レベルも向上していると聞いている。しかし,精神疾患の場合には身体疾患と違って,その誘因,発症機転,治療法も微妙に異なる。そして,医師側の態度も同じようにさまざまな薬物療法や精神療法を行っているのが現状である。その結果,その転帰も違っている可能性もある。一方,精神科領域では,そのようなことはできないと考える人もまだ多い。

 このような背景から米国では,二十数年前から,研究者間の診断の一致率を高めることを目的に操作的診断基準が導入され,DSM診断ができた。そして,最近わが国でも上市された精神科で用いられる薬物は,身体疾患に用いられる薬物と同様にきちんとしたプラセボを対照とした二重盲検比較試験を経て,認可されるようになった。また,一部の精神療法においても構造化された比較対象試験結果も報告されている。その意味では,精神科領域でもエビデンスが集積されつつあり,ようやく精神疾患に対しても治療ガイドラインが作成される時代を迎えたといえる。そして,本書のような特定の疾患に対する標準的治療を示すことは,専門医だけでなく,一般科の医師にとっても精神科の標準的治療がどのようなものかを明らかにすることになり,それぞれの治療のレベルを上げることができるのではないかと思われる。逆に,これだけの標準的な治療がなされても,うまく治療が進まない症例がどのようなものかを示すことも課題になるかもしれない。

 本書の特徴は,大うつ病性障害,双極性障害について,まず治療計画策定から入り,軽症,中等症・重症,精神病性うつ病に対する治療の選択として,薬物療法だけでなく,精神療法についてもその原則的なアプローチを最大公約的にわかりやすくまとめていることである。しかもその内容は薬物療法に偏らず,初診時に得るべき情報,精神療法の原則などを示しており,エビデンスごとにそれぞれに治療法をまとめている。ただし,併存症を有する場合や適応障害,気分変調症など専門家がきちんと鑑別診断すべき病態は対象にしておらず,治療アルゴリズムをあえて示していない。したがって,診断が明確でない気分障害圏の人は,専門医が十分丁寧に診るべきだとしており,薬物療法を含めた治療アルゴリズムを示さなかったのも,それが一人歩きしないためと編著者は述べている。また,本書の読者に当事者や家族を想定しているのも本書の特徴といえる。特に,双極性障害委員会からは双極性障害(躁うつ病)と付き合うための1章を加え,当事者,家族向けへの啓発を行っている。

 DSM-5の時代を迎え,気分障害がうつ病と双極性障害とに二分され,気分障害という用語も死語になるかもしれないが,いわゆる気分障害患者が増加し続けており,その対応は,専門家だけでなく,一般身体科の医師にも要請されている。したがって,本書はあらゆる臨床現場で用いられる可能性がある。新しい薬物も次々に導入されてきているが,それぞれの薬物療法に対するエビデンスはいまだ不十分である。そこで本書の中でも述べられているが,本ガイドラインは,今後とも改訂される必要があるが,現時点でのわが国における最も標準的な治療ガイドラインを日本うつ病学会が示したことは,ある意味で精神医学が他の身体疾患の治療法と同様なレベルに向上し,精神医学への偏見もある程度軽減できるのではないかと期待している。

B5・頁152 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01783-1

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