医学界新聞

寄稿

2013.06.24

【寄稿】

世界から求められている日本看護の役割
国際看護の現場から「現在」「過去」「未来」の視点でみた価値

岡田 悠偉人(看護師/NEW NURSING株式会社)


 安倍晋三政権による経済政策「アベノミクス」の成長戦略として,日本医療の包括的な輸出が注目されている。医療機器などのハード面だけでなく,病院運営システムやサービスなどのソフト面も含めてパッケージとして輸出することが,世界市場で戦う際の競争優位戦略となる。それに伴い「日本看護の価値」が世界市場によって評価される時代となった。

 日々,世界を飛び回っている筆者は,日本看護の輸出こそが日本に経済発展をもたらし,かつ世界の人々のいのちを救うと確信している。今回は世界から見た日本看護の価値について,「現在」「過去」「未来」の3つの軸から論じてみたい。

質の高い日本の看護を言語化して世界に提示すべき

 まず,「現在」の日本看護は世界的にみても質の高いものであり,世界がめざすべき看護モデルとなり得る。

 国内では問題点ばかりが議論されるが,日本の看護は世界的に高い質を担保し,人材の質も安定している。質の高い看護とは,身体・精神・社会的な視点から統合的なケアを提供できることであり,これらは日本では日常的に行われている。例えば,肺炎で入院している高齢者に対して聴診によって痰の貯留を評価し,日常会話によって認知機能低下を予防し,退院のために家族と相談してADL目標を決めた上で,付き添いでトイレ歩行を介助する。

 日本では多くの看護職が統合的なケアを提供できるが,海外ではこうしたケアを展開できる人材はまだ少ない。クリティカルケアが進んでいるドバイのICUでさえ,呼吸器を含む身体的な全身管理はできるが,精神や社会的なケアの視点は意識化されていない。したがって,著者は現地のICUナースとともに,iPadを使ってせん妄予防介入を始めたり,カンファレンスで退院後の家族ケアや宗教的な苦悩を議論したりすることによって,人材の質を高める支援を行っている。

 日本看護が持つ質の高い知識や技術,看護に対する姿勢を世界へ伝えることができたら,世界中のいのちを救い,人々に尊厳を取り戻すことができる。ただそのためには,日本の看護職は自分たちの行っているケアをしっかりと言語化して,文化基盤が異なる他国の看護職に対して,わかりやすく提示する能力を身につける必要がある。もちろん,その日本看護を高品質な日本の医療機器とともにパッケージとして提供することができれば,大きなシナジーが生まれ,さらに多くのいのちが救えるであろう。

「戦後日本の公衆衛生活動」が創る世界の未来

 次に「過去」の日本看護を科学的に振り返ることが,最大の国際貢献となる。

 国際看護において途上国の公衆衛生向上をめざす際に,成功モデルとして世界中で参考にされているのが「戦後日本の看護職による公衆衛生活動」である。戦後間もないころの日本では,子どもは裸足で生活しており,過酷な食料難で主婦が闇市で食料を調達して,なんとか家族の栄養状態を保っている状況であった。終戦から2年後の1947年の保健指標を見てみると,妊産婦死亡率は175(出生10万対)であり,平均寿命は男性50.06歳,女性53.96歳1)。当時の妊産婦死亡率は現在のミャンマーと,当時の平均寿命は現在のナイジェリアと同程度である2)

 戦後,国民の教育や経済発展に加え,政策として公衆衛生を強化したことで,妊産婦死亡率は戦後30年で4分の1となり,平均寿命は戦後40年で男性74.48歳,女性80.48歳と世界一になった1)。これだけ速く,劇的に公衆衛生が改善された国は,日本以外にはない。世界的な解釈では,保健師や助産師を含む看護職が地域の中で,検診や生活指導などの地道な公衆衛生活動を行ったことが,この劇的な改善の大きな要因であると考えられている3)

 しかし,戦後日本における保健指標分析は多々あるが,看護職が実際に行った公衆衛生活動についての具体的かつ科学的な論文やモデルは,ほとんど見当たらないのが現状である。したがって,戦後日本の看護職による地域における活動を具体的かつ科学的に振り返り,世界で使用できるモデルとして提示することが必要である。そうすれば,海外の看護職が自分の国の状況に合わせて,このモデルを適応させて,効果的に公衆衛生活動を行うことができる。戦後日本の公衆衛生看護は世界に誇る資源であり,日本の過去を振り返ることこそが,世界の未来を創るのである。

日本の健康問題が途上国の健康問題に

 最後に,世界の未来は,日本看護の「未来」にかかっている。

 この10年間で途上国における健康問題は様変わりし,生活が豊かになったことで感染症による死亡や5歳以下の死亡は半減した4)。一方で,生活習慣病や精神疾患,高齢化や看護人材の質が途上国の大きな健康問題となりつつある。これらは日本が今まさに直面している健康問題であり,途上国の健康問題が急速に日本の健康問題に近づいている。つまり,日本看護が現在の日本における健康問題を解決することができれば,それはそのまま途上国の未来の健康問題を解決したことになる。

 インドネシアで大きな健康問題になりつつある糖尿病を解決するのは,今日本の在宅で糖尿病患者に効果的な生活指導を行っている日本人看護師かもしれない。現在の日本は健康問題が多く複雑であるが,それは同時にイノベーションが生まれる機会が多いことを意味し,日本看護が世界の未来をリードする可能性が大きいことを示唆している。

私たちが「看護とともに生きる」理由

写真 アフリカの病院で小児整形外科手術の麻酔管理を行う岡田氏(写真右)。

 国際看護という場で仕事をすればするほど,世界のいのちを救う答えは海外ではなく,日本看護の中にあるのではないかという逆転の思考が,自分の頭の中で日に日に大きくなってきた。「現在」「過去」「未来」という視点から日本看護としっかりと向き合い,「日本看護モデル」を世界にわかりやすい形で提示することこそが,まさに今,世界から求められている日本看護の役割なのである。

 世界のいのちを救うのは,世界を飛び回っている筆者ではなく,日本で一生懸命いのちと向き合っている現場の看護職なのである。そう,今この記事を読んでいる「あなた」こそが,日本を,そして世界を救うイノベーションを生み出す人材なのだ。

 流れが速く本質を見失いそうになる時代だが,もう一度,自分が何のために看護をしているのかを問うてほしい。日本の,そして世界の人々のいのちを救うために,私たちは看護とともに生きているのである。

 日本人看護師として,日本看護が世界という市場に大きな価値を提供できると信じて,今日もまた飛行機に乗って世界中を駆けずり回っている。

参考文献
1)厚生労働省統計情報部 (2012). 人口動態統計
2) WHO (2013). World Health Statistics 2012
3)UNICEF (2009). 世界こども白書2009
4)United Nations (2013). Millennium Development Goals Report 2012


岡田悠偉人氏
2008年沖縄県立看護大卒。10年聖路加看護大大学院博士前期課程修了。救急外来看護師を経て,現在はNEW NURSING株式会社代表取締役。日本発グローバル看護ベンチャーとして「看護で世界を変える」の理念のもと,アジア・中東・アフリカをフィールドとして,医療マーケット調査や海外病院における看護教育,日本企業の海外進出を支援するビジネスを行っている。今年度からは日本国内でも積極的に活動している。看護師・保健師・疫学研究者。

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