医学界新聞

連載

2011.06.13

学ぼう!! 検査の使い分け
シリーズ監修 高木康(昭和大学教授医学教育推進室)
○○病だから△△検査か……,とオーダーしたあなた。その検査が最適だという自信はありますか? 同じ疾患でも,個々の症例や病態に応じ行うべき検査は異なります。適切な診断・治療のための適切な検査選択。本連載では,今日から役立つ実践的な検査使い分けの知識をお届けします。

第 4 回
心筋バイオマーカー

心筋構成物質(心筋トロポニン)

酵素・アイソザイム(CK,CK-MB)

高木康(昭和大学教授 医学教育推進室)


前回からつづく

 心筋傷害の生化学指標(バイオマーカー)には,血清酵素(AST,LDH,CK),アイソザイム(LDH1,CK-MB),心筋内微量物質〔ミオグロビン,心臓由来脂肪酸結合蛋白(H-FABP)〕,心筋構成物質(ミオシン軽鎖,心筋トロポニンT & I)など数多くの物質があります。これらは小規模の検査室で検査可能なものばかりでなく,専用の装置・試薬を用いて循環器専門施設や大規模病院でしか測定できないものなど多彩です。今回は,これらのバイオマーカーをどのように使い分けていけばよいか,考えていきます。


 心筋梗塞の診断は,医療面接をしっかり行い(特徴ある胸痛の有無を聴取),心電図を正確に判読することが肝心なのは言うまでもありません。しかし,高齢者や糖尿病患者では特徴的な胸痛を訴えず,心電図上も専門医でないと判読できない症例や特徴ある心電図所見(異常Q波,ST-T変化)が現れない非貫通性梗塞も少なからず存在します。このため,診断を補助する目的で種々のバイオマーカーが開発されました。心筋に存在し心筋傷害で血中に逸脱する酵素(AST,LDH,CK)とミオグロビンが第一世代,より心筋への特異性が高いアイソザイム(LDH1,CK-MB)が第二世代,そして免疫学的手法を用いて検査する心筋特異性の高い物質(ミオシン軽鎖,心筋トロポニンT & I,H-FABP)が第三世代です。

心電図に心筋バイオマーカーを補い心筋傷害を発見する

症例1
59歳の男性。3か月前から階段を昇るときに前胸部に圧迫感を自覚するも,安静にすると消失するため放置していた。1週間前から動悸,息切れが頻繁に起こるようになり,今朝3時ごろから激しい前胸部痛が出現。発汗や嘔吐も伴うようになり,8時に救急車で搬入された。7年前から糖尿病と脂質異常症で加療中。喫煙30本/日を20年間。身長170 cm,体重78 kg。検査所見:赤血球数520万/μL,白血球数12800/μL(好中球:70%,リンパ球:24%),クレアチニン 1.3 mg/dL,総コレステロール 254 mg/dL,AST 60 U/L,ALT 20 U/L,CK 680 U/L(基準範囲:40-200 U/L),CK-MB 58 U/L(基準範囲:4-20 U/L)。心電図を図に示す。

症例2
63歳の男性。1か月前から労作時に胸部絞扼感を感じ,その後徐々に発作回数が増え持続時間も長くなってきた。昨夜11時ごろ冷汗を伴う左前胸部を締めつけるような痛みが出現。朝になっても持続するので午前8時に来院した。身長168 cm,体重60 kg。検査所見:赤血球数504万/μL,白血球数10400/μL,クレアチニン0.9 mg/dL,総コレステロール221 mg/dL,AST 74 U/L,ALT 36 U/L,CK 586 U/L,CK-MB 36 U/L,心筋トロポニンT 15.2 ng/mL(カットオフ値0.1 ng/mL)。

 症例1は既往歴と症状から心筋梗塞がまず疑われ,心電図()でもII,III,aVFに典型的なST上昇と異常Q波が出現していることから心筋梗塞(下壁)の診断は比較的容易です。しかも,CKやCK-MBの異常高値がこれを裏付けています。

 症例1の心電図

 症例2は発作から9時間前後の来院でありながら,心電図ではI,II,V4-6で著明なST低下,陰性T波が認められるだけで,特徴的な異常Q波が認められない症例でした。しかし,CKやCK-MBは異常高値であり,心筋特異性が高く心筋傷害の指標である心筋トロポニンTがカットオフ値の約100倍の高値であることから心筋傷害,心筋梗塞(非貫通性,非Q波)と考えることができます。

心筋バイオマーカーの特徴と選び方

 主な心筋バイオマーカーとその特徴をに示しました。ESC/ACC/AHA/WHFでは,これらのうち心筋トロポニンを第一選択,CK-MB(蛋白量)を第二選択としています。わが国では,H-FABPも特異性に優れた超急性期の指標と考えられています。

 主な心筋バイオマーカーとその特徴

 心筋バイオマーカーには大きな特徴があります。それは時間的変動が大きいことです。心筋が傷害されると心筋バイオマーカーはリンパ液・細胞間質を伝わって血中に出現するためにラグタイムが生じます。このラグタイムは,マーカーの種類,重症度など種々の因子により異なり,早くても発症後数時間です。発症3時間以内の超急性期ではミオグロビンやH-FABPが優れており,6時間以内の急性期では心筋トロポニンやCK-MBが優れた指標となります。心筋トロポニンやCK-MBが異常高値の場合には,後の心血管イベントの発症率が高いことも報告されています。また,心筋トロポニンは異常率が100-400倍と高率なことから微小梗塞の検出も可能であり,しかも10-14日間異常値が持続するため発症から経過しても検出が可能なことが第一選択とされている理由です。

 心筋バイオマーカーの選択は施設の規模,検査室の規模に大きく左右されます。イムノクロマトグラフィ法は簡便,迅速(30分以内)ですが,定性検査です。心筋トロポニン,CK-MB(蛋白量)の定量検査には専用の測定装置が必要であり,循環器専門の施設,あるいは大規模検査室でないと常備していません。なお,CK-MBは免疫阻害法により活性としても測定でき,酵素活性測定装置を所有する小・中規模検査室でも測定可能です。

 心筋バイオマーカーは心筋傷害の有無の診断ばかりでなく,心筋梗塞の大きさの推定や血栓溶解療法での再灌流の判定の指標ともなります。心電図でも異常波形の誘導数からある程度梗塞の大きさの推定が可能ですが,血中濃度や血中遊出総濃度が高ければ高いほど梗塞心筋量が大きいと推測できます。また,血栓溶解療法により再灌流が成功するとwash out現象のために,急激に上昇/低下することを利用して再灌流の成否を推測することが可能となります。このため,心筋バイオマーカーは連続測定してモニタリングすることが重要です。

まとめ

 急性心筋梗塞の診断に心電図は不可欠ですが,胸部症状が持続しているにもかかわらず波形に異常を認めない場合には,心筋バイオマーカー検査が補助検査として重要です。この二つの検査を行うことで,心筋梗塞・心筋傷害の正確な診断が可能となります。心電図,心筋バイオマーカーともに発症後の経時的なモニターが重要で,少なくとも6-9時間のモニターにより心筋傷害の最終的な診断を行うべきです。

ショートコラム

 臨床検査での検出感度の向上により種々の病態が明らかになってきています。炎症や組織の破壊の指標とされているCRPを高感度に測定することで,慢性局所性炎症の存在が明らかとなり,これが冠動脈プラーク形成に関与することから急性冠症候群の独立した予測マーカーとなりました。心筋トロポニンTについても高感度法が開発され,これにより潜在性心筋傷害の存在が論じられ,さらには脳心血管イベント発症のリスクの層別化への応用などが検討されています。

つづく

参考文献
1)Thygesen K, et al. Universal definition of myocardial infarction. Circulation. 2007 ; 116 (22): 2634-53.

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