医学界新聞

2013.05.06

患者本人と向き合う医療の実現を

第15回日本在宅医学会開催


 第15回日本在宅医学会(大会長=ゆうの森・永井康徳氏)が,3月30-31日,「生き方に向き合う在宅医療――高齢社会から多死社会へ」をテーマにひめぎんホール(愛媛県松山市)にて開催された。

 本紙では,在宅医療の質を向上させる方策を急性期病院の立場から議論したシンポジウムと,終末期の診療ガイドラインをめぐる3学会合同シンポジウムのもようを報告する。


在宅医-病院医間の情報共有の重要性をあらためて確認

永井康徳大会長
 シンポジウム「病院が変われば在宅医療が変わる――医療連携から生活連携へ」(座長=愛媛大病院・櫃本真聿氏,長崎大病院・松本武浩氏)では,各大学病院における取り組みが紹介され,「急性期病院」の立場から在宅医療の質を向上させる方策を模索した。

 在宅医療に対して具体的なイメージを持つことができない病院医は少なくない。神戸大病院ではこうした問題を解消するため,同院の医師と地域の在宅医で率直な意見交換を行う「懇話会」を企画。懇話会は二部構成とし,第一部では在宅医療へ移行した症例検討を,第二部では事前に同院医師を対象に行った在宅医療連携に関するアンケート結果を基に意見交換を実施した。懇話会参加者数,事前アンケート回答数ともに増加傾向にあり,同院の内藤純子氏は「院内の医師の在宅医療への関心は高まっている」と報告した。

 超高齢社会を迎え,「地域包括ケア」への関心が高まっている。医療・福祉・介護などの資源を,高齢者の生活圏内で一体的に提供できる地域の構築が要諦とされているが,その仕組みづくりに関する議論は絶えない。名大大学院の鈴木裕介氏は,2012年に開設した寄附講座「地域包括ケアシステム学」を紹介。同講座では「多職種連携」をキーワードに,医師,看護師,ケアマネジャーなどの教育プログラム開発,効果検証を実施するという。氏は,「研究の成果を地域に還元することが目標。汎用性の高いモデルづくりをめざしたい」と展望を述べた。

 長崎大病院は,在宅医療連携の一つとして,「オープンカンファレンス」を実施している。同カンファレンスは,毎週1回,同院から在宅医療へと移行した症例について,医療職やケアマネジャー,行政職員など症例にかかわった院内外スタッフが一堂に会し,支援内容や在宅療養の現況,問題点を振り返るというもの。同院の川崎浩二氏は,カンファレンスが院内スタッフの在宅医療への理解を深め,退院支援や療養支援の実践力の向上につながっていると総括した。

 四国の在宅療養支援診療所へのアンケート調査から在宅医療の課題を検討したのは,小手川雄一氏(愛媛大病院)。アンケートの結果,在宅医療推進の阻害要因に,急性期病院の医療者や患者・家族の在宅医療に対する理解不足が挙げられたと報告した。また,在宅医が急性期病院の医師と共有を望む情報として,治療歴や今後の治療方針に加え,患者・家族の医療ニーズの詳細を求める声が多かったという。氏は,在宅医と病院医との情報共有の必要性があらためて示されたと振り返った。

対話の積み重ねが良い医療につながる

 日本老年医学会,日本緩和医療学会,日本在宅医学会による合同シンポジウム「終末期ガイドラインを在宅現場でどう活かす?――先延ばしの医療から本人の生き方に向き合う医療へ」(座長=長尾クリニック・長尾和宏氏,仙台往診クリニック・川島孝一郎氏)では,厚労省や各学術団体などから公表されている終末期の診療ガイドラインについて,在宅医療現場での活用という観点から横断的な考察を試みた。

 井藤英喜氏(都健康長寿医療センター)は,日本老年医学会が2012年に表明した,「『高齢者の終末期の医療およびケア』に関する日本老年医学会の『立場表明』2012」,および「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン――人工的水分・栄養補給の導入を中心として」を解説。患者の死生観や価値観の尊重を前提に,多職種チームと患者・家族との十分な話し合いのもと,人工的水分・栄養補給の導入や減量,中止を判断すべきと述べた。

 有賀悦子氏(帝京大)は,多様な疾患を扱う在宅医療においてガイドラインの適用を考えるには,「患者の包括的な評価が不可欠」と発言。その上で,終末期と判断することの妥当性と,患者をガイドラインにあてはめるのではなく,「どのガイドラインを患者に適応させることが適切か」という視点からの検討が必要と主張した。また,治療の有無にかかわらず緩和ケアを継続すること,代理決定人である家族の精神的な負担に目を向けることも大切と呼びかけた。

 高齢者,慢性疾患患者,末期がん患者など治癒や改善が見込めない疾患群の健康概念をとらえ直す必要性を訴えたのは,中島孝氏(国立病院機構新潟病院)。氏は,社会的・身体的・精神的な適応能力や自己管理能力という観点から健康状態をとらえる新たな概念を提示した。また,揺れ動く患者の心情にかかわる重要性を指摘し,「現場での対話の積み重ねが良い医療につながる」と語った。

 続いて登壇した川島氏は,WHOが2001年に提唱した国際生活機能分類(ICF)に基づく支援の在り方を解説。治療不可能な患者であっても,ICFの「心身機能」「活動」「参加」などを統合してとらえた全体像が,現状に適応できていれば,「健康な状態にある」と述べ,「五体不満足でも良い生き方ができるという認識を持つ必要がある」と訴えた。また,「ガイドラインは決定に至るプロセスを適正化するためのもの」と強調し,医師の説明責任の重要性に言及した。

 総合討論には,演者・司会の5人のほか,学会長の永井氏,NPO法人「愛媛がんサポートおれんじの会」の理事長・松本陽子氏が参加。松本氏の問題提起に対して,会場を交えて議論する形式で進められた。冒頭,松本氏が「過去,認知症の母を,事前指示書に基づいて胃ろうなどの延命措置をせずに看取った。しかし指示書どおりの判断も,『母を殺すのか』と思え,つらかった。この判断が本当に正しかったのかと現在も迷いがある」と告白。こうした問題提起に,「事前指示書の内容そのものでなく,作成過程での対話に意味がある」「病院医療では多職種が集まることが難しいため,家族と医療チームの合意形成を図る機会がワンチャンスとなるケースも多い。繰り返し対話を行う必要性を訴えていくことが大事」「徹底的な対話の上で,ガイドラインを適用する必要がある」との声が挙がった。患者・家族との対話を通し,意思決定プロセスを共有する重要性が再確認されるかたちとなった。

 総合討論後,永井氏は「終末期の医療と介護に関する松山宣言」(下記参照)を表明。終末期にめざすべき医療と介護の在り方について,大会長としての立場を明らかにし,シンポジウムは締めくくられた。

終末期の医療と介護に関する松山宣言

多死社会を迎え,避けられない死から目を背けず,患者にとっての幸せや生き方に向き合う医療と介護を提供しよう
1)住み慣れた自宅や施設で最期を自然に迎える選択肢があることを提案しよう。
2)治すことができない病や死にゆく病に,本人や家族が向き合える医療と介護を提供しよう。
3)本人や家族が生き抜く道筋を自由に選び,自分らしく生きるために,苦しさを緩和し,心地よさを維持できるよう,多面的な医療と介護を提供しよう。
4)最期まで,本人が自分らしく生ききることができるよう適切な医療と介護を提供し,本人や家族と共に歩んでいこう。
5)周囲の意見だけで選択肢を決定せず,本人の生き方や希望にしっかりと向き合って今後の方針を選択しよう。

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