医学界新聞

連載

2011.04.04

「本物のホスピタリスト」をめざし米国で研鑽を積む筆者が,
その役割や実際の業務を紹介します。

REAL HOSPITALIST

[Vol.4] Case Closed

石山貴章
(St. Mary's Health Center, Hospital Medicine Department/ホスピタリスト)


前回よりつづく

Can you just manage her pain? Simply, she just broke her hip.
(疼痛管理だけ頼むよ。単純な股関節骨折だから。)

Really?
(ホントに?)

 今回のReal Hospitalist,テーマは「診断」である。さまざまなホスピタリストの仕事の中でも,やはりこれが本命。個人的には一番楽しい。

 無論,これは総合内科医全般としての仕事であり,ホスピタリストに限ったことではない。が,病院に入院が必要となる患者群には,ある一定の割合で,興味深い症例が含まれているものだ。つまり,それだけそういった症例に触れる確率が高いということになる。この連載の中でも,時々そういった興味深い症例を紹介したいと思う。オーケストラに例えるならば,いわゆるインターミッション(間奏曲)である。

 今回は,半年ほど前に筆者が経験したケースから。異常な痛みを伴う骨折の患者だ。

 主人公は72歳の白人女性。疲労に伴う右の股関節骨折の診断で入院。股関節痛は入院7週前に始まり,入院3週前に整形外科医によってオーダーされたMRIで,右股関節の疲労骨折と診断された。保存的治療を勧められ,鎮痛剤のみの処方であった。しかし疼痛が徐々に悪化してきたため,ふたたび整形外科医のクリニックを受診。その医師との上記のやりとりの後,疼痛管理目的の入院となった。

 ベッドサイドで実際に患者を診察すると,想像以上に痛みがひどく,患者はベッド上から動けないほどであった。診察による右股関節の内外転による疼痛は,確かに股関節痛を示唆する。だが,患者は痛みを「電気ショックのような感じ」と表現する。これは,Neuropathic painを思わせる症状である。さらに詳しく病歴聴取を行うと,食欲不振に加え体重減少,そして夜間発汗が続いていることが判明した。入院時の検査結果をみると,きわめて微細ではあるが急性腎不全,高カルシウム血症,高タンパク血症を認めている。

 異常な痛みを伴うこの骨折に対し,そのとき私は全部で4つ鑑別診断を挙げている。pathological fracture(病的骨折)の原因として骨粗鬆症,さらにビタミンD欠乏症,occult malignancyによる骨転移,そして最後に多発性骨髄腫を含むparaproteinemia,である。

 そこで,疼痛管理を開始すると同時にSPEPとUPEPをオーダーしたところ,数日後に"Monoclonal Paraprotein"の結果が出た。最初に挙げた鑑別診断の中の一つが,見事網にかかったわけだ。すぐに血液腫瘍内科医(連載第2回登場)にコンサルトし,骨髄穿刺を施行。その結果,多発性骨髄腫(IgG型)と診断され,すぐに化学療法が開始されることとなった。このようなシチュエーションを,私は「クリーンヒット」と呼んでいる。後に私がひとり,ガッツポーズをしたのは言うまでもない。

 さて,振り返ってみると今回のケース,ラーニングポイントはいくつかある。

1)「疲労骨折」の診断で思考をストップしなかったこと。
2)患者の異常な痛がり方に目を向けたこと。
3)疼痛管理とはいえ,きちんとした病歴聴取を怠らなかったこと。
4)ラボの微細な異常値に目を向けたこと。
5)可能な限り鑑別診断を挙げる癖を,常に持っていたこと。

 これらは総じて,何ももの珍しいことではない。書き出してみれば,みな当たり前のことだ。ただ,ホスピタリストとして「クリーンヒット」を量産する一番のポイント,それは「当たり前のことを,きっちりと丁寧に」。これに尽きると思う。

 例えば今回のケースでは,1)から4)までを「きっちりと丁寧に」こなすことで,5)が生きてくる。その上で,幅広い内科知識を用いて思考を縦横に働かせ,患者の病名や病態生理を「推理する」のだ。これがホスピタリスト,あるいは総合内科(General Internal Medicine;GIM)医の一番の醍醐味だと私は思う。そしてこれは,ある一定のトレーニングを積まねば身に付かないことだ。

 さて,今回のケース,実は後日談がある。

 後日病院に,この患者の家族からクレームの手紙が舞い込んだ。いわく,患者が痛みに苦しんでいるのに,病院側は注意を払ってくれなかった,とのこと。

 外科医により見逃されかかった悪性疾患を無事キャッチし,診断を付け,そして治療を始め得たこのケース。私としては,まあ小さな自己満足に浸った後であり,感謝されこそすれ,まさかクレームを付けられようとは,想像だにしていなかった。米国医療の現場で「患者満足度」を上げることは,常に求められるものだ。そして,それがいかに難しいかを学ぶ意味でも,これは実にいい教訓になった。この「患者満足度」に関しては,この連載の中で折に触れ述べることになると思う。

 以上で今回のケース,「Case Closed」。最後に補足を。今回のタイトルでもある「Case Closed」。英語で「一件落着」「事件解決」の意味で,実はここ米国で漫画「名探偵コナン」の英訳版タイトルにもなっている。私は大のミステリ(探偵もの)ファンであり,また漫画ファンでもある。そして現在私はそれゆえに,名探偵コナンをこよなく愛するイチ内科医である。ホスピタリストとしての診断の仕事は私にとって,患者のさまざまな謎を「推理する」上質なミステリを日々読んでいるようなものなのだ。

 願わくはいつか,コナンのような名探偵になれますように。

全米1,2を争う規模の大型書店,Bordersにて。こちらでは漫画を「Manga」もしくは「Graphic Novels」と表現する。この店内の一角は,すべて日本の漫画,まんが,マンガ,である。 本文登場の「Case Closed」。見慣れたキャラクターが,英語の吹き出しで大活躍。英文読解のトレーニングにはもってこい

つづく

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