医学界新聞

インタビュー

2011.03.28

国際化に向けた医療通訳・コーディネーターの人材育成が,医療の新たな扉を開く

山田紀子氏(ピー・ジェイ・エル株式会社代表取締役)に聞く


 近年, "医療の国際化"への関心が高まるなか,外国人患者受け入れに向けて関係省庁の取り組みが本格化している。医療の国際化の推進においては,外国人が日本の医療機関を受診する際のコーディネートや通訳を担う人材の育成が課題の一つとされてきた。昨年10月には,経産省の委託事業として「国際医療通訳講座」(MEMO(1))が開講された。本紙では,本講座のプロジェクトコーディネーターを務めた山田氏にインタビューを行った。


――国際医療通訳には,どのような役割が期待されているのでしょうか。

山田 私たちは,医療者と患者さんとの間に立って通訳するだけではなく,文化や習慣の違いを理解して両者をつなぐコーディネーターとしての役割を担っています。私自身の業務を紹介すると,患者さんからの問い合わせを受けて医療機関との相談,日程調整,ビザの申請を行い,患者さんの来日後は検査・治療に立ち会い,さらに帰国後のフォローまでを行っています()。

 外国人患者受け入れのプロセス

――講座では,英語,中国語,ロシア語が取り上げられていますが,どのような理由から選定されたのでしょうか。

山田 中国とロシアについては,2009年度の経済産業省の調査報告書において,日本の医療に対するニーズが高い一方で,日本の医療機関の多くは,中国語やロシア語に対応(通訳)できるスタッフがいないとの課題が提起されています。そこで,まずは中国語,ロシア語を講座の対象言語とし,加えて,守備範囲が広い英語を選定しました。

写真 (1)ロシア語クラスでのケーススタディ。日本語で書かれた同意書をロシア語に翻訳する。(2)中国語クラスでのロールプレイ。患者役と医師(看護師)役の会話を通訳中。

 特にロシアに関しては,1991年のソ連崩壊後,金融政策や資源開発などに傾倒していった結果,医療と教育が置き去りになってしまったという背景があります。これまで何度かロシアの医療機関を視察する機会を得ましたが,一般的には日本との医療水準の格差が大きく,日本での治療を希望する方は今後も増加すると考えられます。

――どのような方が受講したのですか。

山田 現在通訳あるいは翻訳家として活動していて,近年の医療の国際化の動きを知り,今後医療分野を自分の強みにしたいと参加された方が多かったです。医療通訳として活動するのであれば,医療に関する知識,日本および相手国の医療事情に精通している必要があります。ですから,今回の講座ではこれらを重点的に学んでもらうために,応募要件に「英語はTOEIC900点以上,ロシア語,中国語も同等の語学能力を有する」という比較的高いハードルを設けました。

――限られた時間で医学に関する知識を習得することは大変だったと思いますが,どのような点に重きを置かれましたか。

山田 医学に関する講義は医療職の先生方に依頼し,診療科ごとに区切って講義を行いました。また,実際の臨床現場ではさまざまな医療事情や文化的背景を持った方への対応が求められるので,特に手術等の同意書説明・紹介状翻訳のケーススタディに多くの時間を割きました。

 さらに,現場の医師から要望が多かった「痛みの表現」の習得にも努めました。"ずきずき","ちくちく"など,痛みの表現の仕方はさまざまであり,どこがどのように痛むのかを知ることは,医師にとって診療を行う際に非常に重要です。受講生には,3か国語共通で作成した「痛みの表現集」を配布したので,ぜひ現場で活用していただきたいです。

――講座を進める上で,難しかったことはありますか。

山田 受講生は,医療においてどのような単語を使うべきか,はじめ戸惑いを覚えていたようです。そのため,医学用語だけでなく,自分が知っている単語や表現も用いて重要なポイントをきちんと伝えることの重要性を理解してもらうように努めました。

――確かに,医療者の言葉を患者さんが理解しやすいように適切に変換して伝えることも重要ですね。

山田 一方で,何の気なしに使った言葉が大きな誤解を生む場合もあります。修了試験の際に,ある受講生が「そのまま放っておくと,命にかかわる危険な状態にもなり得る症状なんですよ」という言葉を「そのままにしておくと死にますよ」と訳してしまったことがありました。ちょっとしたニュアンスで,伝わる言葉が大きく変わってしまう。状況に合わせてしっかり対応していくことは,難しいと感じました。

――"悪い知らせ"をどう伝えるかは,日本語でも難しい問題です。

山田 現場でも,医療者が非常に気を遣っている点だと思います。にもかかわらず,通訳を介したために台無しになってしまうのは非常に怖いことです。

情報集約の体制整備が急務

――講座を修了された方たちは,今後どのような場で活動されるのですか。

山田 現在は医療機関が通訳を必要とするとき,あるいは外国人が日本の医療機関を受診したいときに,どこに問い合わせたらよいのかわからない状況です。それでは医療通訳の活動としても広がっていかないので,現在,「医療の国際化」としてある程度の情報集約を行う仕組みづくりができないか,経産省にも相談しながら皆で検討しているところです。

――質の保証のためにも行政の関与は必要ですね。

山田 一方で,既に院内に国際部を設置して外国人患者を直接受け入れている医療機関もあります。将来的には,国際化をめざす医療機関に通訳が常駐し,外国人がそのような医療機関に直接コンタクトを取るというのも一つの方法だと思います。

――医療通訳の方々が現場に入っていくためには,ほかにどのような整備が必要でしょうか。

山田 私自身がいつも悩むのは,通訳の報酬についてです。現状,医療通訳はボランティアとして行われているものもありますが,今回の講座が想定しているのは,レベルの高い通訳能力やコミュニケーション能力を有し,治療や検診等のために来日する外国人に対してさまざまなサポートを提供できる人材です。このような仕事はボランティアでは成立しませんし,他方,通訳からは担当した患者さんに直接請求しにくいという事情もあります。当社はコーディネートから通訳までをトータルで行っていますが,今回の受講生はフリーの方も多く,医療通訳として活動する際,報酬をどのように設定するのか,あるいは患者さんに,通訳やコーディネート費用を医療を受ける際の必要経費としていかに捉えてもらえるかが大事だと思います。

日本が誇れるケアの質の高さ

――アジアは医療ツーリズムの一大拠点と言われるほど,国策として取り組んでいる国が数多くあります。そのようななかで,日本の医療の強みはどのような点にあるとお考えですか。

山田 これまで私がかかわってきたロシア人に一様に指摘されるのは,日本の医療者が提供するケアの質の高さです。先日来日して手術を受けた方は,ロシア国内の名医にかかれるほどの財力を持った方でしたが,「ロシアでは,優秀な医師にかかっても,その周囲のスタッフに自分の身体を委ねるのに不安がある。日本では安心して治療に専念できた」と喜んで帰って行かれました。

――山田さんが付き添っていないときにも,大きな不安を感じる場面が少なかったということでしょうか。

山田 看護師の方々が,患者は何を欲しているか,何に困っているかを理解しようと努め,共感しながらケアしてくれるのが本当によかったと話していました。医療機関のみならず,買い物の際に店員のサービスが非常に丁寧だったことも非常に心地よかったようで,そのような積み重ねが日本への信頼につながっているのだと思います。

――言葉が通じないというのは,本当にさまざまな不安があると思います。そのようななかで日本のよさを感じていただけるのはうれしいですね。

山田 本当にそう思います。看護師の方々が,時にはインターネットでロシア語を検索して話しかけてくれることもあり,非常に細やかにかかわってくださっていると感じます。

医療の国際化はどう進むのか

――本年1月には,医療滞在ビザが創設されました(MEMO(2))。

山田 医療滞在ビザでは,必要に応じて何度も出入国が可能になり,滞在できる期間も延びました。ですから,将来的には抗がん剤治療や移植治療なども可能になると思います。

――医療ツーリズムに対して,「医師不足である日本の医療現場に外国人を受け入れる余裕はない」との批判も聞かれます。

山田 私たちがこの取り組みを継続してきたのは,ひいては日本の患者さんのためにもなると考えたからです。外国人が日本の医療機関を受診することで,日本の医療が国際的に評価されるチャンスともなり,また医療機関の増収につながり,患者さんに還元することも期待できます。

――一方で,近年アウトバウンドとして,海外進出を検討している医療機関もあると聞きます。

山田 そうですね。医療の国際化にはさまざまな面があり,外国人患者を受け入れて日本で医療サービスを提供するだけでなく,逆の流れとして,日本の医療機関あるいは医療機器が海外で医療サービスを提供するということも含まれます。例えばロシアの場合,先ほどお話ししたように画像診断機器などの設備が整っていない医療機関も多いのです。人口約60万人と言われるサハリンには,MRIが1台しかありません。

 今は正確な診断もできずに日本に問い合わせをしてくる患者さんも多いですが,将来現地に日系の画像診断センターができれば,せめてある程度の診断をしてから日本で治療機会を提供することが可能になります。そうすれば,プロセス自体が効率化でき,外国人患者を受け入れる側の日本の医療機関にとってももう少し受け入れやすくなると思います。

――思い切った試みですね。

山田 医療機器を輸出するだけでは現場ではうまく活用されません。医療機器を使う人の教育,機器のメンテナンス,さらには日本の医師の持つ高い技術が合わせて提供されれば,双方にとってメリットは大きくなると思います。

――人材も含めて提供することで,現地スタッフへの教育も可能になるということですね。

山田 教育という観点では既に,現在ロシア人医師を2か月半の予定で日本の医療機関に受け入れ,画像診断の研修を行っています。今後は,そのような人材交流も進んでほしいと願っています。

――今後の抱負をお願いします。

山田 将来的には,日本の医療関係者が病院内に通訳がいてもいいと思ってくださるようになり,さらには日本の医療機関と外国の医療機関との間である程度の協力関係ができたらいいなと思います。患者さんの生活は治療後も続くので,治療した医師と治療後のフォローをする医師との意思疎通がもっとうまくできるようになるのが理想だと思うからです。そのためのお手伝いができる国際医療通訳の仲間を増やし,ネットワークをつくっていくために何か役立てたらと考えています。

――ありがとうございました。

《MEMO》

(1)国際医療通訳講座 経済産業省「産業技術人材育成支援事業(サービス産業分野)国際医療交流人材育成支援事業」の一環で東京外大にて開講された。受講生は英語20人,中国語11人,ロシア語10人。講義は全9回から成り,国際医療通訳として身に付けるべき医療知識やケーススタディの講義に加え,日本の医療に関する講義,中国,ロシアおよび英語圏の一国の医療事情に関する講義,医療現場の視察や通訳実習,修了試験が実施された。かねてより医療の国際化を推進していた開原成允氏(前国際医療福祉大学院長,本年1月12日に急逝)も,本講座のテキストの監修や講師としてかかわった。講座は来年度も開講予定。

(2)医療滞在ビザ 医療滞在ビザの有効期限は3年で,患者の病態等を踏まえ最大6か月滞在することができる。また,1回の滞在期間が90日以内の場合,有効期限内であれば必要に応じて何度でも出入国が可能となる。医療滞在ビザの発給時には,旅行会社および医療コーディネーター等が身元保証機関(登録制)として患者の身元保証を行うことが定められている。

(了)


山田紀子氏
東京外大外国語学部ロシア語学科卒。在学中サンクトペテルブルグ大に1年間留学。氏が代表取締役を務めるピー・ジェイ・エル株式会社はロシア専門の商社。仕事を通して知り合ったロシア人に「病気で困っている親戚に日本で治療を受けさせたい」と相談されたことをきっかけに,2006年以降80人に上るロシア人を日本の医療機関に紹介してきた。その実績が買われ,国際医療通訳講座ではプロジェクトコーディネーター兼講師を務めた。

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