医学界新聞

連載

2010.12.06

レジデントのための
Evidence Based Clinical Practice

【24回(最終回)】
不安定狭心症と非ST上昇型心筋梗塞へのアプローチ

谷口俊文
(ワシントン大学感染症フェロー)


前回よりつづく

 最終回となる今回は,不安定狭心症(Unstable Angina : UA)と非ST上昇型心筋梗塞(Non-ST Elevation Myocardial Infarction : NSTEMI)へのアプローチです。この分野は欧米でのエビデンス蓄積が著しいのですが,保険制度や薬剤認可の制約,人種差による薬剤への反応の違いなどのため,エビデンスをそのまま日本に適応するのが難しい状況にあります。そうした背景も踏まえつつ,重要だと思われる事項をみていきます。

■Case

 78歳の男性。糖尿病(経口薬にて治療),高血圧,脂質異常症の治療中。1時間前から安静時に持続する胸部苦悶感のため救急外来へ。血圧130/80 mmHg,心拍数100回/分,呼吸数20回/分,SpO2 97%(RA)。心電図では,以前はみられなかったV5-V6のST低下をわずかに認める。血液検査を提出して結果待ちである。

Clinical Discussion

 胸痛の鑑別診断はいくつかあるが,最も重要な鑑別のひとつは急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome:ACS)である。背景疾患を考慮した上で,STの低下を認めることにより,ここではUA/NSTEMIを想定している。この患者の初期マネジメントはどうすべきか? 心臓カテーテル検査を行うか,保存的療法で治療を試みるか。治療はどのように決定するのだろうか?

マネジメントの基本

 ST上昇型心筋梗塞(STEMI)の場合,できるだけ早く経皮的冠動脈形成術(PCI)を行うか,もしできなければ血栓溶解療法など,冠動脈の完全閉塞を開通させる治療をメインとする。

 しかしUA/NSTEMIは病態が異なるため,アプローチも当然異なる。米国では急性冠症候群の6割がUA,残り4割のうち3分の2がNSTEMIであるとされる。NSTEMIでは虚血によりトロポニンなど心筋酵素値が上昇するが,UAでは上昇しないために見落としに注意が必要。いずれも同程度の緊急性を要すると考えるべきだ。

侵襲的治療戦略と保存的治療戦略
 侵襲的治療戦略と保存的治療戦略の2つを考える()。リスクが高ければ侵襲的治療を選び,低リスクならば保存的治療でも可,というスタンスを取ればよい。各戦略を比較研究したFRISCII(Lancet. 1999[PMID : 10475181],Lancet. 2006[PMID : 16980115]),TACTICS-TIMI18(N Engl J Med. 2001[PMID : 11419424]),ICTUS(Lancet. 2007[PMID : 17350451]),TIMACS(N Engl J Med. 2009[PMID : 19458363])などの臨床試験といくつかのメタ解析では,侵襲的治療戦略のほうがよいとする結果のほか,両者に差がないとする結果も出ている。この判断は患者の状態から個別化するべきなのかもしれない。TIMIリスクスコア(JAMA. 2000[PMID : 10938172]),GRACEリスクスコア(Arch Intern Med. 2003[PMID : 14581255])に関しては各自参照のこと。

 UA/NSTEMIにおける侵襲的治療戦略と保存的治療戦略

治療のポイント
 治療の目標は虚血の除去と再発予防である。(1)抗虚血,(2)抗血小板,(3)抗凝固が治療の鍵を握る。

(1)抗虚血療法
 薬物療法,非薬物療法ともに確立したエビデンスがある。基本は硝酸薬,鎮静薬,β遮断薬である。これに加えてACE阻害薬(もしくはARB)とCaチャネル遮断薬(CCB)も症例に応じて適応となる。ニトログリセリンの舌下錠(0.3 mg)を5分おきに合計3剤投与しても胸痛が持続するようなら静注とする。

 モルヒネはニトログリセリンの舌下錠に反応しない場合に使用してもよい。モルヒネと死亡率の上昇の因果関係がCRUSADE(Am Heart J. 2005.[PMID : 15976786])で問われて以降,ACC/AHAガイドライン(文献(1))ではエビデンスレベルがClass IからIIaに下げられた。また,NSAIDsの使用は心血管リスク上昇のため避けること。

 経口β遮断薬(メトプロロールなど)はACS発症24時間以内に始める(Class I)。目標は心拍数を50-60回/分にすること。静注(日本には静注メトプロロール製剤がない)を使用してもよいが,中国における大規模臨床試験であるCOMMIT(Lancet. 2005[PMID : 16271643])はβ遮断薬静注による心原性ショックの増加を指摘しており注意を要する。ACE阻害薬(もしくはARB)は患者が肺水腫,LVEF<40%を呈しており,低血圧がない場合に24時間以内に投与する。

(2)抗血小板療法
 アスピリンは治療の核を成す。診断後直ちに投与し,その後にクロピドグレル投与を開始する(米国では侵襲的治療戦略を選んだ場合,クロピドグレルもしくはeptifibatideに代表される糖蛋白IIb/IIIa阻害薬のどちらかを選ぶことになる)。この背景にはCURE(N Engl J Med. 2001[PMID : 11519503]),PCI-CURE(Lancet. 2001[PMID : 11520521])がある。CUREは,UA/NSTEMI患者へのアスピリン療法もしくはアスピリン&クロピドグレル併用療法をランダム化して比較。心血管イベントによる死亡,心筋梗塞,脳卒中のエンドポイントが併用療法群で2割低かった。

 投与のタイミングは難しい。冠動脈造影の結果,冠動脈バイパス術が必要とされると,クロピドグレルはオペ5日前に停止していることが望ましい。冠動脈造影後にクロピドグレル投与を開始する施設もある。

(3)抗凝固療法
 未分画ヘパリン(UFH)を開始する。アスピリンのみの治療と比べてヘパリン併用は死亡率や梗塞を有意に下げる。

 低分子ヘパリンは,欧米ではUA/NSTEMIに使用可能であるが,日本では承認されていない。ESSENCEやTIMI 11B(Circulation. 1999[PMID : 10517730])ではエノキサパリンをUFHと比較し死亡率,梗塞などのエンドポイントが20%低下したことを示した。侵襲的治療戦略ではSYNERGY(JAMA. 2004[PMID : 15238590])でエノキサパリンの非劣性を示し,保存的治療戦略ではA-to-Z trial(Eur Heart J. 2004[PMID : 15451146])でエノキサパリンがUFHを上回る有益性を示した。

 その他,スタチン療法はUA/NSTEMIの脂質異常症患者で開始すべきである。LIPID(N Engl J Med. 1998[PMID : 9841303])やPROVE IT-TIMI22(N Engl J Med. 2004[PMID : 15007110])で死亡率の有意な低下を認めた。ACC/AHAのガイドラインでは,LDLを70 mg/dLまで下げてもよいのではないかと,Class IIaを推奨している。

診療のポイント

・不安定狭心症(UA)を見逃さない。
・侵襲的治療戦略と保存的治療戦略の適応を考える。
・基本は抗虚血(β遮断薬,ACE阻害薬),抗血小板(アスピリン,クロピドグレル),抗凝固(ヘパリン)の組み合わせ。
・スタチン(アトルバスタチンなど)にて脂質異常症を積極治療する。

この症例に対するアプローチ

 本症例はトロポニンがわずかながらも上昇,また新しいST低下ということもあり,NSTEMIと診断。侵襲的治療戦略にて冠動脈造影の適応となった。救急外来にてアスピリン325 mg投与,経口メトプロロール20 mg投与で血圧低下に注意しつつ心拍数を60回/分程度まで引き下げる。糖尿病の既往があり,ACE阻害薬も最低量から開始。未分画ヘパリン,クロピドグレル300 mgの初回量投与を済ませた。

 結局,軽-中等度の冠動脈疾患にてステント留置はなく内科的治療を行うことに。ヘパリンは48時間以上過ぎた時点で停止し,アスピリンとクロピドグレルの二重抗血小板療法にて治療することとした。高用量のアトルバスタチンにて脂質異常症の積極的治療を開始した。

Further Reading

(1)ACC/AHA 2007 guidelines for the management of patients with unstable angina/non-ST-Elevation myocardial infarction. J Am Coll Cardiol. 2007 ; 50(7) : e1-e157.[PMID : 17692738]
↑よくまとまっているガイドライン。日米の治療の差に注目して読むとよい。
(2)Kumar A, et al. Acute coronary syndromes : diagnosis and management, part I. Mayo Clin Proc. 2009 ; 84(10) ; 917-938.[PMID : 19797781]
↑ACSについて簡潔にまとめられている。説明不足で若干情報が古いが,日本での診療を考える上では問題なく参考になると思う。

 2年間の連載,いかがだったでしょうか? この連載を通じて,ジェネラリストによるCommon Diseaseのマネジメントに関する最低限の基本を押さえていただければ幸いです。ありがとうございました。

(おわり)

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