医学界新聞

2011.01.17

卒後教育を標準化し,優れた医師を養成する

ACGME理事長を迎えた講演会の話題から


 ACGMEのThomas J. Nasca理事長と,米国で医学教育とその評価に長年携わってきた Joseph S. Gonnella氏(トーマス・ジェファーソン大名誉医学部長)による講演会(主催=野口英世記念米国財団法人野口医学研究所,共催=公益社団法人地域医療振興協会,後援=順大)が2010年12月10日,順大有山記念館(東京都文京区)にて開催された。Nasca氏,Gonnella氏が米国における卒後医学教育のシステムと現状を紹介した本講演会。優れた医師を養成するためにはどうすればよいか,聴衆を交え活発な議論が交わされた。

 本紙では,講演会ならびにその前日に開催された日本の卒後臨床研修指導医とACGMEメンバーらとの会談のもようを報告する。

Thomas J. Nasca氏 Joseph S. Gonnella氏


卒後医学教育を公共の利益に

 ACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education:卒後医学教育認可評議会)は,米国の臨床研修病院も含めた研修プログラムを認可し標準化を行うことで,研修医への教育の質を高め,医療レベルを向上させることを目的とした組織だ()。米国ではACGMEとともに,医学部を認可するLCME(医学教育連絡委員会)やACCME(生涯教育認可評議会)が一貫した医師養成の標準化を担うが,適切に患者をケアできる一人前の医師を養成するには,ACGMEが担うレジデンシー,フェローシップでの役割が特に重要だという。

 米国における医学教育の流れ(講演資料より作成)
米国では,個人の知識(技術)を認定する機関(ボード)と施設やプログラムを認可する機関の双方が 独立して卒前・卒後教育,生涯教育を担っている。青字は認可・認定機関を示す。

 Nasca氏は,米国で定着している卒後医学教育の標準化について,ACGMEの歴史をひも解きながら紹介した。米国では1940年代より,各専門領域が独自に研修プログラムの評価委員会を発足させてきたが,客観性や独立性の観点から批判が起こり,学会などの利害団体から独立したACGMEが1981年に誕生したという。ACGMEの理事会は医師会,病院協会,医学会,専門医会,医学部などの専門職の代表ほか,政府や研修医,一般国民の代表から構成され,卒後医学教育のリーダーとして,国民の健康増進に寄与できるよう米国卒後医学教育の全責任を担っているとのこと。現在ACGMEは,681の研修施設を指定するとともに約8800の研修プログラムを認可し,卒後医学教育の質の維持向上に努めていると氏は語った。

 また氏は,現在の卒後医学教育の傾向として,医学が非常に細分化されたことで,特にサブスペシャリティの研修プログラムが大きく増加していることを挙げた。プログラム数が増えた結果,審査やプログラム運営にかかる経費は増加しているが,ACGMEの予算は,公的保険"メディケア"から卒後研修へ振り分けられる償還金の約0.3%であることから,次代の医療者への投資としては低コストで運営できていると説明。そして今日,ACGMEは国民・専門職双方の要請に応え,公共の利益となるよう卒後医学教育を設計できるようになったと氏は語った。

 最後に,卒後医学教育の国際標準化をめざしてACGME-Internationalを設立し,米国以外の研修プログラムの認可を開始したことにも言及。パイロットプロジェクトをシンガポールでほぼ完了したことを紹介した。シンガポールでは,まず米国の基準で認可を行うが,今後,認可を行う各地域の状況に応じ柔軟に改善していくことが次の目標と報告した。

ジェネラルなスキルの修得は必須

 続いて登壇したGonnella氏は,医師に求められる社会的な役割という視点から卒後医学教育について発言した。氏によると,医師には(1)臨床医,(2)患者の教育者,(3)医療運営の管理者という3つの役割があるが,適切な患者ケアのためにはこれらすべての能力を有することが求められるという。実力が足りず適切な治療ができない医師は医療の現場に出るべきではないとし,卒後医学教育で医師が備えるべき役割をすべて身に付けなければならないと強調した。また,研修医一人ひとりに合わせたトレーニングを行うプロセスが必要だとし,指導医は研修医の力量を評価し,研修プログラムをカスタマイズしなければならないとした。

 また氏は,専門医の養成課程でサブスペシャリティの細分化が進む現状を憂慮。医師としての基礎となるジェネラルなスキルの修得が重要だとし,その上で各臓器別のサブスペシャリティを身に付けることが必要と述べ,口演を終えた。

卒後医学教育のさらなる発展に向けて

会談のもよう
 講演会に先がけ,「ACGMEと日本の卒後臨床研修トップ指導者との会談」と題する会談が12月9日,東京都内で持たれた。本会談では,Nasca氏,Gonnella氏らACGMEメンバーのほか,日本側から臨床研修や医学教育に携わる約30人の医師が参加し,卒後医学教育についての意見交換が行われた。

 専門職組織である医師会や学会と,ACGMEなどの認可・認定機関の米国でのすみ分けに関する質問に対し,Nasca氏らはこの点が医学教育における日米の最大の違いであると発言。学会などがアカデミックな部分で医学・医療をリードするのに対し,ACGMEは外部監査というシステムで専門分野の研修内容や施設基準を評価していると述べ,その背景には哲学的な理念があると語った。

 現在米国で実施されている,1週間あたり「80時間」という研修医勤務時間の規制がスキル養成の足かせになっているのでは,という質問に対しては,それでも世界各国と比べると最も長時間の勤務が可能な規制だと説明。週80時間という規制が,教育・患者ケアの質の低下をもたらした報告はないと語った。また本年7月より,医療安全の観点から卒後1年目は16時間以上の連続勤務の禁止が規制に盛り込まれる予定だと紹介した。

 日本では,研修医も労働基準法のもと原則週40時間に勤務時間が規制されているが,米国では"Physician in training"という考え方で,労働関係の法律が例外的に運用されていることにも氏らは言及。一方で,患者ケアと安全を守り,研修医が奴隷のように働かされることがないよう研修プログラムの基準が設けられていると解説した。

 ACGMEの最大の利点は,各専門職組織の代表らが自立性をもって認可権限を有することで,日本でもこのような民主導の第三者組織が必要との提案が主催の野口医学研究所より出された。

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