医学界新聞

連載

2013.06.03

在宅医療モノ語り

第38話
語り手:一瞬を雄弁に語ります デジタルカメラさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「デジタルカメラ」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


"自分撮り"は不可能なので
仙台の学会に,多くのデジカメ族が集まりました。学会内容や風景はもちろん,新しい出会いに懐かしい再会,さまざまな一瞬を地元に持ち帰ります。恩師のカメラは重厚なタイプ。市民講座のチラシさんも,ちゃっかり映り込んでいます。S先生,ご協力ありがとうございました。
 写真が,画像が,記録が,日常に溢れています。朝起きて携帯電話の着信履歴がないことを確認します。「よかった」。緊急コールはなかったようです。さあて,今度はパソコンでメールをチェック。訪問看護ステーションから患者さんの皮疹の写真が届いていました。「うーん,これは疥癬じゃないでしょ」。主人は独り言を言いながら,今度はFacebookのチェック。大忙しです。朝食前から画像の洪水で溺れてしまいそうですね。お友達の,よそさまの,夕食メニューから講演会での勇姿,はたまた飲み会の楽しそうな写真まで。飲み会のメンバーからお店の雰囲気,無防備な姿,酔っぱらい具合まで,デジタル画像は雄弁に語ります。

 話がそれて失礼しました。私は往診鞄に入れられているデジタルカメラです。基本的には診断などで使われています。はい,褥瘡は得意分野です。悪化や改善の過程が時間とともに記録され,次の治療を考えるための資料になります。「今起きているコトをどう考えますか?」と多職種でシェア。百聞は一見に如かず,画像を使って各分野の専門家に尋ねることだってできるのです。以前に比べ,シェアの仕方は簡単になりました。写真を現像する,封筒に入れる,宛先を書く,切手を貼る,ポストに投函。かつての長い一連の作業も,今やデジタル画像をメール添付で送信。ほんの一瞬で終わってしまうのです。

 診療以外の場面で,私はどんな用途で使われているか,ですか? それはもう持ち主次第でしょうね。「退院1か月記念,おめでとう!」でパシャ。病棟スタッフの皆さんにもこの元気な姿を見て喜んでもらいたいですね。退院のときにお世話になった看護師さんやソーシャルワーカーさんにも,ぜひザイタクでのこの笑顔,シェアして欲しいです。「お誕生日,おめでとう!」でお花と一緒にパシャ。最近親子で写真なんか撮ってないんじゃないですか? 今日は見学の学生さんもいるから,一緒にパシャ。記念撮影の理由もいろいろ。

 訪問診療で回っていると,撮影ポイントが毎日無数にあります。「お庭のバラがきれい」「この井戸ってまだ使えるのかなあ」。自然の美しさ,暮らしの匂い,人生と運命の重み。この一瞬をダイジにしたい。誰かに教えたい,共有したい。そんな衝動に駆られることが確かに多いのです。でも,毎回撮影できるほどの余裕はありません。ザイタクの現場に存在すること,それはもう撮影者である前に当事者ですから。

 私を使っていただけると,屋外の"一瞬"をザイタクに持ち込むことができるので案外喜ばれます。例えば,花の写真。「尼寺の桜ですよ」。花の中でも桜は特別。患者さんも元気なころは毎年花見に行かれていたそうです。「そういえば調整池にカワセミがいましたよ」「どれどれ」。往診鞄に私が入っていれば,あのときの一瞬が次々に画像として出てきます。私の場合,主人の趣味で往診鞄の中身をよく撮らせてもらっています。また勉強会やカンファレンスでも写真を撮らせていただくことがあります。多職種協働の自己満足的な証拠写真のようですが,あのときの一期一会を一瞬に閉じ込めて大切にしたいという気持ちの表れでもあります。

 なるべく美しくなるように一瞬を作りこんで撮る。ちょっとずるいなと思われるかもしれませんが,これが私のオシゴトです。「一瞬も一生も美しく」なんて,どんな化粧品を使っても実際は難しいと思いますが,「それなりの一瞬」を大切にしていきたいと思います。

つづく

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