医学界新聞

インタビュー

2013.09.16

【interview】

“治療の終結”を見据えた処方を
「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」がめざすもの

三島 和夫氏(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長)に聞く


 「睡眠薬を使用しても眠れません。増量すれば効果が出ますか?」「服用すれば眠れますが,治っているのでしょうか?」――患者さんにこんな質問をされたら,どう答えればよいだろうか。

 成人の約1割が不眠症に罹患していると言われるなか,睡眠薬も約6割が一般身体科で処方されるなど,診療科を問わず使用頻度の高い薬剤の一つとなった。ただそれだけに“なんとなく”処方を続ける状態に陥っているケースがある。このほど公表された「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」1)では,上記のようなQ&Aや治療アルゴリズムを掲載し,睡眠薬処方のポイントをまとめている。本紙では,同ガイドラインワーキンググループ委員長の三島和夫氏に,作成のねらいを聞いた。


――睡眠薬の適切な処方についての指針が示されたのは初めてとのことですが,その背景には,どのような状況があるのでしょうか。

三島 まずは睡眠薬を処方される人が非常に多くいることです。09年時点で,成人への1か月処方率は3.5%,3か月処方率は4.8%に上っています2)

 また,1日当たりの服用量と,多剤併用率も増加傾向です2)。これは4つの向精神薬(睡眠薬,抗不安薬,抗精神病薬,抗うつ薬)のうち睡眠薬のみに見られる状況であり,うつ病や高齢化によるさまざまな疾患の併発など,背景に複雑な事情を抱えた慢性不眠症の方の増加が原因としてあげられます。

――治りにくい人が増えているということですね。

三島 ええ。そういう患者さんが精神科だけではなくかかりつけ医などの元にも多く訪れるようになり,非専門医の方が,患者を抱え込まざるを得ない状況が生まれています。

 さらに問題なのが,“飲んで眠れるならそれでいい”と,求められるままに漫然とした処方を続けてしまう実態が一部にあることです。それらが積み重なって,結果的に全体の処方量が底上げされていると考えられます。

 不眠症の治療ガイドライン3)や,薬剤選択に関する指針は多くの教科書や資料に記載されています。ただ,こうした状況を踏まえ,あらためて睡眠薬に特化した中長期的な処方の方略を知っていただく必要があると考え,ガイドラインの作成に至ったわけです。

治療初期段階でハイリスク者を見極める

――では実際に,適切な処方を行っていくためには,どんなことを意識すべきなのでしょうか。

三島 一つは,ハイリスクの方を早期に見極めること。目安としては,最初の処方で出した分をきれいに飲みきってくる方には要注意ですね。少なくとも治療初期には,睡眠薬の7割以上が頓服で使用されています。そこから考えると,10日分を7日,ときには5日ほどで飲んでしまったような方は,それだけ不眠症状が重い,あるいは睡眠薬への期待が大きく,長期服用に陥りやすいと言えます。

 また,依存傾向や不安が強い性格もリスクの一つです。そうした方は,アルコールとの併用禁止の指示が守れない場合もあり,相乗的に長期服用のリスクが最も高くなります。

――その人のもともとの性格や素質も,見極めていく必要があるのですね。

三島 そうですね。

 半年から1年を超えて飲み続けると,一部の薬では耐性が生まれ,1錠では効かず2錠,3錠と処方量が増えてしまうことがあります。いくら薬を増やしても,それに比例して効果が増加することは期待できないにもかかわらず,です。そういう“深み”にはまっていくことがないよう,あらかじめリスクを見極めておくことが,その後の処方の方向性に大きく影響すると考えています。

“治療の終わり”とは?

三島 さらに重要なのが,“終わり”を意識した処方です。

 たとえば花粉症への抗ヒスタミン薬や,膀胱炎への抗菌薬であれば「どうなったら服用を終われるのか」を,医師と患者とが共有できているのが普通だと思います。ところが睡眠薬の場合,どうしたらよくなったと言えるか,薬をやめられるのか説明もなく,尋ねられもしないまま,ずっと処方されているケースが見受けられるのです。

――休薬の目安を医師,患者双方で意識する,ということですね。目標は,「飲まなくても眠れるようになる」ことなのでしょうか。

三島 いえ,それだけでは不十分なのです。

 日本国民の成人3人に1人は不眠症状があるとされますが,臨床的にも不眠症と診断されるのは約10%。では,不眠症状があっても問題なく生活している人と不眠症者との違いはどこにあるかというと,日中のQOLが低下している点なのです。不眠症の方には,眠気や倦怠感,集中力低下,抑うつ症状など,不眠症状に起因する多様な心身症状がみられます。

 睡眠薬は当然ながら“寝かせる”薬なので,一定期間服用後にヒアリングをすれば,約9割の人は不眠症状が改善した,もしくはなくなったと回答します。ただ,不眠で低下したQOLも「改善した」と答える人は5割程度にとどまります。

 つまり「不眠症状の有無」のみでは不眠症の決定打にはならないし,逆に不眠症状は若干残っていたとしても,日中の生活機能が改善していれば不眠恐怖症の泥沼からは抜け出せます。臨床評価も,その視点から行うべきでしょう。

――「何時間眠れた」とか「夜中に何回目が覚めた」と,睡眠を点数化するのではないということですね。

三島 そうです。

 加えて今,睡眠薬服用者の7割以上を占める50歳以上の方は,生理的な加齢変化もあり,若いころのようにぐっすり寝ることがそもそも難しい。「眠れない」「寝つくのにすごく時間がかかる」という訴えの解決にこだわるより「眠れないことで,日中,何に困っておられますか」という聞き方をすべきでしょう。治療が進んで寝つきがよくなっても「それで,日中に何ができるようになったか」を聞かなければなりません。そうして日中の活動性を上げることが同時に,眠りのニーズを増やすことにもつながります。

――患者さんとの情報交換を密にしていくことが必要ですね。

三島 現実に「1年間,不眠のことは何も聞かれず睡眠薬を出され続けた」なんていう患者さんもたくさんいます。“出したら出しっぱなし”ではなく,治療の局面ごとに不眠症状と一緒にQOLや活動性の向上の有無,抑うつなどにも目を向けていく。不眠へのこだわりが解消され,日中の活動にも支障がなくなったら,4-8週間ほど様子を見て,その後徐々に減薬に入るべきと考えています。

複雑化した不眠症には非薬物療法の活用を

――もし薬の効果が見られない場合や,なかなか減らせない場合にはどのような対処が考えられますか。

三島 薬物抵抗性の不眠症に関しては認知行動療法(CBT)がかなり効果があることがわかってきており,CBTのスキルを持つ医療者が多くいる米国では,既に不眠症治療のファーストラインとなっています。またCBTは,長期服用者に対する減薬にも効果的と報告されており,今回のガイドラインでも治療アルゴリズムにCBTを含めています。

 日本では現状,不眠のCBTは保険診療でカバーされておらず,実施施設もかなり限られています。しかし年々トレーニングを受ける人は増えていますから,今後の保険点数化が期待されます。

――薬物療法と非薬物療法を使い分けていくことで,重症化を防げる可能性も高まるでしょうか。

三島 今後はそうなると考えています。

 ただ,既に症状が複雑化しきってしまった治療抵抗性不眠症の方への対応については,いまだ課題の一つです。朝起きた途端,夜寝ることを考えて不安になり,10数錠の服薬が止められないような重度不眠の方もおられます。この場合は,専門家が彼らの不安を受け止めながら,生活のスケジューリングをしつつ徐々に薬を減らしていくしかありません。その治療戦略については現在,厚生労働科学研究事業でプログラムを作り始めたところです。

不信を払拭することが,重症化を防ぐ鍵

――不眠治療を受ける側の認識を変えていくことも,重要になりそうです。

三島 世界10か国で「不眠があったときかかりつけ医に相談しますか」と尋ねたところ,他の先進国や新興国では約半数が「不眠は病気だから相談する」と答えているのに,日本人ではわずか5%ほど,というデータがあります。

 「肉親が亡くなった」「リストラされた」など心理的ストレスから生じた一時的な不眠も,そのままにしておくと,睡眠をサポートするさまざまな身体機能の障害が生じる,生理的過覚醒と呼ばれる状態に陥ります。夜中になっても脳の温度や基礎代謝が落ちず,“眠れない体”作りが進んでしまうのです。

 しかし,ひたすら我慢したり,寝酒や睡眠グッズ,市販薬に頼った結果,不眠が慢性化して治りにくい状態になって初めて,医療機関を受診される方が本当に多い。その源にはやはり,かつての“怖い”睡眠薬の残像があり,漫然とした長期処方,多量処方を許してきた状況があったと省みています。

――そういうイメージをどう払拭していくか,ですね。

三島 ええ。そのためにも「必要なときに必要な量を使ってやめる」という処方を徹底させていく必要がありますし,近年はリスク・ベネフィット比に優れた安全性の高い睡眠薬も登場するなど,この領域には日々新しいエビデンスが生まれています。今回のようなガイドラインを公表することで,非専門家や治療の受け手側にも,最新の治療法を広く知っていただきたいですし,随時改訂して情報をアップデートしていきたいですね。

 非薬物療法も活用して,薬に頼りすぎない,けれど恐れすぎない治療を確立することで,より多くの方を,不眠が重症化・複雑化する前に救うことができたらと考えています。

――ありがとうございました。

(了)

文献
1)厚労科研「睡眠薬の適正使用及び減量・中止のための診療ガイドラインに関する研究班」,日本睡眠学会・睡眠薬使用ガイドライン作成ワーキンググループ編.睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン――出口を見据えた不眠医療マニュアル
2)三島和夫.診療報酬データを用いた向精神薬処方に関する実態調査研究.厚労科研「向精神薬の処方実態に関する国内外の比較研究」平成22年度研究報告書.2011.
3)内山真.睡眠障害の対応と治療ガイドライン 第2版.じほう,2012.


三島和夫氏
1987年秋田大医学部卒。同大精神科学講座助手,講師,助教授を経て2002年米国バージニア大時間生物学研究センター,スタンフォード大医学部睡眠研究センター客員助教授。06年国立精神・神経センター精神保健研究所精神生理部部長。10年より現職。著書に『不眠の医療と心理援助――認知行動療法の理論と実践』(金剛出版)など。睡眠障害の病態生理研究,治療ガイドライン研究などに関する厚生労働科学研究班の主任研究者を歴任。日本睡眠学会理事,日本時間生物学会理事等も務め,日本の睡眠医療レベルの向上に力を注ぐ。

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