医学界新聞

寄稿

2013.09.02

【寄稿】

いつまでも口から食べられる地域づくり
「京滋摂食・嚥下を考える会」の活動から

荒金 英樹(愛生会山科病院 消化器外科部長/京滋摂食・嚥下を考える会 代表)


摂食・嚥下の地域連携に多くの課題あり

 地域の高齢化に伴い,脳血管障害や加齢に伴う筋力の低下から食事がうまく飲み込めない摂食・嚥下障害の患者さんは年々増加し,胃ろうなどの長期人工栄養の問題も加わり,医療,介護領域にとどまらない社会全体の問題となってきました。こうした摂食・嚥下障害は短期間で改善することは少なく,急性期一般病院だけの取り組みでは限界があり,地域の医療・介護施設と一体となった長期的な幅広い支援が必要です。

 摂食・嚥下障害に対する地域の現状を把握する目的で,2009年12月に京都府内で栄養サポートチーム稼動認定施設を中心に実態調査を実施したところ,摂食・嚥下障害者向けに調理された嚥下調整食(以下,嚥下食)は多くの施設で導入されており,その種類,段階数は多岐にわたりました。嚥下食の参考基準も約40%の施設で独自の基準が作成されており,また,比較的支持されていた嚥下食基準「嚥下食ピラミッド」1)を採用している施設間においても,食事名称上の比較では同一レベルであっても,実物の物性が異なっている等,施設によりバラつきが存在する実態が判明しました。地域連携や摂食・嚥下の問題への共通理解に多くの課題があることが浮き彫りになったのです。

 こうした課題に取り組むため,2010年5月に京都府,滋賀県で栄養,摂食・嚥下の問題にかかわる多職種の方々にご参加いただき,「京滋摂食・嚥下を考える会」(以下,考える会)2)が発足しました。本稿では,その考える会の活動を紹介させていただきます。

嚥下食共通基準と摂食・嚥下連絡票の作成

 考える会では,嚥下食が多くの施設で独自に工夫されている現状を踏まえ,各施設の嚥下食の内容,形態の変更を促すのではなく,施設間の情報の伝達手段として嚥下食ピラミッドの符号(L0-L4)を使用し,考える会が作成した「摂食・嚥下連絡票」3)の運用を提案することにしました。

 この呼びかけに対し,京都府では府内の医師会,歯科医師会,歯科衛生士会,栄養士会,言語聴覚士会,看護協会,介護支援専門員会などの各職能団体に承認をいただき,関連職能団体に加え,各種病院,介護施設,在宅関連団体の代表が参加した「食べることを考える小委員会」が京都府医師会内に組織されました。その中で,嚥下食ピラミッドによる嚥下食共通基準と摂食・嚥下連絡票の採用が正式に承認され,府内一円でこれらを推進していくことになりました。

 これをきっかけに,各職能団体では会員向け教育プログラムへの導入や府民向けの広報活動に加え,京都府が推進している各種地域連携パスへの導入が進められています。また滋賀県では,草津栗東医師会が作成している「私の療養手帳」に摂食・嚥下連絡票が組み込まれ,管理栄養士が中心となり地域での嚥下食の料理教室が開催され,地域から県内へ広げていく試みが始まっています。

京都における食支援の試み

 嚥下食を病院,施設の治療食から地域の食文化へと発展させるには,医療,介護の枠を超えたさまざまな分野の方の協力が必要です。京都は日本の食文化を支える職人が活躍してきた歴史と伝統のある街です。こうした京都の職人の方々の協力を得ながら,現在,新たな食文化の構築,食を通じての地域づくりの取り組みが始まっています。その一端として,3つのプロジェクトを紹介いたします。

◆嚥下食プロジェクト
 NPO法人日本料理アカデミー(以下,アカデミー)は京都市にその本部を構え,京都の料理人を中心に多くの日本料理に携わる方々が集い,日本の食文化を次世代,世界に伝えていくことを目的に活動しています。考える会が取り組む嚥下食改善事業への支援をお願いしたところご快諾いただき,2012年1月より「嚥下食プロジェクト」として共同事業が開始されました。

 アカデミーから派遣される料理人と,当会所属の管理栄養士を中心とした会合を月に1回程度開催し,管理栄養士からは摂食・嚥下障害と嚥下食の情報を,料理人からは嚥下食の問題点を提起していただき,その解決方法を検討していきました(写真1)。

 料理人の方々に指摘されたのは,嚥下食の特徴である「均一性」が,外観や味,香りといった食事の変化を乏しくさせているという点です。われわれは,ともすれば安全とおいしさという相反しかねない条件の間で京料理の技法を導入しながら試作を重ね,2012年9月の敬老の日に,京都府内4施設でイベント「京料理による嚥下食」(写真2)を開催することができました。日ごろ,食事を一目見ただけで目をつぶり,あまり口をつけなかった患者さんも楽しんで召し上がっていただけた等,多くの感想を得ることができ,あらためて食の力,食支援の重要性を実感するイベントとなりました。

写真1 会合のようす 写真2 嚥下食「中秋名月の松花堂」
日本料理アカデミーから派遣された料理人,京滋摂食・嚥下を考える会所属の医師・管理栄養士が集まり,京都ならではの嚥下食づくりに挑んだ。 鯛雑炊と,手前左から時計回りに南瓜・小芋・冬瓜・海老しんじょうの炊き合わせ,鮭杉板焼き,十五夜玉子・月見団子・菊花寄せの盛り合わせ,胡桃豆腐。

 食材費用については,通常の行事食の費用に100円/1食程度の上乗せに抑えました。試作費はアカデミーの支援をいただいたほか,料理人,管理栄養士はボランティアで参加していただいたおかげで,全体として,非常に低予算で運営することができました。

 本年度は,京都府地域包括ケア推進団体等交付金を利用し,さらに参加施設を増やし,2月の節分に予定しているイベントに向けて準備をしています。

◆お茶プロジェクト
 病院,施設で提供されている嚥下障害者向けのお茶は,増粘剤やゲル化剤により本来のお茶の香りと味が損なわれてしまっています。その課題に取り組むため,現在,京都の老舗茶舗・福寿園の福寿園CHA研究センターと京都山城総合医療センターとの共同で,おいしいトロミ茶,お茶ゼリーの研究をしていただいています。製品化までにはまだまだ課題はありますが,おいしいお茶ゼリー,トロミ茶の作り方を,近日中に考える会のホームページで公開する予定です。

◆お菓子プロジェクト
 お菓子は有効な栄養補給方法であるとともに高齢者にとっても大きな楽しみの一つです。見た目にも味にも喜んでいただける嚥下障害者向けのお菓子の選定,制作への協力を,京都府の菓子業界の方々に打診したところ,京都府菓子工業組合内の京都府生菓子協会と連携してプロジェクトを行うことになりました。高齢者に優しい京の和菓子が提供できるよう,現在さまざまな企画を検討しています。

「いつまでも口から食べられる地域」をめざして

 高齢者の食支援は,各地でさまざまな試みが行われています。こうした中,京都では府レベルで嚥下食共通基準と摂食・嚥下連絡票の承認を得たことで,多くの職能団体に協力いただける環境が整えられました。それが料理業界,茶舗,菓子業界などの医療,介護の業種を超えた共同事業も可能にしたと考えています。

 考える会では,今後,一次医療圏レベルで各地の実情に応じた地域連携を支援し,地域包括ケアの一翼として行政を巻き込んだ活動も見据え,検討を進めています。加齢に伴う摂食・嚥下障害は疾患ではなく,誰にでも起こり得る一つの生理現象です。人が等しく,皆いつまでも口から食べられる社会を作り上げることは,高齢者だけでなく私たちにとっても幸せな社会ではないでしょうか。

参考URL
1)嚥下食ピラミッド
2)京滋摂食・嚥下を考える会ホームページFacebookページ
3)摂食・嚥下連絡票


荒金英樹氏
1992年京府医大卒。同大第一外科,済生会京都府病院外科,同大消化器外科を経て,2004年より現職。専門は消化器外科,がん栄養管理。院内で栄養サポートチーム(NST)に携わり,多職種連携・地域連携の重要性を感じ,京都での体制づくりに奔走している。

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