医学界新聞

連載

2011.09.05

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第205回

帰ってきたダース・ベイダー

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2941号よりつづく

 もう,15年ほど前になるが,このコラム(第2261号)で,「医療業界のダース・ベイダー」という,恐ろしいニックネームを持つ人物を紹介したことがあるのだが,読者は覚えておられるだろうか?

民間病院チェーン総帥による容赦ない経営

 映画『スター・ウォーズ』に登場する無慈悲な帝国軍司令官に擬せられた人物とは,米国(そしておそらくは世界)最大の民間病院チェーン,「コロンビアHCA」社(当時,所有病院数約350。現在の社名は「Hospital Corporation of America (HCA)」)の総帥だった,リチャード・スコットである。米国中の病院を次々と傘下に納めた強引な手法,そして,ノルマを達成できない部下は冷酷に解雇したり降格したりした容赦ない経営手法が「ダース・ベイダー」なるニックネームの由来だった。しかし,極度に利益を追求する経営姿勢が裏目に出たのか,メディケア等の診療報酬過剰請求事件を起こして1997年に失脚した(スコットの退社後,コロンビアHCA社は,連邦政府から17億ドルの罰金を科された)。

 スコットが初めて病院を買収したのは1988年。テキサスはエルパソの2病院を買収したことが,米国最大の病院チェーンを築き上げるスタート台となったのだが,スコットがこの2病院の経営を立て直すために採用した手段は,その後展開することになるチェーン拡大路線の強引さを象徴するものだった。競合する第3の病院も買収して,これを閉鎖,競争相手を消滅させる「ダース・ベイダー的手法」で経営を健全化したのである。

 ちなみに,このときスコットの共同出資者となった投資家がリチャード・レインウォーター。後に第43代大統領となる,ジョージ・W・ブッシュがテキサス・レンジャースを買収した際に資金を提供したことでも知られるビジネスマンである。レインウォーターは,その後,ブッシュがテキサス州知事,そして,大統領と,政治の階段を上る際にも「スポンサー」として協力したと言われている。

「オバマの医療改革取り消し」を公約に州知事選出馬

 さて,コロンビアHCA社を退いた後,表舞台から退いていたスコットだったが,その名が再度メディアに現れるようになったのは2010年,中間選挙のときだった。超保守派「ティー・パーティー」の支持を得て,共和党候補としてフロリダ州知事選に立ったのである。「オバマの医療制度改革取り消し」「州支出大幅削減」等を公約に掲げたスコットは,僅差で民主党候補を破り,知事の座を射止めたのだった。

 知事に就任後,スコットは,コロンビアHCA社時代を彷彿とさせるような強引な手法で,次々と公約を実現した。例えば,「オバマの医療制度改革取り消し」の公約を守るために,医療制度改革法の規定に従って連邦政府が各州に提供する交付金の受け取りを拒否し続けたのだが,「取り消し」を公約して知事に当選した他州の共和党知事のほとんどが「改革には反対だけれど,いただけるお金を拒む理由はない」と,現実的対処をしたのとは対照的に,政治的原則を貫くことを優先したのだった(註1)。

 さらに,低所得者用の公的医療保険「メディケイド」を全面的に民営化する改革を断行。2012年7月から,フロリダ州では,メディケイドがHMOに「丸投げ」されることが決まった。現在,同州のメディケイド支出は210億ドルに達しているが,民営化によって初年度11億ドルの支出を減らすことが目標だとされている。

 スコットの改革に対して,民主党や患者アドボケイトが「サービスの量・質が低下する」と反対したのは言うまでもないが,それとともに,「利益相反」の可能性も議論の的となっている。スコットは2001年にフロリダ州で(予約なしに患者を診る)診療所チェーンを創設していたのだが,今回のメディケイド改革で,彼の診療所チェーンが経営的に大きく潤う可能性が指摘されているのである(ちなみに,スコットは知事選に立つ前に経営権を妻に譲渡。「利益相反は存在しない」と主張している)(註2)。

 と,着々と選挙時の公約を実現するスコットだが,読者の中には,「テキサスの資産家レインウォーターが,スコットの前にスポンサーとなって州知事にした政治家は,やがて大統領になった。スコットも次々と公約を実現しているし,この勢いで大統領になるのではないか?」と心配される向きもあるのではないだろうか?

 心配はもっともなのだが,スコットの場合,その強引な手法と,過激な政策が州民の反感を買って,支持率が急激に低下。5月に行われた世論調査で「支持する29%」に対し「支持しない57%」と,全米の中でも「最も不人気な知事」という結果が出ている。というわけで,大統領になるどころか,次の州知事選も危ないと予測されているので,いまのところ,「ダース・ベイダー」がホワイトハウスの主となる心配はしなくてもよさそうなのである。

つづく

註1:ニューヨークタイムズ紙によると,8月1日現在,フロリダ州が受け取りを拒否した交付金の額は2520万ドルに達している。
註2:本人ではなく家族が経営する企業であっても,「利益相反が存在する」と考えるのが普通であるのは言うまでもない。

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