医学界新聞

寄稿

2012.01.16

寄稿

"食べること"をあきらめない
がん患者さんを食事で支える,栄養士の役割とは

川口美喜子(島根大学医学部附属病院臨床栄養部副部長/管理栄養士)


食事で患者さんを笑顔にできる

 私たち島根大病院の栄養士は「食べることをあきらめない。患者さんの笑顔がみたい」を合言葉に,入院中のがん患者さんの一食一食を「命をつなぐ食事」と信じ,挑み続けています。

 私は7年ほど前まで,島根医大の第一内科文部教官という,栄養とかけ離れた実験動物を扱う研究職に従事していました。しかし,加藤讓先生(前・島根大病院長)の「これからは栄養治療が重要となる」という考えのもと,同院の栄養部門を任せていただくことになりました。

 "μg 単位の試薬"から急に"1-2 kg単位の大根"を扱うことになったため,当初は戸惑い,複雑な心境でした。しかしこの大根を使って,患者さんを笑顔にすることができたのです。

 それが「大根おろしのかつおぶしかけ」というメニューです。食欲不振で"あっさりしたものが食べたい"あるいは"少しでも何か口にしたい"という患者さん向けの料理です。実際に「食べたいものが思いつかない,食欲がない」という患者さんにこのメニューを出したところ,ご飯にまぶして食べてもらうことができ,「あっさりしてよかった」という言葉もいただきました。このことが配置転換後,病院給食への大きな期待と栄養士としての心構えを生むきっかけとなりました。

"食べる喜び"を支えたい

 その後も,患者さんとその家族の心身の苦痛を和らげる食事を提供するためにどうすればよいのか,試行錯誤する日々が続きました。

 がん患者さんの栄養管理に関しては,まず栄養剤や健康食品の有効活用の道を探っていました。患者さんは入院後もサプリメントへの依存度が大きく,調査では50%が継続して使用していました。家族や知人を安心させるために摂取していた患者さんは,そのうち20%でした。これは日本独特の考え方ですが,家族も含め病状改善に対するサプリメントへの期待度が高いことは明らかでした。サプリメントを継続的に使用するがん患者さんと使用しない患者さんの栄養状態を比較したところ,効果的に使用することで栄養状態を改善傾向に導けることがわかりました()。

 サプリメント使用/未使用患者の栄養摂取量と栄養指標の比較

 近年では,医療食品会社が開発する栄養剤も非常においしく食べやすくなり,患者さんも希望する傾向にあります。私たちは,この栄養剤に牛乳や砂糖を加えるなど患者さんの好みに沿った調製を行うとともに,ゼリーや氷状にして継続摂取率と喫食率を高めました。ある30代の女性がん患者さんは食欲不振で,GFO®(グルタミン,食物繊維含有パウダー,オリゴ糖)で作った氷だけを口にしていましたが,それが「食べている」という心の支えになっていました。そうしたなか「"食べる喜び"を支える食事は,できる限り食品を調理して作りたい」という思いが募りました。

「がん患者の専任栄養士」誕生

 治療の副作用に苦しむ患者さんや,家族との別れの時を予感している患者さんに対し栄養士ができることは,患者さんを笑顔にする一品を提供し続けることでした。「もっと患者さんの苦痛に寄り添いたい」という思いが病院に認められ,青山広美栄養士を中心に数人の「がん患者の専任栄養士」の配置を実現できました。

 「がん患者の専任栄養士」に対しては,がん患者さんの症状や治療の知識の習得(摂食嚥下にかかわること,治療の副作用など),料理センスと調理技術の習得,コミュニケーションスキルの向上,を課題としました。各種研修会や学会,病棟カンファレンスにも参加する機会を設け,がんの病態の知識を深めることはもちろん,人間的にも成長できるように努めています。

栄養士による栄養治療の実現のために

 病院で働く栄養士が,がん患者さんの病状に即した栄養治療を実践するためには,現状ではいくつかの課題があります。患者さんに提供する特別食が保険診療の非加算食であること,患者さんへの栄養指導について栄養指導料を請求できないこと,管理栄養士が緩和ケア診療加算の職種として明記されていないことなど,管理栄養士の立場と保険償還との間には大きな隔たりがあるように感じます。

 現状の病院栄養管理においては,「がん患者の専任栄養士」配置にはさまざまな困難が伴うのも確かです。しかし私は,栄養士によるがん患者さんの栄養管理について臨床研究として取り組むとともに,患者さんに寄り添う"食"の支援も継続し,客観的評価につなげたいと考えています。

一つ一つのメニューに忘れられない物語がある

 患者さんとコミュニケーションが取れ,"食"への思いを共有できるまでには,多くの時間と労力を要する場合もありました。それでも,患者さんと栄養士との忘れることができない物語を秘めたメニューはいつしか300種類を超え,"食べること"に悩むがん患者さんやその家族,そして医療関連職種や栄養士の方々に広く役立てていただきたいと思うようになりました。

 食欲不振の患者さんには,食べたいものを思い浮かべるヒントとして。医療従事者の方には,患者さんの食事に対する思いを理解していただく手がかりに。病院給食や栄養管理に直接かかわる方には,患者さんとともに食べたいものを考えるツールとして。患者さんの食事の苦痛を少しでも早く癒やす助けになればと願い,これまで生み出されたメニューのうち73種類のレシピをまとめたのが,『がん専任栄養士が患者さんの声を聞いてつくった73の食事レシピ』です。

栄養管理で得た経験を糧に挑戦を続けたい

 栄養士の役割は,がん患者さんと家族の目標達成のため,経静脈・経腸栄養を考慮した積極的な栄養療法を実践すること,そして,食事を思うように摂取できない患者さんと家族の苦悩を軽減することだと思います。その役割を担えるよう,向上心を持ち,十分な力量を身につけ,必要とされる場にいることが大切なのです。

 患者さんからいただいた体験を糧に,栄養士としての知識と感性を高め,その歩みにプライドと勇気を持ち,栄養管理のプロとして最大限の挑戦を続けていきたいと考えています。

患者さんに作った病院食の例


川口美喜子氏
1981年大妻女子大家政学部卒。93年島根医大(現島根大医学部)研究生(第一内科)修了,医学博士号取得。96年同大第一内科文部教官を経て,2004年より島根大病院栄養管理室室長。05年より同院栄養サポートチームの構築と稼働に携わる。07年より現職。このほど『がん専任栄養士が患者さんの声を聞いてつくった73の食事レシピ』(医学書院)を上梓。

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