医学界新聞

寄稿

2010.11.29

寄稿

急を要する日本の高齢者終末期ケア体制の改革
英国緩和ケア協議会・終末期ケアセミナーに参加して

加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)


 筆者は2010年10月26日,英国緩和ケア協議会(National Council for Palliative Care;NCPC)の主催,英国コミュニティケア協会,英国ケアフォーラムの共催のもと,ロンドンで開催された高齢者介護施設における終末期ケアセミナー"My Home, My Care, End of life care in care homes"に参加した。近年,自らの診療現場で増加する高齢者ケアの課題解決の端緒を探ることと,今後ますます増加する超高齢者の終末期ケアの体制を学ぶことが目的である。

 英国では近年人口が減少傾向に転じるとともに,病院での死亡が増加し始めている。そして今後,介護施設入居者は増加するものの,そこにおける看取りは減少し続けることが推測されている(Palliat Med. 2008[PMID : 18216075])。

 英国政府とNCPCの過去のさまざまな調査は,その原因が介護施設における緩和ケアの専門的知識・技術の不足と,高齢者の意思決定が十分に尊重される体制にないことだと指摘し,今後の終末期ケアの在り方を根本的に改革する方針を明示した(National Health Service : End of Life Care Strategy, 2008)。本セミナーはその課題解決をめざし介護施設とその関係機関を対象とした,全国規模の最初のキャンペーン企画である。

意思決定を援助する枠組み

 セミナーには英国全土から,緩和ケア専門医,看護師,ソーシャルワーカーなど,介護施設や保健当局,関係機関に勤務する130人が参加。日本からは筆者と看護教育関係者を含めて3人が参加した。セミナーでは,End of Life Care Strategyに沿った,行政,介護施設,介護者,家族,医療関係者,緩和ケア専門家そして地域ケア組織を統合した全国規模の企画が組まれた。そして,緩和ケアが,社会的ニーズの変化に従って癌のみでなく高齢者ケアを包括しなければならない理由が,緩和ケアの「定義上のあるべき姿」と「歴史的背景」との両面から語られた()。

 セミナーのプログラム

講義
・「人生の終末を迎えた人々を援助する」
 Martin Green(英国コミュニティケア協会 理事長)
・「終の棲家での余生――終末期ケアへの総合的アプローチ」
 Julienne Meyer(「終の棲家プログラム」代表)
・「とても重要な『他人』――介護者の体験より」
 Brian Baylis(友人の看取り経験者)
・「監督官庁との協働」
 Dame Jo Williams(ケアの質管理委員会委員長)
・「ケアチームのケア」
 Jan Holdcroft(スタンフォードMHA ケアグループ施設長)
・「地域で終末を迎える――介護施設の役割」
 Jim Marr(バーチェスターホーム*ケア管理者)

ワークショップ(分科会):氏名はファシリテーター
・「終末期ケアを提供するスタッフのケア」
 Victoria Metcalfe(Anchor Homes認知症専門家)
・「介護施設と緩和ケア専門化の連携によるケア」
 Jo Hockley(ナースコンサルタント・緩和ケア専門看護師)
・「認知症の人々を援助する」
 Karen Harrison Daning(英国緩和ケア協議会 認知症専門看護師)
・「認知能力低下者支援法と利用者の意思決定」
 Simon Chapman(英国緩和ケア協議会 政策および議会対策部長)

高齢者ケア提供民間会社で,いずれも慈善団体登録がなされている。

 また,緩和ケアと高齢者ケアの共通点と相違点も示された。とりわけ強調されたのは,高齢者ケアでは癌の緩和ケアに比して「死について語ること」が現場の伝統として少ないこと,そしてそれが,認知障害がないかもしくは軽いうちに,自らの希望する終末期ケアへの在り方を述べることを妨げる原因の1つとなっていることだった。さらに,「Dying Matters Coalition(死にかかわる諸団体の連合体)」の活動が紹介され,介護施設で「死を語る文化」を普及することの重要性が示された。

 参加者は講義だけでなく2回のワークショップへの参加が義務付けられた。筆者が選択したテーマは,「緩和ケア専門家と介護施設の連携」と「認知能力低下者支援法(Mental Capacity Act;MCA)と利用者の意思決定」であった。前者においては,高齢者の終末期の特徴(多くの高齢者の終末期には痛みや呼吸困難が出現しているが訴えが少ない)や,その問題解決には介護施設と医療との連携のみでなく緩和ケア専門家との連携がカギであることがさまざまな事例により強調された。また,後者では2007年に発効したMCAの現場における運用の事例検討がなされ,従来にも増して利用者の主体性の尊重を可能とするためにMCAを利用することが促された。

 筆者は,MCAが発効した直後の渡英時に,「MCAの遵守は法律家の関与や必要文書の整備など複雑な手続きを現場に持ち込み,終末期ケアにおける負担を増加させる」との意見を多数聞いていた。しかし今回,参加者の幾人かにこの問題を問いかけてみたところ,ほぼ共通の言葉が返ってきた。それは,「確かに手間はかかるが,本人の意思や最適なケアの根拠が集団で検討され,その過程と結論が文書化されるようになり,医療・ケア関係者を守る強力な武器となっている」だった。

日本への教訓――極端に少ない介護施設での看取り

 日本で介護保険法が発効して既に13年になる。しかし,2008年厚労省の人口動態調査によると,全疾患における死亡の場所として多数を占めるのは相変わらず病院である(80.5%)。高齢者介護施設(以下,介護施設)における死亡は,徐々に増加傾向にあるもののわずか2.1%でしかなく,自宅での死亡は12.7%であり,これらの割合はここ10年来大きな変化がない(2000年のOECD諸国における介護施設での死亡は全死亡の約30%)1)。今後,死亡の数が増加し(厚労省の推計では2006年の100万人から2030年には170万人に増加),国民の多くが介護施設での死亡を希望する現実2)や,政府の病院在院日数短縮化の施策などからすると,高齢者の「死」は今後日本の大きな社会的・経済的問題となるだろう。

 一方,最近の介護施設の看取り実施状況の調査では,30-60%の施設で看取りが行われる体制にあるとの回答が得られている。しかし,それらは先述した死亡の場所の統計と照らし合わせると整合性がない(筆者も複数の介護施設に訪問診療を提供しているが,看取りを行っている施設は1か所しかない)。このことは,介護施設の建前と本音の相違を物語っている。そして,その原因は,(1)医療との24時間の連携不足,(2)職員の教育と経験の不足,(3)緩和ケアの専門家との連携不足,(4)利用者の終末期における積極的医療に対する意思が不明,などである3,4)

 その一方で,特筆に価することは,終末期と判断された高齢者を介護施設で丁寧に介護した場合と緊急入院した場合に分けて比較すると,入院した群のほうが予後が悪く死亡退院が多いことが調査研究として報告されていることである5)

保険制度整備が最優先課題

 2010年,Lien Foundation, Economist Intelligence Unitは,OECD加盟諸国等の「死の質:終末期ケアの世界ランキング」を発表した6)。その報告によると,総合的な判定で英国が第1位,日本は第23位であり,その差は,政策の戦略性の有無に帰するとコメントされている。現在の日本の終末期ケアの政策対象は,2007年のがん対策基本法の発効とともに癌の緩和ケアが主流となり,高齢者の増加という人口動態的推計や国民の意識調査が制度設計に反映されず,長期計画や利用者中心の姿勢が乏しい。近年の癌の増加は高齢者の発症による影響が大きく,癌は既に高齢者の疾患にもなっている。

 これらの事実は,今後,介護施設における担癌者の増加を予見しており,癌の緩和ケアは必然的に高齢者緩和ケアとの重複を意味している(当然のことながら,癌以外の疾患の緩和ケアも重要課題であることは論をまたない)1)。しかし,われわれの実践から明らかになったことは,特別養護老人ホーム,老人保健施設や療養型病床等,介護保険下で入所中の利用者には他の医療機関との連携が保険上厳しく制限されている事実である。これでは,介護施設における終末期ケアの実践はほぼ不可能であると言ってよい。早急な制度設計の見直しが必要である。

教育および利用者参加がカギ

 1999年,英国の社会学者David Clarkはその著書『Reflections on Palliative Care』のなかで,英国の高齢者緩和ケアの遅れの原因を介護関係者の教育不足と処遇の劣悪さにあると指摘している。その状況は,それから10年余を経た今の日本の現状に符合する。さらに,先行文献では,調査対象を介護施設の看護職や,おしなべてすべての職員としているものは散見されるが,中心的存在である介護職に焦点を当てた調査・研究は非常に少ない。これでは,今後の介護施設のケアの質向上のための重点的教育対象を特定し,その教育内容を確立することは難しい。

 筆者がロンドンに滞在中,朝8時のBBCのテレビ番組で,セミナー当日にはその内容の紹介がなされ,翌日には英国緩和ケアの代表的存在であるFinley女史が「Living and Dying Well:良く生き良く死ぬ」ことについて語るのをたまたま目にした。これらは,先述したDying Matters Coalitionの市民教育活動の一環と考えられる(朝から「死を語らせる直截さ」に筆者は感心もし,驚きもした)。

 また,英国では「利用者の意思の尊重」の履行をMCAとして医療者と施設関係者に法的に義務付けたが,「終末期の個人の意思の尊重」は日本の社会的・思潮的現実からするとまだ遠い道のりと思える。しかし,それに代わる対策として,医療・介護施設利用者(多くの場合その家族)にそれぞれの利用施設の運営に参加してもらい,彼らの意見を運営に反映させることから始めるのが現実的ではないだろうか。

単身高齢者の急速な増加

 筆者は,近年,行き先のない病弱な単身高齢者(癌患者も含めて)を,基幹病院より引き取りお世話する機会が多くなった。しかし,彼らの持つ問題は身体的,心理・社会的と多岐に渡ることがほとんどで,その解決は医師・看護師をはじめ,リハ職,ケアマネ等職場全体と,民生委員や町内会など地域関係者との密接な連携が必要で,関係者に多くの負担を強いる困難な作業である。しかし,筆者らはこの傾向を今後の日本の将来像として受け止め,先取り的に経験を蓄積し問題点と対処方法の類型化をするよう心がけている。

 日英の終末期ケアの歴史の共通点は,改革はいつも民間の側から端緒が切られることであろう。

参考文献
1)WHO Europe. Palliative Care for Older People; 2004.
2)厚生労働省.終末期医療に関する調査等検討会報告; 2004.
3)杉本浩章,他.特別養護老人ホームにおける終末期ケアの現状と課題.社会福祉学.2006 ; 46(3): 63-74.
4)Hirakawa Y, et al. End-of-life care at group homes for patients with dementia in Japan. Findings from an analysis of policy-related differences. Arch Gerontol Geriatr. 2006 ; 42(3): 233-45.
5)栗田明,他.特別養護老人ホームにおける超高齢者の看取りケア――特に急性期病院入院例との比較に於いて.日本老年医学会雑誌.2010 ; 47(1): 63-9.
6)Economist Intelligence Unit, Lien foundation. The quality of death; Ranking: end-of-life care across the world; 2010.


加藤恒夫氏
1973年岡山大医学部卒。2003年より岡山大医学部臨床教授。93-09年日本プライマリ・ケア学会評議員,07-09年日本緩和医療学会評議員などを務める。2000年緩和ケア岡山モデルを発表。在宅サポートチームを運用し,プライマリ・ケア担当者支援を実践している。

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