医学界新聞

連載

2011.09.26

看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて

【第6回】
組織ルーティンを超える行動化(2)

武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)


前回よりつづく

 多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。


 前回,「組織ルーティンを超える行動化」の実例を紹介した。今回は,「組織ルーティンを超える行動化」の意義と促進要素について紹介したい。

自律性と問題解決思考の獲得

 「組織ルーティンを超える行動化」は,看護師が保有する固有のルール(価値規範や行動規範)に基づいて,病棟にそれまでにない新しい実践を持ち込むものである。Keenan1)は概念分析の結果,自律性を「望ましいアウトカムに有効な,熟慮された独立した判断の運用」と定義している。「組織ルーティンを超える行動化」は,看護師が組織ルーティンとは独立して自分の判断で,望ましいアウトカムをもたらすために有効だと思われる行動を選択するようになる変化であり,まさに「職業関連自律性」1)の萌芽だと言える。

 また,「組織ルーティンを超える行動化」をした看護師は,自分が意を決して選択した行動の結果に強い関心を持ち,結果を確かめ,自分の選択を評価していた。「組織ルーティンを超える行動化」は,看護師が自律性と問題解決思考を獲得する過程であり,専門職的発達において重要な変化と言える。

組織ルーティンを超える行動化の促進要素

 では,看護師にとっても病棟にとっても価値のあるこの変化は,どのような要素でもたらされるのだろうか()。

 組織ルーティンの学習から組織ルーティンを超える行動化への転換

◆組織ルーティンへの疑問や葛藤の再意識化

 「組織ルーティンの学習」を終えた段階で安定し,「組織ルーティンを超える行動化」に進まない看護師には,組織ルーティンを所与のものとしてほとんど疑問を持たずに受け入れている,あるいは実践したい固有ルールが少ないといった特徴があった。

Dさん:病棟でここを変えなきゃとか,そういうのはないです。チームで忙しさが極端に違ったりとかすると,何とかしてほしくはなりますけど。

Eさん:いつも頭にあることは,時間内に仕事を終わらせることと,患者さんの言うことを否定しないで聞くことですかね。それ以外には,特にこうしなきゃ,と思うものはないです。

 また,病棟で通常対処しないことは看護実践の対象として認識しないという特徴も見られた。看護師11年目のFさんが,高齢患者を車椅子でスタッフステーションに連れてきた場面があった。看護師長が患者の手を見て,「あら,手」と言うと,Fさんは「拘縮ですよね」と答えた。それ以上二人の間で会話はなく,おのおのの仕事に戻った。

 Fさんは,麻痺のない患者の手が入院中不使用のために拘縮し始めていることに気付いていた。しかし,Fさんが拘縮予防のケアを計画したり実施したりすることはなかった。余裕があるときに患者を車椅子で散歩させることはこの病棟のルーティンだったが,拘縮予防のケアは通常行われていなかったため,拘縮に気付いても,それが何らかの行動を起こすべき対象としては認識されなかったようだ。

 このように,組織ルーティンを疑問を持たずに受け入れ,組織ルーティンに従うことに葛藤を感じない状態は,組織ルーティンの学習には適していたが,組織ルーティンを超える行動化を阻害することとなった。組織ルーティンを超える行動化を経験した看護師らは,以下のように組織ルーティンへの疑問や葛藤を保持,あるいは保留した後,再度意識化する経験をしていた。

固有ルールへの強いコミットメント

 前回(第2942号)紹介したBさんのように「これ(患者とじっくり話すこと)が自分の看護」というような強くコミットメントする固有ルールを持っている場合,組織ルーティンを学習する段階でも,疑問と葛藤を抱え続けていた。ほかにも,「親が病気になって,やっぱり大切だと思うようになった」「学校ですごく強調されたので,今でも影響を受けている」など,自らの経験で痛感したこと,教育課程で熱意をもって伝えられたことも,固有ルールとして強い影響力を保っていた。

行動化を正当化するものの存在

 同じく前回紹介したAさんは,患者や家族によい変化をもたらすという「根拠がしっかりしている」と感じていたからこそ,忙しい時間帯でも患者を車椅子に移すという選択ができた。また,Cさんも「命を守るために」という使命感があったからこそ,通常の報告ルートを超えて医師に働きかける行動に至った。つまり患者の利益につながると確信を持つことが組織ルーティンを超える行動化につながったと言える。中には,下記のGさんのように,文献等で根拠を得る看護師もいた。

Gさん:おかしいんじゃないかなと思ったことを文献で調べるようになって,はっきりとおかしいってわかったときに,指摘しやすくなった。

自分を見つめる目

 組織ルーティンの学習の半ばといった早い段階から組織ルーティンを超える行動化を始めた看護師には,自分の心理状態や仕事の仕方を冷静に見つめているという特徴があった。そのことが,最初に感じた組織ルーティンへの疑問,大切に思う固有のルールを失わずにいることにつながっていた。

Hさん:ときどきそういう自分がいるのはわかる。いろいろ立て込んでいて,(仕事を)早く終わらせたいって思うと,患者さんのペースよりも自分のペースが優先になる。なりそうになるけれど,でも本来は違うんだってそのときに気付くようにしている。

異なる実践との接触

 経験者は新人看護師に比べ,別の活きた組織ルーティンを経験しているため,新しい病棟のルーティンへの疑問や葛藤を明確に意識する傾向にあった。また,院外研修や文献,他施設で働く看護師との交流機会などを通し,自分の病棟とは違う実践が存在することを知ることも,組織ルーティンへの疑問を持つきっかけとなっていた。

 また,一人でも少数でも組織ルーティンを超えて行動する看護師が病棟に存在している場合,その働く姿勢が周囲に影響を与えることがあった。Aさんは新人のころ,患者の立場に立って気配りをする先輩看護師を尊敬し,目標にしていた。そのときAさんは,割り当てられたタスクを遂行するのに精一杯な状態だったが,その先輩看護師の姿から,患者の立場に立った実践は実現可能なものだというイメージを持ち続けることができた。3年目後半に彼女が築いた実践スタイルはこの先輩看護師とは異なるものの,先輩看護師の姿が彼女の行動化を後押ししたと言える。

◆裁量時間の確保

 組織ルーティンを超えて行動するためには,それができるだけの時間を確保する必要がある。裁量時間の確保も組織ルーティンを超える行動化を可能にする重要な要素であった。

組織ルーティンの学習によるタスク遂行力の獲得

 割り当てられたタスクを遂行するのに精一杯なうちは,固有ルールの実現に時間を使うことは非常に困難であった。組織ルーティンの学習が進むと,繰り返し遂行するタスクの作業時間は短縮され,タスクを効率よく遂行するための一日の計画の組み方や時間の使い方を学び,移動時間や空き時間,待ち時間を短縮する行動パターンを身につけることができた。このような状態になると,割り当てられたタスクを遂行することにもはや苦労は感じず,組織ルーティンを超えて行動する時間の確保が可能となった。「組織ルーティンの学習」をある程度終えることは裁量時間を捻出するために必要であり,組織ルーティンを超える行動化の前提となっていた。

 他にもさまざまな方法で看護師は裁量時間を捻出していた。次回は,それらの方法と,組織ルーティンを超える行動化を可能にするもう一つの要素「一歩踏み出す決意」について紹介したい。また,「組織ルーティンを超える行動化」がキャリア発達過程にどう位置付けられるか考察したいと思う。

つづく

文献
1)Keenan J. A concept analysis of autonomy. J Adv Nurs. 1999; 29(3): 556-62.

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