医学界新聞

インタビュー

2011.05.23

interview

広がる認知行動療法の可能性
国立精神・神経医療研究センター
「認知行動療法センター」設立に当たって

大野裕氏(慶應義塾大学保健管理センター・教授/厚生労働科学研究「精神療法の有効性の確立と普及に関する研究」主任研究者)に聞く


 2010年度の診療報酬改定で認知療法・認知行動療法が保険点数化され,約1年が経った。うつ病はもとより,さまざまな疾患に対し認知行動療法の効果が認知されつつある一方,適切に認知行動療法を実施できる臨床家の育成が求められている。本紙では,海外との比較などを交え,日本において認知行動療法の専門家をどのように養成していくべきか,今年度,国立精神・神経医療研究センターに設立された「認知行動療法センター」のセンター長に就任した大野裕氏に聞いた。


――認知行動療法(以下,CBT)が保険点数化され,約1年が経ちました。

大野 この1年間でよかった点は,医師から患者まで,いろいろな方の間でCBTが認知されたことです。薬物療法だけでなく,CBTにも有効性があると知られるようになりました。

 しかし,CBTを導入する医療機関は徐々に増えてきていると言っても,その数はまだ不足していますし,提供されているCBTの質も十分なものではありません。今後の課題は,CBTを実施できる医療機関を増やすとともに,CBTの治療の質を向上させ,それを担保することだと思います。

日本と英国におけるCBT教育の現状

――質の高いCBTを身につけるためにはどういった教育が必要ですか。

大野 これまでの日本では精神療法をきちんと学ぶ機会が少なく,臨床現場で独自に学び,スキルを伸ばしていたという傾向があります。

 しかし,CBTを適切に習得するためには,2つのレベルで学ぶことが重要です。1段階目が講習会への参加や関連書籍の読書を通して学ぶ方法。そして2段階目が,実際の診療現場で行った治療を基に上級治療者から個別指導を受ける,「スーパービジョン」という方法です。教習所の講義を聞いただけで自動車の運転をするのが危険なように,CBTを実施するに当たっても講習会を受講しただけでは十分であるとは言えず,やはり現場でスーパービジョンを行い,スキルを磨くことが望ましいのです。

 ただ,現状ではCBTを学べる施設や指導できるレベルにある人材が限られているため,スーパービジョンまで行っている方はとても少ないですね。

――CBTのスキルが一定のレベルに達していることを認定する制度というのはあるのですか。

大野 世界的な認定の仕組みとして,「Academy of Cognitive Therapy」(認知療法・認知行動療法家国際認定組織,MEMO)の認定制度があります。日本国内でその認定を受けているのは私を含め数人です。

 現在の日本では,スーパービジョンで十分な指導ができるのは,その認定者のほか,20-30人ぐらいだろうと思います。今後,指導者を増やしていく必要があります。

――海外にはCBTの教育が進んでいる国があると聞きます。

大野 米国や英国ではCBTの教育が進んでいますね。特に英国では,IAPT(Improving Access to Psychological Therapies)という政策を掲げ,多くのエビデンスが積み重ねられてきたCBTを医療経済の観点からも有効な治療法として導入しており,セラピストの養成にも力を入れています。

 IAPTでは,High-intensity CBT(高強度認知行動療法)とLow-intensity CBT(低強度認知行動療法)を使い分けることで,国民に広くCBTを用いた医療を提供しています。前者が日本の臨床場面でも一般的に行われている1対1の精神療法に当たるのに対し,後者は集団への心理教育・認知行動療法やインターネットを介した支援を活用することでより多くの人にアプローチすることができる精神保健・医療サービスです。

 このように幅広くCBTを提供するために,High-intensity CBTの専門家,Low-intensity CBTの専門家を,それぞれの標準化されたカリキュラムを用いて育成しています。

日本初のCBT研修・研究施設が誕生

――2011年4月1日より,国内初の認知行動療法の研究・研修を行う施設として,国立精神・神経医療研究センターに「認知行動療法センター」が発足しました。CBTの専門家養成機関として期待されます。

大野 認知行動療法センターでは,医師・臨床心理士・看護師・保健師・精神保健福祉士・薬剤師などさまざまな職種の方を対象に,講習会・スーパービジョンといった研修を行い,毎年100人の専門家や指導者を育成していく予定です()。

 認知行動療法センターにおける研修案
厚労科研「精神療法の有効性の確立と普及に関する研究」班により作成された案。認知行動療法センターでは,この案に沿って研修を行うことを検討している。

 高強度から低強度までレベルに応じたCBTを学べるコースだけでなく,うつ病,強迫性障害,PTSD,不眠症など疾患別のコースも充実させる予定です。また,これらの人材育成と同時に,講習会およびスーパービジョンの効果を客観的指標で評価し,研修効果を実証していきます。

――研修の評価はどのような方法で行うのですか。

大野 認知行動療法の能力評価指標であるCTAS(Cognitive Therapy Awareness Scale)を用いて知識の評価を行います。また,スーパービジョンに関しては,CTS(Cognitive Therapy Scale)を使って評価する予定です(MEMO)。

――さまざまな職種の方を対象にすることで,CBTの裾野が広がっていきそうですね。今後,資格化なども議論になると思いますが,そのあたりはいかがですか。

大野 すでにいろいろな方がさまざまな場所でCBTを行っているのが現状です。この状況下で1つの基準を設けて評価を行うことは難しいでしょうから,認知行動療法センターでは,まずは「Academy of Cognitive Therapy」の認定取得を支援していきたいと思います。また,評価に関して言えば,CBTは医療者と患者の協同作業ですから,治療を受けている患者側から簡易なかたちで治療の質を評価できるようになるといいですね。そういう意味で,多面的な評価が行えるように展開できるといいなと考えています。

――最後に,認知行動療法センターの長期的な目標を教えてください。

大野 将来的には,センター内で治療を提供できるようにしたいと考えています。また,現在は診療報酬の対象となる治療は医師しか行うことができませんが,今後はそういった縛りを越え,各種疾患に対する治療としてCBTを全国的に提供することを目指したいですね。人材を育て,多職種の専門家がチームを組んでCBTを使った医療を提供できるようにしていくこともそうですが,CBTのノウハウを幅広い場で活用してもらえるように働きかけていくことも考えています。

 例えば,企業であれば,CBTのノウハウを職場のうつ病一次予防対策や復職支援プログラムに役立てることができます。学校であればホームルームなどの時間を利用し,CBTを取り入れたプログラムを生徒たちに体験してもらうことで,考え方を柔軟にし,他人の気持ちに配慮できるようになるなどの効果が期待できます。もちろん各地域の医療だけでなく,保健や福祉の場面でもCBTを活用してもらえるようになってほしいと考えています。

 認知行動療法センターで幅広くCBTのノウハウを提供することで,皆さんの心の健康活動を支援していきたいですね。

――ありがとうございました。

《MEMO》
Academy of Cognitive Therapyの認定に求められる要件
メンタルヘルス領域の学位,40時間以上の認知療法の研修,10例以上の治療経験(症例リストの提出),5冊以上の認知療法読書(読書リストの提出),1年以上の認知療法実践経験,会員からの推薦状2通,映像/音声テープでCTS 40/66点以上,CFRS 20/24点以上
※CFRS;Cognitive Formulation Rating Scale(認知の事例定式化評価尺度)

CTAS;Cognitive Therapy Awareness Scale
認知療法の概念および手法の認識度を問う40問の正誤問題(1問1点)。米国の精神科レジデント研修では,CBTの正式なトレーニングを受ける前にCTAS20点後半以上,研修終了時に30点以上を得点できることが必要と考えられている。

CTS;Cognitive Therapy Scale
認知療法の研修における世界標準的な認知療法尺度として使用される評価指標。実際の治療の記録に基づき,セラピストの認知療法スキルを「アジェンダ」「対人能力」「協同作業」といった11項目から評価する(各項目最高1-6点で評価)。Academy of Cognitive Therapyでは,初期認定基準が66点満点中30点以上,認定基準が66点満点中40点以上。

(了)


大野裕氏
1978年慶大医学部卒,同大精神神経科入局。85-88年米国コーネル大,88年ペンシルバニア大留学を経て,89年慶大精神神経科講師。2002年より現職。国立精神・神経医療研究センター「認知行動療法センター」センター長,日本認知療法学会理事長などを務める。認知療法活用サイトを監修。近著に『認知行動療法トレーニングブック 短時間の外来診療編[DVD付]』(医学書院)。

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