医学界新聞

2011.11.21

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


疾病論 第2版
人間が病気になるということ

井上 泰 著

《評 者》岡田 忍(千葉大大学院教授・病態学教育研究分野)

DiseaseとIllnessを理解できる本

 看護を行う者にとって必要なのは,「概念としての病気(Disease)」を理解した上で,「今,目の前にいる人の病気(Illness)」を理解することである。しかし,多くの学生は「Disease」に対する理解が不十分なまま基礎教育を終え,経験知としての「Illness」だけが増えていく。本来「Illness」の理解は「Disease」の理解なしには成り立たないはずなのに,多くの患者さんを見ているうちになんとなく「Disease」もわかったような気になってしまう。そして,例えば専門看護師をめざすなど看護の専門性をさらに高めようと思ったときに,「Disease」に対する知識の不足に気付くのである。なぜ,学生のときにそのことがわからないのだろう,「Disease」と「Illness」をうまく結び付けて考えられないのだろう――そのようなことを思っていたときに偶然出合ったのが,この『疾病論――人間が病気になるということ』の第1版であった。ページを開いてすぐに,「こんな本を探していたのだ」と視界がぱっと開けるような気持ちになったのを今でも鮮明に記憶している。

 早速講義に取り入れ,例えば早期がんと進行がんの深達度の違い(Disease)を話した後に,本書で紹介されている大曲教授(進行がん)と川俣さん(早期がん)の事例を提示している。そうすることで学生は早期がんと進行がんを抱える人の姿,つまりIllnessの違いを本書のリアリティある描写から鮮やかに思い描くことができ,両者を区別することの意味を知ることができる。

 本書の良いところはこのリアリティ――すなわち事例にはちゃんと名前があり,仕事を持ち,家族がいて,どんな性格で,どんな生い立ちなのかなどに関する記述によって「患者さんに関心を注ぐ」という看護職者として最も必要な姿勢を刺激する一方で,コメディカル向けだからといって妥協を許さないDiseaseについての記述の両方があることであろう。「むずかしいことをやさしく」という著者のスタンスそのもののようなイラストも素晴らしく,Diseaseの理解を助けてくれる。病理形態学者である著者だからこそ描けたのだと思う。

 『疾病論』第2版は掲載されている事例も増え,重要な疾患がほぼ網羅され,免疫学に関する記述も加わり,第1版に比較して一層充実した内容になっている。臨床病理医として忙しい日々を送られる中で第2版を上梓された著者のご努力には本当に頭が下がる。

 以前,著名な看護学者であるパトリシア・ベナー博士と話したときに「看護の対象はDiseaseではなく,Illnessである。学習には事例を使うのがよい」と言っておられた。本書はベナー博士に「日本にはこのように優れた教科書がありますよ」とぜひ自慢したい一冊である。

B5・頁376 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01019-1


精神科退院支援ハンドブック
ガイドラインと実践的アプローチ

井上 新平,安西 信雄,池淵 恵美 編

《評 者》伊勢田 堯(都立松沢病院)

精神科医療・リハビリテーションにかかわるすべての関係者必読の書

 「入院中心から地域生活中心へ」を実現するための『精神科退院支援ハンドブック――ガイドラインと実践的アプローチ』が出版された。わが国の精神保健福祉分野の「鎖国的遅れ」に風穴を開けることが期待されるハンドブックであり,まさに時宜を得た出版である。

 本書は,諸外国の脱精神科病院の活動を進める中で開発された心理教育,SST,ACT,認知行動療法,援助付き雇用プログラムなどの新しい治療法をわが国の現場に適応することをめざしたものである。二部構成になっている。

 第1部の「退院支援ガイドライン」は,I.退院支援ガイドライン活用の目的,II.退院支援ガイドラインの作成過程,III.退院支援ガイドライン(A 治療体制作り,B 退院困難要因の評価法:基本的な考え方,C 退院支援プログラムの実施,D 薬物療法の工夫,E 病棟での退院支援計画とその実施,F 退院コーディネートとソーシャルワーク,G 家族との関わり方),から成っている。

 第2部の「ガイドラインに基づく退院支援の実践」は,I.治療体制作り,II.退院困難要因の評価,III.退院支援プログラムの実施,IV.薬物療法の工夫:統合失調症の薬物治療改善マニュアル,V.病棟での退院支援計画とその実施,VI.退院コーディネートとソーシャルワーク,VII.家族との関わり方,VIII.行政による退院促進支援事業,IX.特色ある取り組み〔A 看護からの取り組み,B 治療共同体に基づく力動的チーム医療,C 地域生活支援と危機介入,D グループ退院支援,E 統合型精神科地域治療プログラム(OTP),F ダウンサイジングと機能強化,G 巣立ち会方式,H ACT-Jが実践する退院支援〕から成り,ガイドラインを現場で実践するための手順が描かれている。

 このハンドブックは,それぞれの分野の第一線で活躍する執筆者が集められ,理論的にも実践的にも,わが国の最先端の知見がまとめられている。脱施設化を推し進める重要なステップを刻んだものであり,本書の目的は高いレベルで達成されている。著者らの長年の努力に心からの敬意を表したい。

 しかしながら,評者には,本書の到達点には退院促進事業に狭められた国の政策の致命的ともいえる弱点が反映されていると見える。退院促進事業が施設的環境の中で提供される際の治療効果上の限界があること,もっと充実したサービスを受けられる地域ケアの発展なしには,患者・家族にとって退院促進は望むところではあっても「行政の論理」と映っても仕方ないことなどが挙げられる。

 このハンドブックの成果を土台にして,(1)発病早期介入サービスの発展,(2)病院・デイケアなど施設によるサービス提供スタイルからの脱却,(3)訪問型地域ケアへの思い切った転換,(4)心理教育中心でない家族支援の開発,(5)有効性が確認された技法をパッケージで提供するEBP(Evidence Based Practice)中心のアプローチから,EBP+VBP(Values Based Practice,価値意識・多様性を尊重するアプローチ)への転換,などの改革に連動していくことが求められる。

 以上,本書はわが国の精神医療の脱施設化のプロセスの重要な一歩を記したものであり,退院促進事業の関係者だけではなく,精神科医療・リハビリテーションにかかわる専門職,行政に携わる人たちなどすべての関係者の必読の書と考える。

B5・頁284 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01234-8


悲嘆とグリーフケア

広瀬 寛子 著

《評 者》河 正子(NPO法人緩和ケアサポートグループ代表)

悲しみに誠実であることの結晶

 読み進みながら,悲しみに誠実であることの結晶がこの本なのだと思った。

 死に臨む人をケアする職にある私たちが,ご本人そしてご家族の悲嘆というテーマから逃れることはできない。しかし,あくまで個人の悲しみを他人がケアすることは可能なのかというためらいから逃れることもまた難しい。そんな私たちに,本書の「グリーフケアとサポートグループ,そして,遺族のグリーフケアと看護師のグリーフケアとが織りなす物語」はさまざまな希望を届けてくれる。

 私が受け取った希望の第一は,誠実であることから生まれる「つながり」への希望である。著者が,臨床で出会った患者さんやご家族,サポートグループに参加されたご遺族の悲しみ,怒り,混乱の語り,つらい気持ちに正直であろうとする姿,新たな生活に向かう変化,それらをいとおしむようにすくいとってつづってくださった。ケア専門職としての著者の経験と知に裏打ちされ,著者自身の感情と意思の内省も織り込まれた時間を,私たちは追体験する。

 そして誠実に織りなされた時間から生まれるつながり,例えばご遺族のためのサポートグループでは,「(つながりを絶たれてしまった人たちが)グループのメンバーとのつながりを実感できることで,再び他者と,そして社会とのつながりが回復していくのだろう」ということに,希望を抱く。さらに「その時間をともに歩ませてもらえることにの念を感じる」という著者のありように,ケアする者がケア対象の方々とつながる希望を見いだす。

 「つながり」への希望は看護師の「自分の感情を認めること:自己一致」にも及ぶ。患者を受け入れられない自分の感情を抑え込み,専門職のあるべき姿をとろうとして患者に対応しているときの息苦しさをどうすればよいのか。著者はその道筋を具体的に指し示すとともに,「看護師自身のためのグリーフケア」というテーマを解き明かすなかで,「それでも患者と向き合おうともがき苦しむとき,患者の苦しみと私たちの苦しみとが一点でつながる瞬間があるはずだと思う」と,背中を押してくれている。

 聖書に「喜ぶ者といっしょに喜び,泣く者といっしょに泣きなさい」(ローマ人への手紙)とある。自分自身の悲しみを抱きながら,悲しむ人とともに歩む著者が,その歩みを言葉で織りなして伝えてくださったこと,看護師たちに希望を贈ってくださったことに,重ねて感謝する。

A5・頁256 定価2,520円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01216-4


《JJNスペシャル》
これだけは知っておきたい糖尿病

桝田 出 編

《評 者》瀬戸 奈津子(阪大大学院准教授・看護実践開発科学)

糖尿病看護に携わり始めたナースに最適な一冊

 生活習慣病に含まれる2型糖尿病は,国民病的課題である。糖尿病やその看護を全般的に取り上げた書籍もおのずと多数出版されている。その中で本書は,『これだけは知っておきたい糖尿病』というタイトルを裏切らない。糖尿病の病態生理から体内のメカニズム,薬の作用機序,そしてこころのケアにまで,満遍なく必要な知識が網羅されており,糖尿病看護に携わり始めたナースにとって,最適な内容になっている。また健常人と糖尿病患者の代謝の違い,そしてDPP4阻害薬やGLP-1受容体作動薬などの新薬についても丁寧に説明されており,診断・治療ともに進歩の目覚ましい糖尿病に焦点を当ててまとめられている。まさに若手のナースや復帰したてのナースが患者の療養指導に当たって知っておいてほしい情報をぎゅっと濃縮したという,キャッチフレーズのとおりである。

 私たち読者にとって装丁やデザインも大切である。本書の表紙にはキュートなイラストが描かれており,つい手に取ってみたくなる。中身は終始落ち着いたトーンの色合いであり,ページを開いたら図表が多く用いられ,適切にコラムやNOTEが散りばめられ,とにかく読みやすい。そのコラムは,持続血糖モニター(CGM)や慢性腎臓病としての糖尿病腎症のステージ分類などトピックス的なものばかりで,いずれも興味深く,糖尿病ケアにかかわる姿勢や態度から最新の知識まで,さらに医療制度にまで幅広く言及されている。特に,「沖縄から学ぶ糖尿病発症予防」では,文字通り予防の観点から療養指導や生活習慣病指導のヒントが与えられ,糖尿病看護にかかわる私たちの課題を明確にしてくれる。

 「ライフステージ別日常生活の指導」では,事例が示されており,看護実践をリアルにイメージしやすい。「小児の患者指導」では,その特徴のみならず,学童期におけるサマーキャンプの活用や学校でのインスリン注射,学校給食と食事療法など,生活に即した要点がまとめられている。また「妊娠期の患者指導」においては,妊娠の準備から分娩後の生活指導に至るまで,周産期についてわかりやすく述べられている。

 さらに,「慢性合併症」では,皮膚疾患,歯周病,尿路系障害,消化器障害をも項目立てし,それぞれ詳しく書かれていて,他書と一線を画する。

 糖尿病を主科とする病棟の若手ナース,そして異動したばかりのナースはもとより,糖尿病を主科としない病棟のナースステーションの戸棚に据え置き,糖尿病について学びたいと思ったときに手に取るべきタイムリーな一冊である。

 糖尿病に関する情報をぎゅっと濃縮しながらも,わかりやすい本書なら,臨床ナースのみならず,初学者である学部学生への基礎教育にもぜひ活用したい。

AB・頁168 定価2,310円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01389-5

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