医学界新聞

連載

2012.01.16

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第213回

ウォルマートのビジネス・ディシジョン

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2958号よりつづく

パート従業員への医療保険提供の「英断」と「後戻り」

 当地では,世界最大の小売業者「ウォルマート」が,医療をめぐって下した二つのビジネス・ディシジョンが話題となっている。

 第一のディシジョンが下されたのは2010年10月下旬。これまでパートタイムの従業員に提供してきた医療保険を,大幅に削減することを決めたのである。

 そもそも,ウォルマートがパートタイム従業員に対する医療保険の提供を拡大したのは,わずか6年前の2006年のことだった。パート従業員はもともと時給が低く,低所得者用公的保険「メディケイド」の受給資格を得やすかったとはいえ,当時,ウォルマート140万人の従業員中(家族も含めると)30万人がメディケイド被保険者と見積もられていた。「従業員数全米一の大企業が,従業員の医療費を『公』に肩代わりさせていいのか」とする批判が高まっていたのである。

 こういった状況の下,2005年には,メリーランド州議会が,いわゆる「ウォルマート法」を可決。「従業員数が1万人を超える雇用主は,人件費の8%以上を医療保険に使わなければならない。使わなかった場合は,州の低所得者用保険の基金に罰金を支払う」と定める事態が出来した。当時,同州において従業員数が1万人を超える企業の中で医療保険への支出が8%を下回っていたのはウォルマートしかなく,この法律が同社をターゲットとして制定されたことは明白だった(註1)。

 批判の高まりに対し,ウォルマート社は「勤務時間が週24時間に満たないパート従業員に対しても医療保険を提供する」とする画期的改善策を実施した。しかし,そのわずか6年後の今回,「今後週24時間に満たないパート従業員については医療保険の新規加入を認めない」と,後戻りする決定を下したのだった。さらに,保険料の従業員負担やデダクティブル(保険適用免除額)の引き上げに加えて,「喫煙者の保険料を年間260-2340ドル引き上げる」ことも決められた。

 ここで少し解説すると,従業員の医療費を抑制するために,以前から禁煙に成功した従業員に「ボーナス」を出すという企業は多かったのだが,最近は,ウォルマートと同様に,喫煙者に対し,「ペナルティ」として保険料を上積みする企業が増えている。体重についても,一部の企業は「減量したらボーナス」というインセンティブを与えているが,喫煙対策と類似の発想転換が肥満対策にも適用された場合,いずれ,BMIの多寡で保険料を変える企業が現れても不思議はないのである。

 さて,ではなぜ,ウォルマートが6年前の「英断」から後戻りする決定を下したかだが,表向きの理由は「不況とコスト増」である。「景気が悪いのに医療費コストが増え続けているからやむを得ない」というのだが,ウォルマートにとって失業率が高止まりするなか,「ベネフィット(福利厚生)」を下げても求人に困ることはない。さらに,オバマの医療制度改革法でメディケイド受給者が大幅に増えることが決まっているので,6年前と比べると,「公」に肩代わりさせる「罪」は,少なくとも相対的には軽くなっているのである。

虫のよさの日米比較

 同社が下した医療絡みの決定の第二は,医療制度改革法で可能となった「新たな医療ビジネス」への進出であった。というのも,今回の医療制度改革法が全面施行された暁には無保険者が大幅に減り,プライマリ・ケアの需要が増えることが予想されている。店舗内クリニックを拡充しても見合うだけの需要が期待し得るし,巨大チェーンの強みを発揮しない手はないからである。さらに,同法で新たに定められた「accountable care organization (ACO)」を設立した場合,医療費を節約すればするほど儲けが大きくなる仕組みとなっている(註2)。処方薬販売でも実績を上げてきたように,「薄利多売」による節約はウォルマートが最も得意とするところであり,同社の店舗内クリニックをACOに組み込むことで大きなビジネスチャンスをつかむことが可能となったのである。11月初め,同社がACOの提携先医療機関を探していることが明らかになったのだが,実は,ACOへの進出を考えている小売業はウォルマート社に限らず,例えばドラッグ・ストア・チェーンのCVSは,オハイオ地区の店舗内クリニックを,同地の「名門」病院,クリーブランド・クリニックと提携させることに成功した。

 というわけで,ウォルマートは,今回,医療について,「自分の負担を減らす」一方で,「ビジネスの場として大きく儲ける」という,「虫がいい」としか言いようがない二つの決定を下したのであるが,虫のよさについては,日本のビジネスも負けていないようである。例えば,日本の場合,国民医療費における事業主負担の割合は長期的に見ると減り続け,1975年の25.1%から2008年の20.4%まで5%近くも減少した(反対に「家計負担」は増大し続けた)。その一方で,混合診療解禁等,保険外診療拡大によるビジネスチャンスの拡大も追求してきた。日本の場合,ビジネスをされる方々の虫のよさが「国家的規模」なのだから,完全にウォルマートの上を行っていると言ってよいだろう。

つづく

註1:その後,同法は州知事の「拒否権」をくつがえす6割以上の賛成で再可決されたものの,「連邦法に抵触する」とウォルマート社が起こした訴訟で州側が敗訴,命運を絶たれてしまった。
註2:日本で医療施設の機能を「分担」することに力が注がれてきたのとは対照的に,オバマの医療制度改革法では,急性期から慢性期まで一貫して質の高い医療を提供するために,クリニックや病院を「統合」した新組織,ACOの創設が謳われている。さらに,ACOには,医療費を減らした場合,節約分の一部を利益に組み込むshared saving programが適用される。

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