医学界新聞

2012.06.04

糖尿病克服に向け,踏み出す一歩

第55回日本糖尿病学会開催


  第55回日本糖尿病学会が5月17-19日,渥美義仁会長(東京都済生会中央病院)のもとパシフィコ横浜(横浜市)他にて開催された。「DREAMS come true」をメインテーマとした今回。日本糖尿病学会が掲げている「アクションプラン2010(DREAMS)」の実現に向け,各会場で最新の知見に関する議論がなされた。

 今回新たに,「From Debate to Consensus」と題されたセッションが企画された。本セッションでは,糖尿病医療においていまだコンセンサスの得られていないテーマについて,論点や解決の糸口となる意見が演者から提示され,会場の参加者を交え討議を実施。各テーマの課題を浮き彫りにした。本紙では,その中から,運動療法と食事療法をテーマにした2つのセッションについて報告する。


渥美義仁会長

適切な運動療法の確立に向けて

 血糖コントロールの改善,インスリン感受性の増加など,糖尿病治療における運動療法の有効性は広く認識されている。しかし,日本国内の診療現場を顧みたとき,運動療法を指導する体制が整っているとは言い難いのが現状だ。「運動療法の治療ガイド作成へのロードマップ」(座長=順大・河盛隆造氏,愛知学院大・佐藤祐造氏)では,運動指導の現状と治療ガイドを作成する上での課題について検討された。

 本テーマについて論点整理を行った田村好史氏(順大)は,日本糖尿病学会「糖尿病運動療法・運動処方確立のための学術調査研究委員会」(委員長=佐藤祐造氏)と日本医師会が,糖尿病専門医・一般内科医を対象に行ったアンケート調査の結果を報告。食事療法を「初診患者ほぼ全員に指導している」と答えた糖尿病専門医は78%に達したのに対し,運動療法では36%にとどまっており,指導体制が不十分であることを示した。「指導に十分な時間がとれない」「診療報酬に反映されない」などのほか,「適切な運動指導ガイドラインがない」という回答が,実施できない理由として多く挙げられたという。

 氏は,診療現場で活用できる具体的な運動指導の方法を示した治療ガイドを,学会から提示することが解決につながると指摘。ガイド作成に当たっては,有酸素運動・レジスタンス運動の役割や優先度,適正な運動量・運動強度のエビデンスの確立,他学会との連携などの課題を考慮する必要性もあることを合わせて述べた。

 続いて登壇した押田芳治氏(名大)は,具体的な運動指導の方法を提言した。氏は,有酸素運動に加えて,レジスタンス運動を併用して指導することを推奨し,実践例の一つとして自重とゴムチューブを用いたトレーニング方法を紹介。また,行動変容ステージに基づいて患者心理を把握し,適切な時期に指導することが運動療法の実施につながると述べた。さらに,継続していくコツとして,運動記録表の活用や運動教室・家族によるグループでの活動,レクリエーションの要素を盛り込む工夫などを挙げた。

 総合討議では,理学療法士の参画や専門指導者の育成,運動療法の保険点数化などが,適切な運動指導をより多くの患者へ実施していくための課題として共有された。

『食品交換表』に基づくカーボカウントの活用を考察

 日本の糖尿病の食事療法では,日本糖尿病学会編集の『糖尿病食事療法のための食品交換表』(以下,『食品交換表』)がその指導に広く用いられてきた。一方,近年,欧米で開発された「カーボカウント」による食事療法が日本でも広がりを見せている。血糖値に強く反映される糖質量を把握し,食後血糖値の管理を行う本法は,外食や中食時にも応用しやすいことから,患者の食事の自由度を増すと考えられ,取り入れている施設も多い。「『食品交換表』を用いるカーボカウントの意義と活用」(座長=杏林大・石田均氏,女子栄養大・本田佳子氏)では,『食品交換表』に基づくカーボカウントによる食事療法の方向性が示された。

 初めに登壇した津田謹輔氏(京大)は,対比されることもある『食品交換表』とカーボカウントについて考察した。前者が摂取エネルギー量を設定した上で,脂質・炭水化物・蛋白質の三大栄養素の配分を調節している一方,後者は食後血糖値に大きく影響する糖質量に重点を置いて調節している点に違いがあるとしながらも,「両者は対立するものではない」と指摘。前者は食事療法の基本的な考え方について全国で均質化された指導ができるように作成された指導媒体,後者は食後血糖管理を重視した指導方法であると,それぞれの役割を表現した。

 「エネルギー収支のバランスを適切に保つことが栄養管理の基本」と語る氏は,食事療法の実施に当たって,まずは『食品交換表』を用いて,エネルギーや栄養バランスなどの食事療法の原則を指導することが重要と主張。その上で,一人ひとりの患者に合わせて,カーボカウントを導入するか否かを検討・選択すべきと自身の見解を述べた。

 カーボカウントには,(1)基礎カーボカウントと(2)応用カーボカウントの2つの段階があると主張したのは,『食品交換表』編集委員会委員長を務める石田氏。(1)はすべての糖尿病患者が適応であり,食品に含まれる栄養素と食後血糖値の関係を把握し,糖質を規則正しく摂取できる段階,(2)は強化インスリン療法中の糖尿病患者が適応となり,(1)を学んだ後,食品中の糖質量と超速効型/速効型インスリン投与量を調整できる段階と解説。導入に当たっては,まず『食品交換表』に基づいた栄養素の質と量の良好なバランスに関する患者の理解が得られていることを前提とし,その上で(1)の説明と指導を実施,さらに強化インスリン療法患者であれば(2)へ進む点を強調した。これらの考えは,新たに作成する指導書や,『食品交換表』の改訂時に盛り込まれる予定だという。

 また,氏は,極端な低炭水化物食が動脈硬化を引き起こす危険性があることや,動物性の蛋白質,脂質に偏った食事内容が総死亡や心血管イベントの発生を増加させることを示唆した文献を紹介。適正な栄養バランスを理解する必要性をあらためて訴えた。

 実際の症例を挙げて,基礎・応用カーボカウントについて説明したのは,黒田暁生氏(徳島大)と幣憲一郎氏(京大)。黒田氏は,『食品交換表』に準拠した糖尿病食1食(15-22単位)に含まれる糖質量,1食での推奨炭水化物量,超速効型インスリン1単位で低下する血糖値の簡便な算出法などを紹介した上で,症例を提示した。管理栄養士の立場から発言した幣氏は,カーボカウントは『食品交換表』に基づいた食事療法の基本を変えるものではなく,良好な血糖コントロールを得るための手段として活用されるべきと主張。日常生活における運動量,食事量の多寡,療養に対する理解度など,患者ごとに異なる背景に応じた対処が求められると結んだ。

 総合討議では,国内において食事療法に関するエビデンスを蓄積していく必要性が議論された。

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