医学界新聞

2010.11.22

第15回日本糖尿病教育・看護学会開催

実践・研究の両輪で,糖尿病ケアの充実へ


 第15回日本糖尿病教育・看護学会が10月10-11日,数間恵子会長(東大)のもと,東京国際フォーラム(東京都千代田区)にて開催された。さまざまな疾患との合併がみられ,患者数が増加し続けている糖尿病。看護の役割もますます大きくなる中,本学会も一般学会員参加型のディスカッション9演題が満員となったのをはじめ,多くの参加者がみられ,白熱の議論が展開された。本紙では,本学会テーマである「実践と研究の循環的発展」への試みが鮮明に打ち出された2演題のもようを報告する。


慢性疾患が患者に与える経験に注目した看護を

 教育講演「クロニックイルネスと病みの軌跡――生活者を支える実践の基盤として」では,黒江ゆり子氏(岐阜県立看護大)が慢性疾患患者に対するケアの在り方について語った。黒江氏は,書籍『クロニックイルネス――人と病いの新たなかかわり』(医学書院)の監訳を手がけるなど,慢性疾患患者に対する看護に詳しい。

数間恵子会長
 現代においては,年齢層を問わず慢性疾患を発症する可能性があり,予防が実施されている。そして,慢性疾患を発症すると,人はその事実に悲嘆し,食生活や身体面の自由が制限されるなどの変化に喪失感を抱き,苦悩する。しかし,やがてそうした辛さを乗り越えて,疾患を抱えながらも充実した人生を過ごすための方法を周囲の人々と共に見いだしていく。氏は,慢性疾患が予防対象から治療対象に変わり受容していく過程における,患者とその周囲の人たちの経験に重点を置いた慢性疾患のとらえ方として,クロニックイルネスを紹介。今後の糖尿病ケアには,この概念に基づいた,患者と家族の心理面への配慮が求められるとした。

 その際に有用な考え方として,氏は「病みの軌跡」の概念を紹介。この概念では,慢性の病気は長い時間をかけて多様に変化していく行路をたどり,軌跡を描くとされる。その行路は,罹患のショックが大きく病気との向き合い方が確立していない「不安定期」,その影響を受けて病態が悪化する「下降期」,事実を受け入れ,生活リズムを構築し始める「立ち直り期」などから成る。実際の行路は周囲の環境に応じて変化するため,望ましい軌跡を描くためには,専門家による介入が必要となるという。その方法は,(1)これまでの症状や障害を整理し,今後の病期,症状などを予想し,目標を立てる。(2)目標の達成を妨害・促進する因子をそれぞれリストアップする。(3)妨害因子の排除・促進因子の獲得のための方法を考える。(4)(3)で考えた方法を実践する。(5)介入の効果を評価し,さらなる改善へ向けた行動を考える。以上からなる。最後に氏は,ケア継続のポイントとして,「聴く」技法の研鑽などを挙げ,講演を終えた。

積極的かつ繊細なケアへ向けて倫理的側面から看護を眺める

 シンポジウム「倫理的側面からみた糖尿病看護の実践と研究」(座長=平塚共済病院・米田昭子氏,神奈川県立保健福祉大・白水眞理子氏)では,糖尿病看護で重要視すべき場面を倫理的側面から検証した。

 杉宮伸子氏(東邦大大森病院)は,糖尿病患者とのかかわりにおける倫理的問題を2点挙げた。1点目は,患者に質問する際の「鈍感さと慣れ」。糖尿病看護では,食事や睡眠時間,運動量などさまざまな質問を行うが,ここで得られる情報には患者の考え方・嗜好・家族関係・仕事の状況・経済的状況などが反映されている。この点から氏は,生活を聞くことには患者のプライバシーを侵害する可能性があるという認識を持ち続けることが重要と呼びかけた。さらに,患者教育の際にも,「患者の望ましくない習慣を改善する」という傲慢な考えに陥らないようにと注意を促した。

 2点目は,患者の「意思決定の尊重」だ。患者は,治療の効果への期待と痛みへの恐怖などだけでなく,「迷惑をかけたくない」という家族や知人への思いなども抱えながら,自分が受ける治療を選択していると指摘。食事制限や水分制限の開始など,QOLの低下を伴う,患者にとって望ましくないはずの決断をした際にも,決定に至った思いを汲み取れるように,人生において患者が大切にしていることを把握することが重要だとした。

 添田百合子氏(阪医大病院)は,慢性疾患看護専門看護師として糖尿病看護に従事する一方,福岡県立大で教育にも携わる立場から,糖尿病医療現場における倫理的問題について述べた。氏はまず,臨床現場でみられる問題として,善意に基づく医師の治療行為が患者の自律を損なう場合の患者援助(アドボカシー),患者から聞き得た情報の守秘義務と職員間共有のバランス,患者からのモラル・ハラスメントなどを提示した。

 その上で,慢性疾患看護専門看護師として取り組む当事者間の調整の一例として,アドボカシーのためのモラル・スペース作りを紹介。患者と医療者が互いの自律性を尊重しながら,対立する考えも気兼ねなく出し合い,調整することができるような環境作りへの慢性疾患看護専門看護師の参画を呼びかけた。一方教育現場では,臨床で得た経験を生かし,倫理的問題を認識する感性や,意見の不一致やあいまいさに対する寛容さを養うことなどを重要視して指導しているとした。

 藤田みさお氏(東大大学院)は,医療倫理学の研究者の視点から,糖尿病看護について述べた。まず,看護実践の倫理的規範として,トム・L・ビーチャム,ジェイムズ・F・チルドレスらが提唱した医療における倫理4原則,すなわち(1)自律尊重原則,(2)善行原則,(3)無危害原則,(4)正義(公正)原則を示した。(1)自律尊重原則とは「患者を自律的判断ができる存在だと信頼し,他者への害にならない限り,患者の決定を妨げないこと」で,平易な表現によるインフォームド・コンセントを繰り返し行い,患者の状況把握と自律的決定を補助することが必要だとした。(2)善行原則として,患者の利益になるような看護を実践すべきであると述べる一方,看護者の考える善行が必ずしも患者の利益につながるわけではないとして注意も促した。(3)無危害原則は患者に害を与えないこと。(4)正義(公正)原則は,利益と負担は公平に分担するというものだが,実際の医療現場では,回復の見込みが少ない患者にも回復が期待できる患者と同様の治療を行う場合の効率の問題など,この原則が抱えるジレンマの存在も指摘した。

 次に氏は,これらの原則は対立し合うことがあることを紹介した。例として,入院が必要な糖尿病患者が,今までどおり仕事を続けたいと言った場合を提示。(1)自律尊重原則に基づけば患者の希望を尊重すべきだが,(2)善行原則に基づけば入院を勧めなければならない状況だ。この解決法として氏は,対話を繰り返し,インフォームド・コンセント不足による誤った理解の修正,家族や産業医の協力の可能性の模索,病気に対する動揺が判断を歪めていないかを確認することなどが大切だとした。

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