つながりのきっかけになることが幸せ 名刺さん(鶴岡優子)
連載
2013.05.06
在宅医療モノ語り
【第37話】
語り手:つながりのきっかけになることが幸せ 名刺さん
鶴岡優子
(つるかめ診療所)
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「名刺」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
私は自由につくれます
ウチの主人は不出来な医師ですが,私だけでなく名刺はいくつか持っているようです。肩書きもいろいろ。「往診鞄研究家」「つるカフェ店主」。あと,「診療所の美人広報」というのもありましたが,こちらはこの春,クビになったようです。 |
私は,ある医師に使われている名刺です。病院内の様子を観察してみると,すべての医療関係者が名刺を持つわけではないようですね。臨床をメインに働く医師や看護師の白衣の中に名刺は入っていません。院内の職員同士では顔見知りが多いため,院内PHSの番号を交換することはあっても,わざわざ名刺交換をする必要がないようです。しかし学会や勉強会に出かけるとなると,名刺を準備される方も多いはず。講演や学会で感動したら,演者に駆け寄り名刺を出してご挨拶。知り合いに誰かを紹介されたら,どうぞよろしくと名刺交換。どちらもよく見かける光景です。
さて,私の職場であるザイタクではどうでしょうか? 異なる医療機関,事業所同士の連携が大切なので,私たち名刺族は多用されています。例えば,患者さん宅でサービス担当者会議やカンファレンスが開かれるとき,会議の前後は名刺交換のゴールデンタイム。今流行りの多職種勉強会でも名刺交換は定番行事です。名刺交換は,「今後も連絡を取り合いましょうね」の意思表示。もう二度と会えないかもしれないけど,やっぱり一期一会の出会いを大切にしたいのです。
介護系の方の名刺を見ると,介護保険事業所番号まで入っています。なるほど。確かに業種によって,渡す相手によって,アピールしたいネタも肩書きも異なりますよね。臨床現場においては,名前,所属,連絡先,資格は重要視されますが,博士であろうが,専門医であろうが,そこまで関係ありません。研究テーマもあまり強調しないほうがいいのかもしれませんね。アピールのしすぎは日本ではウケませんので。
さてある日のこと。初めてお会いした患者さんから名刺をいただきました。「私,○○でございます。退職後,ボランティアで▲▲教室の講師をしておりました。今回,がんの末期だと言われまして,最期を託してもいいドクターを探しております。先生のお名刺もいただけますか?」。えっ。主人も動揺しておりました。患者さんとの名刺交換は初めてでしたが,鞄をゴソゴソとやって臨床用の私を渡しました。「学位はどちらの大学で?」。“博士”などとの記載はないのですが,気になるのでしょう。「何科が専攻でいらっしゃいますか?」。うーん,ここは取得した専門医を答えるべきか,それとも前職を答えるべきか。プライマリ・ケアについて,今ここで語るのもちょっと違うなあ……。いろいろなことが主人の頭をめぐったようです。
ここまではっきりと口にされる患者さんは少ないでしょうが,いろんな情報をなるべく多く得て,資格や経験も吟味し,自分の主治医を決めたいという気持ちはわかる気もします。この春から,私は主人の身分証明の名札も兼ね,首からぶら下げられるようになりました。無名の診療所の「医師」だけの肩書きで,どこまで信用していただけるのでしょうか。自信はないのですが,実験のつもりで頑張ってみようと思います。
(つづく)
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