医学界新聞

寄稿

2013.01.07

【グラフ解説】

超高齢社会対応の
「助走地点」としての2013年

吉江悟,飯島勝矢(東京大学高齢社会総合研究機構)=執筆


 世界の高齢化の状況をみると,日本の高齢化は世界でもトップレベルにあり,この状況はこの先2050年ごろまで続くことが予測されている。韓国,シンガポールなどのアジア諸国は日本に追随する形で急速な高齢化の道をたどることが予測されており,その意味において,アジア諸国をはじめとする世界各国は,来るべき自国の将来に重ね合わせ,トップランナーである日本の高齢化対応を注視している(図1)。

図1 世界の高齢化の状況
UN,World Population Prospects: The 2008 Revision より作成

 日本における人口ピラミッドの変化をもう少し詳しくみていくと,総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が今後増え続けることがわかる。日本は2005年を折り返し地点として人口減少社会に転じた一方,高齢者数については2040年ごろまで増え続けると推計されており,うち特に75歳以上の後期高齢者については,2050年ごろまで増加傾向が続くと見込まれている(図2)。そして,この高齢化は,特に東京近郊などの都市部を中心に,急速な進展が予測される(図3)。

図2 日本の年齢区分別将来人口推計

図3 東京圏とその他地域における高齢者人口増加量と増加率(2005年→2035年)
*全国の高齢者人口増加量を36本のヒト型ピンで表し,地域毎の内訳に応じてピンを配置。
*「東京圏」は埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県「,周辺4県」は茨城県・栃木県・群馬県・山梨県「,名古屋圏」は愛知県・三重県・岐阜県「,関西圏」は大阪府・京都府・兵庫県・奈良県を指す。
「平成24年版首都圏白書」より作成

 本特集のテーマである"2025年"は,いわゆる「団塊の世代」(1947~1949年に生まれた人)が75歳以上の後期高齢世代となる年であり,後期高齢者が総人口の20%弱を占めることになる。団塊の世代の脳裏に「介護」という言葉が現実問題としてちらつき始める,いわば本格的な超高齢社会の始まりの年と言える。

 重要なのは,2025年が山場なのではなく,入口に過ぎないということである。生産年齢人口の減少を含む総人口の減少と上述の人口高齢化とが同時並行的に進展していくこの先の数十年をどのように乗り切っていくのか。2025年はそのスタート地点に立つイメージであり,2013年現在は,そのさらに手前の助走地点にあると言えよう。

外来に通えない患者をいかに受け止めるか

 現在の受療行動が維持される前提において,高齢者数の増加は,患者数の増加と強く結びつく。それを踏まえると,増加する患者に,いかに対応するかという点をあらためて考え直すことが急務である。すなわち,今こそ医療政策が問い直されていることになる。

 ここで,患者数の推移を診療形態別で推計すると,ひとつの特徴が見えてくる。図4は,外来・入院別の患者数を推計した資料である。これを見ると,2025年ごろをピークとして外来患者数は減少に転じるとされている。一般論として有病率の高い高齢者の数は2040年ごろまで増え続けるにもかかわらず,外来患者数が2025年ごろに減少に転じると推計される理由のひとつとして,「外来に通院できない患者」が増えてくることが想定される。他方,入院患者数のピークは,外来患者より時期が遅れて訪れる推計となっている。ただし,この推計はあくまで,入院医療の受け皿が,今後とも今までの動向を踏襲するという前提においてのものである。

図4 入院・外来患者数の将来推計
日本政策銀行「病院業界事情ハンドブック(2010年版)」より作成

 現実的には,入院医療の供給体制が現在より拡充される可能性は低いと解釈するならば,外来・入院の両者から漏れてしまう患者に医療を提供する仕組みを検討する必要が生じる。そのための方策として,虚弱高齢者が外来通院するための移動手段を確保する方策等とともに,在宅医療・ケアの体制整備が筆頭に挙げられる。これが実現されない限りは,入院医療を崩壊に追い込むまで切迫した事態が訪れると言っても過言ではないだろう。

 なお,この患者数の推計は,都市部と地方部において異なる経過をたどると推計されている。例として藤田伸輔氏(千葉大学医学部附属病院地域医療連携部)が行った入院患者数の推計を示す(図5)。房総半島の最南端である千葉県安房郡においては,入院患者数は近年のうちに減少に転じると推計されているのに対し,東京大都市圏の近郊都市である同県柏市においては,当面右肩上がりの状況が続くと推計されている。繰り返しとなるが,超高齢化対応,そしてそれに伴う医療体制の再編のニーズは,特に都市部において顕著に表れることは間違いない。

図5 入院患者数の推移(千葉県の地方・都市部)
藤田伸輔氏(千葉大学医学部附属病院地域医療連携部)による推計

病院多死社会からの脱却(回帰)の必要性

 入院医療をひっ迫させる背景要因のひとつとして,戦後約50年かけて少しずつ培われてきた,病院「信仰」とも言われるパラダイムが挙げられる。1950年代には日本人の8割以上が自宅で死亡していた。いわゆる在宅看取りである。しかし,戦後50年でその分布は完全に逆転し,約8割が医療機関で死亡する状況となっている(図6)。これにより病院は,急性期医療を提供する場であるとともに,人生の終末を迎える場所としても,現実には一般化されてきたところがある(もちろん最期を病院で過ごす期間には,年単位から救急搬送後数時間まで,多寡が存在する)。

図6 死亡場所の推移
厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」より作成

 現代の高齢者のように多くの疾患を有しながら長期にわたり慢性的な経過をたどる患者がそれほど多くなかった時代においては,(多くは短期集中の)急性期医療を要する患者層とともに,慢性的な疾患経過の延長線上で緩やかに死に至ることが見込まれる患者層についても,一定程度入院医療の範囲に受け入れることが,実質黙認されていた。しかしながら,医療機関に対する信頼の高まりと裏腹に,受療に対する心理的なバリアが下がったことなどが影響してか,2025年どころか地域によっては既に現在においても,病院における看取りが入院急性期医療の提供を圧迫しつつある。死亡者数が2040年ごろまで増加し続ける今後の日本においては(図7),いずれこれが致命的な打撃となっていくことが大いに想定される。

図7 死亡数の推移
2005年までは厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」,2006年以降は社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2006年12月推計)」より作成(出生中位・死亡中位)

 なお,以上のような「病院がいっぱいだから在宅へ」というのは,在宅医療が必要とされるいわば「消極的な理由」である。むしろ在宅医療が推進されるべき「積極的な理由」は,「人生の終末を,住み慣れた住まいで,望むらくは慣れ親しんだ人たちに囲まれて過ごしたほうが幸せである」という価値観に基づくものであろう。実際,海外の先行研究では,終末期にあるがん患者とその介護者を対象とした研究の結果として,「ホスピスケアを受けながら自宅で死を迎えたがん患者と比べて,病院や集中治療室で死を迎えた患者は,終末期のQOLが低く,さらに介護者が悲嘆による精神疾患を発症するリスクが高かった」と報告されている(J Clin Oncol. 2010〔PMID:20837950〕)。

 在宅医療を「消極的な理由」に基づいて推進する限りは,「病院から追い出される」という患者等からの声に病院は悩まされることになろう。国を挙げてこれを促すためには,「積極的な理由」に基づく推進,即ち病院信仰というパラダイムからの脱却が重要である。医療・介護関係者だけではなく,国民一人ひとりがその「原点」を考え直す時期に差し掛かっている。

地域を単位とした在宅医療の推進をめざして

 冒頭,2025年を本格的な超高齢社会のスタート地点,2013年現在をその助走地点であると述べた。助走期間にあるものの,それは「まだ猶予がある」ことを示すものではない。現時点から緻密な計画のもと,各関係者が準備を進めていかなければならない。

 東京大学高齢社会総合研究機構では,来るべき超高齢社会に向けて,学際的見地から「長寿社会のまちづくり」に関する青写真を描き(図8),各種取り組みを行っている。その主なものが在宅医療・ケアの推進であり,地域(市町村規模)の医療・介護従事者が主体的に自地域の在宅医療・ケアの推進に取り組めるよう,(1)郡市医師会と市町村行政が中心となり,医師が在宅医療に取り組む動機付けを行う多職種連携研修会,(2)在宅多職種連携を促す情報共有システム開発,(3)開業医同士が連携して地域の患者に対する24時間の安心を確保する取り組み,(4)一般市民向けの意識啓発(前述のパラダイムからの脱却をめざすもの)などを試行している。また,厚生労働省のモデル事業である在宅医療連携拠点事業(図9)では,今年度全国105拠点においてこれと類似の取り組みが展開されている。

図8 長寿社会のまちづくり:コミュニティで社会実験(東京大学高齢社会総合研究機構)

図9 在宅医療連携拠点事業のイメージ

 来年度以降,各地の先駆的な取り組みが共有され,2025年に向けての準備が遍く各地で進んでいくことを期待するところである。

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