医学界新聞

連載

2013.11.11

在宅医療モノ語り

第43話
語り手:役に立つ実感をかみしめています サイドレールさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「サイドレール」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


タオルさんとのコラボ
無造作に私にタオルが掛けられているように見えますが,実は計算されています。ベッドとマットレスの間の谷へ,モノを落とさないようにするための工夫なのです。
 仲間やチームで協力してがんばろう,とか最近やたらと耳にしますね。私なんかはチームの一員と実感したことがなく,少し寂しく感じていました。この前,特殊寝台さんが語らせてもらったと喜んでいましたが,今回,私にまで声を掛けていただいてうれしかったです。寝台さんとはチームなんていう対等な立場ではありません。私は単なる付属品なのです。

 数ある特殊寝台付属品の中でも,私は地味なほうです。正式名称は「サイドレール」。イメージが湧きませんか? 寝台さんの横の穴に差し込んで使われる道具です。丸い金属性の横に長いレールで,3段か4段になっています。もちろんベッド周囲のすべてを囲うわけではなく,足を降ろしたりするスペースを空けています。一般の方からは「ベッド柵」なんて呼ばれ方もしますが,柵だと少し印象が悪くないですか? なんとなく「行動制限」「人権侵害」をイメージさせます。

 正直な話,私も何度かつらい場面を目にしたことがあります。「安全性」を理由に,患者さんの手にミトンをはめて紐で私にくくりつけたりする,いわゆる「身体拘束」です。手をオムツに入れて排泄物をぐちゃぐちゃ触っていた,最近つくったばかりの胃ろうの管を抜きそうだ,など理由はたくさんありました。しかし,安全性を重視した結果であってもやっぱり悲しい。そう考える人が少なくなかったのでしょう。最近は見かけなくなり,私もほっとしています。

 本当は私,もっとお役に立てる使い道がたくさんあると思うのです。人間がベッドから落ちるのを防ぐだけでなく,掛け布団が落ちて寒くならないように,という場合もあります。私に小物入れをつける方もいますね。いつでも飲めるようにとフタ付き・ストロー付きの容器に水分を入れてスタンバイされていたり,ティッシュがあったり。お守りがぶら下がっているときもありました。身の周りに何を置くのか,どう整理するのか。私の使い方次第で,個性豊かに彩ることだってできるのです。

 私が一番役立っていると実感するときは,患者さんが寝たまま横向きになるときの時間です。例えば背中の褥瘡の処置をするときや,オムツを変えるとき。「おばあちゃん,ここ持っていてくれる?」と,ご家族さんが患者さんの手を私につかまらせて声を掛けられます。この時間が長いと患者さんも疲れてしまいますが,私にとっては役に立っていることを実感できる至福の時間なのです。

 がんという病気が進行したある患者さんの話です。私が寝台さんと一緒にこの家に来たころは,私を頼りにベッドから起きて,ゆっくりと庭の手入れをされていました。しかし,日が経つにつれ弱くなられ,ついに自分で歩いてトイレに行けなくなりました。お部屋にポータブルトイレが設置されましたが,座ったのは数えるほど。すぐにベッドの上で,オムツで,となってしまい,都会から里帰りされた娘さんもオムツ替えなどを手伝っていました。患者さんが亡くなる日のことです。横向きになった患者さんは私をぐっと握っていました。意識はもうろうとされていたようですが,最期の最後まで協力を惜しみませんでした。その姿を見ていた娘さんが,亡くなった後に主治医に語ってくれました。「こんなにも強い父にびっくりしました。最後までがんばってくれたんです。誇りに思います」と。

つづく

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