医学界新聞

寄稿

2013.03.18

【寄稿】

社会の力を最大化する「顔の見える関係」
緩和ケアプログラムの地域介入研究(OPTIM-study)を終えて

森田 達也(聖隷三方原病院 緩和支持治療科部長)


 本年3月,緩和ケアの大規模研究OPTIM-study(Outreach Palliative care Trial of Integrated regional Model,厚労科研第3次対がん総合戦略研究事業「緩和ケアプログラムによる地域介入研究」)が終了し,成果がまとめられた1-3)。国内4地域(山形県鶴岡市,千葉県柏市・我孫子市・流山市,静岡県浜松市,長崎県長崎市)を対象としたOPTIM-studyは,緩和ケアプログラムによる患者アウトカムの改善を検討した国際的にも最大規模の地域介入研究である(図1)。近年さかんに勧められているmixed-methods studyとして,「何が変化するか」(量的研究)と「変化はなぜ生じたのか」(質的研究)が併せて行われたことが特徴である。

図1 OPTIM-studyの概要

 本稿では,研究の実施と介入地域のマネジメントを通じて筆者が得た貴重な経験を共有したい。

緩和ケアプログラムが地域にもたらしたもの

 本研究では,地域緩和ケアプログラムの導入によって,患者の希望に沿った自宅死亡の増加(しかも家族の介護負担は増えない),緩和ケアサービスの利用の増加,患者や遺族が評価した緩和ケアの質の改善,QOLの改善,医師や看護師の困難感の改善という結果が得られ,緩和ケアの知識・技術の向上にも寄与した13)

 質の分析で最も効果があった項目は「つながりができ,ネットワークが広がった」ことで,このネットワークの構築が地域緩和ケアプログラムにおける最大の貢献であった。これは量的研究において,医師・看護師の地域連携やコミュニケーションに関する困難感の減少量が最も大きかったことからも裏付けられた結果である。量的研究の結果を質的研究が深さを持って裏付け,質的研究の知見を量的研究が代表性を持って裏付けるというmixed-methodsの研究手法の得意技が生かされたといえる。

 さらに,近年諸外国で行われている地域緩和ケアプログラムの介入研究においても,おおむね同じ結論が得られている。しかも,日本以外の国では地域緩和ケアの対象に,がんだけではなく,認知症,呼吸器疾患,神経疾患などすべての疾患の終末期ケアを含むため,この結果はがん患者の緩和ケアのみならず,地域医療,高齢者医療,プライマリ・ケアのすべてに共通した大きな知見であるともいえる。

ネットワークはケアにどのように反映されたのか

 本研究で,医療者ネットワークはどのようにつくられ,なぜ患者のケアを改善させたのだろうか。「つながりができ,ネットワークが広がった」直接のきっかけは,多職種・多施設で集まる機会の増加であったと考えられる。

 当初,地域の医療職・福祉職全員が施設や職種の壁を超えて,「腹を割って」「遠慮せずに」お互いの考えや事情を自由に話せる場は,どこの地域でもほとんど設けられていなかった。しかし,多職種・多施設でのグループワークを行ったことによって,以下のような変化が得られた。

・名前と顔,人となりがわかるようになり,安心してやりとりができるようになった
・互いの考え方や状況がわかるようになり,自分の対応を変えるようになった
・みんなで集まる機会が増え,ついでに相談などができるようになった
・窓口や役割がわかるようになり,誰に相談すればよいかがわかるようになった
・責任を持った対応をするようになった

 さらには,ネットワークが構築されたことにより,「対応が迅速になった」「選択肢が多くなった」「多職種で対応するようになった」などの変化も生じ,より広範な患者ニーズを満たせることが示唆された。

エビデンスに基づいたがん緩和ケア対策を

 「緩和ケアの普及」というと,疼痛管理をはじめとする医師や看護師への「教育」や,患者や家族,市民へのがんや緩和ケアに関する「啓発」が対応策として挙げられがちだ。これまではがん対策の施策決定に資するエビデンスもなく,「きっと良いに違いない」とされた取り組みの効果が検証されてこなかった。

 しかしOPTIM-studyは,これまでに行われてきたいくつかの施策の効果に疑問を呈した。例えば,患者所持型の情報共有ツール(「わたしのカルテ」)や,地域のリソースデータベース,画一的な教育プログラム,患者・市民に対する広く薄い啓発など取り組みは効果が十分ではない可能性が示唆されたため,見直す必要があるだろう。

 一方,多施設・多職種での緩やかなネットワークの構築は,地域緩和ケアの推進に有効であるとのエビデンスが示された。本研究では,地域でのネットワーキングを進めるための施策を,OPTIMize strategyとして手引きやプロジェクトマネジメントにまとめた1)。今後は,この施策を実施するための枠組みが必要とされる。

 OPTIM-studyは,これまで「エビデンス」が存在しなかったわが国の緩和ケア政策に一石を投じるものだ。本研究で得られた多彩な研究知見を検討の基盤として,根拠に基づいた政策決定・制度設計(evidence-based policy)が評価可能なかたちで行われることを期待したい。

「顔の見える関係」が社会の課題を解決する

 プロジェクトを進めるなかで参加者から頻繁に聞かれたのが「顔の見える関係が重要である」という言葉だ。緩和ケア講習会で構築された普段からの「顔の見える関係」が,日常の診療や患者支援に力を発揮した。こうした関係を形成するためには,地域レベルでは,職種ごとの横のつながり,職種を超えた面のつながりを築く必要がある()。また,全国的なレベルでは,日本各地の臨床現場で生じていることを,現場関係者と制度設計担当者が迅速に共有できる枠組みが必要である。例えば,現場の医療者による多施設・多職種で行うグループワークに,行政担当者が「所属する部局の代表として」ではなく,「当事者の一人として」参加し,自由に情報を得ることができれば,患者の実務的な問題を把握する契機になり,速やかな解決が期待されるだろう(図2)。日常的に行われているさまざまなネットワーキングが自動的により広範囲なネットワーキングにつながる枠組みを構築すれば,今日の課題の少なくとも一部が解決されるのではないだろうか。

図2 課題を迅速に解決するための枠組みの一例
現場の医療者と制度設計者とが顔を合わせる機会を増やすことで,迅速な問題解決が可能となる。

 OPTIM-studyから得られた「顔の見える関係」はいまや医療福祉にかかわらずほとんどの領域のキーワードであり,近年必要性が注目されているソーシャルキャピタルも同じ重要性を内包している45)。私たちは,個々の能力や技術の向上には一生懸命に取り組んでいる。しかし,実際にその能力や技術が社会に効果をもたらすためには,どのような能力・技術があるかを生きた情報として地域の中で共有し,その情報が必要とする人の手に届き,利用されなければならない。社会構造が複雑で多様な情報手段を持つ今日において,「顔の見える関係」を実現するためには,多種多様なネットワークを地域に重層的に築くことが必要であり,それこそが私たちがこれから意識して蓄えていくべき「力」である。

:各地域で実際に構築されたネットワークの具体例と年間の活動予定が,OPTIMプロジェクトのHP1)に記載されている。

文献
1)「OPTIM 緩和ケア普及のための地域プロジェクト」(OPTIM Report 2012は本年3月末日掲載予定)
2)Morita T, et al. BMC Palliat Care. 2012 ; 11 : 2.
3)Morita T, et al. Evaluating the effects of a regional comprehensive palliative care program for cancer patients on preferred place of death, quality of care, care burden and professional communication: a mixed-methods study. (in submission)
4)Lewis JM, et al. J Pain Symptom Manage. 2013 ; 45 : 92-103.
5)森田達也,他.Palliative Care Res. 2012 ; 7(1): 323-3.


森田達也氏
1992年京大医学部卒。同年より聖隷三方原病院にて勤務。ホスピス医長,緩和ケアチーム医長を経て,2005年より現職。06年より京大医学部臨床准教授,12年より同臨床教授を兼務。07年より複数の厚労科研(がん臨床研究事業)に携わる。

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