医療安全とノンテクニカルスキル(井部俊子)
連載
2013.03.25
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
2011年に世界保健機構(WHO)は,『患者安全カリキュラムガイド;多職種版』を発行した。日本語の翻訳は東京医科大学で行われ2012年に出版された(註)。WHOは,「医療系の学生は,医療システムのあり方が医療の質と安全に影響を与えるということ,コミュニケーションの不備は有害事象やさらに深刻な事態につながり得るということを知っておく必要があり,これらの問題に対処する方法を学んでおかなければならない」と述べている。さらに,このカリキュラム指針は,「世界中の医療教育機関で患者安全教育を実践するための包括的なプログラムである」としている。
患者安全教育のカリキュラム指針
カリキュラム指針は二つのパートから構成される。パートAは,指導者向けの指針であり,指導者による本カリキュラム指針の実践を支援するために作成された。患者安全は,新しい学問領域であり,医療従事者や教員も患者安全の概念や原理に精通していない場合が多いため,このパートは患者安全教育に関連した能力開発の基礎を築く内容としているとWHOは説明する。
パートBは,トピック形式を基本として,すぐに教育・研修に導入することができる総合的な患者安全教育プログラムであり,まとめて導入することもトピックごとに導入することも可能であるとしている。パートB「カリキュラム指針」のトピックは11項目から構成される。それらは,(1)患者安全とは,(2)患者安全におけるヒューマンファクターズの重要性,(3)システムとその複雑さが患者管理にもたらす影響を理解する,(4)有能なチームの一員であること,(5)エラーに学び,害を予防する,(6)臨床におけるリスクの理解とマネジメント,(7)品質改善の手法を用いて医療を改善する,(8)患者や介護者と協同する,(9)感染の予防と管理,(10)患者安全と侵襲的処置,(11)投薬の安全性を改善する,である。これらのトピックは,間違える特性を持つ人間がいかにして「組織的な改善活動」をしていくかが主眼であり,テクニカルスキル(専門技術)よりも,状況認識,意思決定,チームワーク/コミュニケーション,リーダーシップ,個人的要因(ストレスや疲労)などのノンテクニカルスキルに重点を置いている。
休む義務,休ませる義務
WHOは,「疲労,ストレス,コミュニケーション不足,作業の中断,知識や技術の不足などといった要因が医療専門家にどのような影響を及ぼすかを知っておくことは,有害事象やエラーの誘因となる特性を理解するのに有用である」と指摘する。そして,「機械は適切に保守管理していれば大抵は大いに予測可能で信頼できるが,人間は機械とは異なり,むしろ予測不能で信頼できず,作業記憶の限界のため情報処理能力にも制限がある」と説明している。
トピックス2(患者安全におけるヒューマンファクターズの重要性)に,次のような記述がある。「人間の実践能力に影響を与え,エラーの素因となる要因は数多く存在するが,最も深刻な影響を及ぼす要因は疲労とストレスの2つである。疲労が実践能力を低下させることは科学的に明白に証明されており,疲労は患者安全における危険因子の1つとされている。また長時間の労働でも,血中アルコール濃度が0.05 mmol/Lの状態と同程度まで実行能力が低下することが示されている」。
上記の値は,多くの国で自動車運転が違法行為となる値である。また,ストレスと実行能力の関係の研究から,「強いストレスを受けることは誰にもあるが,ストレスがあまりにないことも非生産的であることを知っておくべきである。退屈してしまい,適度な警戒心を持って業務に臨むことができなくなるからである」と解説している。いずれにしても,医療者は自身の健康に責任を持たなければならずセルフケアが重要となる。
実は,「医療者のセルフケアの重要性」について,私は以前にも看護のアジェンダ(第84回,本紙2957号)に書いている。今回,再びこのテーマに回帰したのには理由があった。それは,「医療事故・紛争対応研究会第7回年次カンファレンス」(2013年2月23日,於:パシフィコ横浜)で,「医療事故と管理監督責任」の講演を聴いたことがきっかけである。つまりこういうことである。労働科学の分野で看護師の交代制勤務が研究され,日本の看護師の「日勤-深夜」「準夜-日勤」「16時間夜勤」が疲労との関連で問題視されている。こうしたエビデンスを知っている管理者が危険な勤務体制を継続していて医療事故が起こった場合に,結果回避義務違反などの管理過失を問われる可能性がないのであろうかということである。
管理者は安全な勤務体制をつくるとともに,働く看護師も,休みを取る,仮眠を取る,休憩時間は休憩するということは義務であると言えよう。
(つづく)
註:『WHO患者安全カリキュラムガイド : 多職種版』は下記URL(東京医科大学教育学講座)から閲覧できる。
http://www.tokyo-med.ac.jp/mededu/news/detail2.html
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