医学界新聞

連載

2011.10.10

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第18回】 ワーク・ライフ・バランス(4)

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)

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2944号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,マクロの問題からミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな課題を取り上げていきます。


前回のあらすじ:研修医に対する勤務制限を導入した米国では,キャリアと家庭を両立させる新しい医師の労働の在り方が誕生してきている。

大滝 今日,日本でも半数以上の新人医師が出身校の大学病院以外で初期臨床研修を受けるようになりました。若い医師たちは,労働条件の良さなどを基準に研修プログラムを選ぶようになってきています。例えば,私の勤める東京医科大学では,研修医の当直明けの休暇を推奨していますが,実態は診療科によって異なります。その一方,当直の翌日は完全に有給休暇が与えられるシステムを始めた研修病院もあると聞いています。労働条件が異なれば,研修先を選ぶ際にそれを参考にするのは自然なことでしょう。

 日本の臨床研修における労働条件は確かに改善されてきています。しかし私たち医療者は,研修医に限らずすべての医師の労働環境の改善を考えなくてはならないと思います。

研修医の勤務制限が医療スタッフの増員につながった

ノエル これまで議論してきたように,患者ケアの向上や労働力の適切な配置の問題は,労働時間を増やして研修医をさらに働かせることでは解決しません。研修医への勤務制限導入を避けるような手法はもはや時代遅れで,研修医の担当患者数や勤務時間をこれまでより減らした研修プログラムを構築しなければなりません。そのために求められることは,研修医以外の医療スタッフを増やすことです。

 高齢人口の伸びや複雑化する医療を認識し,米国は再び医師不足を宣言しています。連邦政府は,今後10年間で医学部入学定員を年間1万6000人から2万4000人に増やす予定です。そして私たち米国の医療者は,米国で医療に携わろうとする米国外出身の大勢の医学生を教育し続けるでしょう。ナース・プラクティショナーやフィジシャン・アシスタントの養成数もますます増えています。

 勤務時間の変化が多くの研修医に恩恵をもたらしたことに,疑う余地はありません。長時間労働に伴う疲労は肉体的・精神的な健康を妨げ,個々人の人間関係にも悪い影響を及ぼします。米国の研修医の多くは結婚し子どもがいるので,彼らが医療以外の活動を行う時間を持てるよう研修病院は一層の努力をしています。こうした動きは,ほとんどの専門科でもはや議論になることさえなくなり,逆に人間的で他者を思いやるような,気持ちに余裕のある医師を作り出すことの重要性が広く認知されてきています。

 研修医は研修期間を終え,スタッフドクターとして最初の仕事に就くときにも,同じように個人の生活を支援してくれる職場を求めます。そのため,ポストを共有したり,前回述べたシフト制で勤務したり,チームで働いたりする若い医師がますます増えてきました。また,糖尿病,高血圧,がん,心臓病といった一般によくみられる慢性疾患のケアの大部分は,医師の指示のもとでコーディネートされた看護師のチームが担当することになってきています。

研修修了後の仕事の選択

松村 日本ではこれまで,研修修了後も医師を病院にとどめておくため医局制度を利用し,多くの医療者がそれに依存してきました。特に大学病院にその傾向が著しかったのですが,時代は変わり,かつて医局が担当していた人事をあっせんする民間企業も誕生してきています。

 若い医師たちが研修内容の質とともに生活の質にも重点を置くようになってきた結果,日本でも当直回数がより少なく,給与水準も高く,さらには医師として自由な働き方のできるキャリアを選択する傾向が強くなってきました。米国の研修医は,研修修了後の仕事をどのように探しているのですか。

ノエル 無論,米国には“医局”のようなシステムはありません。教授は研修医たちの人生やキャリアを左右することはなく,大学病院であっても他の病院に医師を派遣することはまれです。

 レジデントとフェローは,研修の最終年度に修了後の仕事を自分自身で探します。オレゴン健康科学大学には,全米から研修医が集まってきます。その多くがオレゴンに愛着を持ち,とどまることを望む一方,家族の住む都市や町に帰って行く者もいます。またへき地には余っている就職口がたくさんあります。連載第3回(2841号)で述べたように,若い医師たちをへき地に誘致するプログラムも多く存在します。それらの多くは給与も高く,住宅の購入や医院の開業,あるいは医学部の学費ローンの返済に当たって経済的な援助をしてくれます。

 「ライフスタイル」追求型の医師は,米国では皮膚科,麻酔科,病院内科(Hospital Medicine),救急,放射線科などに多く見られます。これらの科は報酬が高いばかりでなく,勤務時間も短めで,時間の自由が利く診療科です。人気の診療科であるために,トップレベルの成績優秀な学生を惹きつけます。その一方,専門医療を必要としない一般の患者と家族のケアに当たるプライマリ・ケア関連の診療科は報酬も高くなく,魅力に乏しいのが実情です。プライマリ・ケア関連の診療科である小児科,家庭医療,総合内科の研修プログラムでは,まだ研修医の半数以上が米国の医学校卒業生ですが,米国外の医学校出身者も多くを占めるようになってきています。

平等な昇進システムも柔軟な勤務体制を後押し

大滝 現在の日本では,特に小さい子どものいる女性医師はパートタイムの仕事を選ばざるを得ない状況にあります。オレゴン健康科学大学ではパートタイムでも昇進が可能なプログラムがあると聞きました。それは米国では一般的なことなのでしょうか。

ノエル 最近10年間でフルタイムより短時間で勤務しながら昇進した若手教員は大勢おり,米国では一般的なプログラムとなってきています。パートタイムで働く場合,性別に関係なく昇進速度は緩やかなものとなります。大学に教員として所属する医師は,フルタイム勤務であれば概ね7年後には准教授になることが期待されます。これが半分の時間だけ勤務する医師の場合は,14年後になります。

 現在,医学部卒業生の約半数は女性で,私が統括している内科研修プログラムでも90人の研修医のうち5-6割は女性です。女性研修医は,男女の比率がほぼ等しい3年間の内科研修を受けた後でSubspecialtyを選択します。研修医のなかには,少数ですが配偶者と同じ研修を受ける人がいます。彼らは,片方が1か月働く間,もう片方が家にいて子どもの面倒をみます。その場合,内科の研修期間は通常の3年から延長し,倍の6年間かかる夫婦もいます。

 研修医がスタッフドクターとして最初の仕事に就くときは,さらに柔軟な勤務体制となります。男女ともに,フルタイムの半分の労働時間で働くことが可能です(短時間勤務を選択するのは,女性のほうが多くなっています)。また,いくつかの診療科ではフルタイムでも十分に休暇を取得することができます。救急医,ホスピタリスト,集中治療医は主に,1回12時間のシフトが月に13回ある勤務体系になっています。私が所属する内科では,3人の女性ホスピタリストそれぞれが救急で働く夫を持っています。彼らは予定を組みやすいので,どちらかがいつも子どもと一緒にいる生活を過ごすことができます。こうした働き方は,米国ではかなり普通のことです。

松村 日本の働き方も今後,変わっていくかもしれませんね。ただ,OECD(経済協力開発機構)の報告では,加盟34か国中日本はトルコとメキシコに次ぎ,ワーク・ライフ・バランスの指数が低いと指摘されています。これは医療分野でなく社会全体の問題です。私たちは社会的な側面からも生活を見直さなくてはなりません。

大滝 天然資源が少ない日本では,世界と伍するため高い労働倫理を保ち仕事を行ってきました。勤勉さは日本で最も尊重されることの一つです。一方,働き過ぎとそれにまつわる健康問題,例えばうつ病や過労死などの問題をたくさん抱えているのも実際です。

 次回からは,日本と欧米諸国の将来にわたる医師のワーク・ライフ・バランスにおける新しいパラダイムについて話し合っていきたいと思います。

つづく

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