医学界新聞

2010.10.25

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


片麻痺回復のための運動療法[DVD付]
促通反復療法「川平法」の理論と実際 第2版

川平 和美 著

《評 者》澤 俊二(藤田保衛大教授・作業療法学)

片麻痺の回復に真摯に向き合う者にとっての好書

 脳卒中の心身機能の追跡調査を茨城県で行っている。“発病10年を経て片麻痺手の回復はあきらめた”と言われた。OTとして片麻痺の上肢回復に努力をしてきた。しかし,達成することは少なかった。多くのOT,PT,医師が,片麻痺の回復に敗北感を持つ。片麻痺の回復は困難とリハ医学に“敗北”の二字として刻まれていくのだろうか。

 “中枢神経系運動麻痺を回復させる”,その1点に一貫して切り込んできたリハ医師がいる。川平和美氏である。“困難視されてきた片麻痺を回復させる”と,逃げることなく30年以上にわたって真摯に闘ってきた。地道な臨床と緻密な研究から,過去の神経筋促通法に学びつつ,最新の脳科学の知見で理論化し独創的な促通反復療法「川平法」を世に問うた。2006年刊行の初版に,新たな効果実証知見や川平法のDVDを加えて,このほど第2版が出た。当事者とともに片麻痺の回復に真摯に向き合う者にとっては好書である。

 今,ドラッカーが若者を中心に読まれている(岩崎夏海,ダイヤモンド社,2009)。P. F. ドラッカーは20世紀を代表する知性で,近代経営学の父と呼ばれる。ドラッカー流(『マネジメント――基本と原則【エッセンシャル版】』,ダイヤモンド社,2001)に言えば,川平氏は企業(リハビリテーション専門病院:商品は「川平法」)の経営責任者(マネジャー)である。極めて真摯である。顧客は,脳卒中当事者(急性期-慢性期),その家族,リハ医療などにかかわるスタッフである。また,リハ医療に財源を振り分ける厚生労働省も顧客である。

 企業の第一の機能は,マーケティングである。マーケティングは,顧客の欲求からスタートする。顧客が価値ありとし,必要とし,求めている満足がこれである。当事者は片麻痺の回復を強く希求する。財源ありきの医療ではなく,患者の希求に応える医療でなければならない。

 企業の第二の機能はイノベーションである。イノベーションとは新しい満足を生み出すことである。片麻痺の回復は,新たな人生の再生に結びつく。イノベーションの戦略の第一歩は,古いもの,死につつあるもの,陳腐化したものを計画的かつ体系的に捨てることである。昨日を捨ててこそ,人材という貴重な資源を新しいものに解放できる。麻痺は治らないという既成概念を氏は捨てた。さまざまな理論,治療法を試み,捨てるものは捨てた。用いるものを用い,川平法をつくった。人材を育てた。麻痺は治らないと考えているリハ医師,PT,OTを開放させ,大きな満足を当事者に示した。川平氏は,世界に伸びゆく社会貢献を第一目的に据える企業のトップマネジャーであると私は思う。

 近年,急速に進む再生医療は,片麻痺の回復や脊髄損傷の麻痺の回復に大きな希望の灯をともしつつある。この10年の間にリハ医学は大きく変貌を遂げる。しかし,この「川平法」はさらに洗練されてリハの臨床現場で片麻痺の回復に大きく貢献をしていくだろう。「川平法」は臨床現場で育った治療法である。ほかの治療法とともに,常に当事者の片麻痺の完全回復の1点で科学的に競っていく。完全回復までの道は険しいが,「川平法」をはじめ最新の脳科学や進化学をもとにした種々の治療法の登場で,今,大きな希望が見えてきた。

B5・頁224 定価6,510円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01033-7


摂食障害のセルフヘルプ援助
患者の力を生かすアプローチ

西園マーハ 文 著

《評 者》高木 洲一郎(自由が丘高木クリニック院長)

患者の力を引き出して治療を進めるための道標

 摂食障害の増加に対して,治療する側の対応は非常に遅れている。摂食障害は,外科治療のように医師が患部を取り除く疾患と異なり,治すのはあくまで本人であり,家族や治療者はその支援にとどまる。また著者が述べているように,摂食障害は休養と薬物療法で回復が期待できるタイプの疾患とは様相が異なり,単に「見守る」以上の対応を必要とする。本書は患者自身がそれを積極的に,具体的に進めることを助けるため,患者本人にかかわる職種への指針を具体的に示している。

 摂食障害関連の書物も増えているが,本書の内容はユニークである。本書の題名にある「セルフへルプ援助」とは,患者の自己流ではないセルフヘルプを指導することにより,患者の力を引き出して治療を進めていくことをめざしている。摂食障害の専門家でなくても,「基本的なトレーニングを積んで,患者が置かれた状況に対する洞察力や患者との信頼関係を駆使すれば,援助可能な対象は多い」との考えのもとに,そのための道標になることを目的として本書は著された。

 摂食障害には診断基準に示されている核となる症状だけでなく,いくつもの際立った特徴があり,治療に当たってはまず本症に対する幅広い理解が必要となる。第1部の「理論編」では症状についての詳しい説明がなされる。

 ついで本書のおよそ3分の2を占める第2部「実践編」では9例の面接場面が紹介される。事例ではさまざまな状況や場面が設定されており,面接者はそれぞれ小児科医,内科医,精神科医,栄養士,養護教諭,臨床心理士,保健師,看護師となっており,連携の例も示されている。本書の読者対象は主にこれらの職種の人たちで,セルフヘルプといっても患者や家族に薦めるための書物ではない。

 巻末の第3部「資料編――患者の力を生かす『13』のツール」には,セルフへルプで使う記録用紙の書式(雛形)が示されており,これらは各人の状況により工夫して用いることができる。

 臨床はすべからく応用問題である。セルフヘルプを実践するときは,読者は患者と対話し,患者からもアイデアを引き出しながら生活に根差した治療計画を練っていく。このセルフヘルプを援助する方法を学ぶことにより,読者は治療に関する多くのヒントを必ずや得られるはずである。読者は本書の読前と読後で,治療に対する意識が確実に変化しているであろう。

 摂食障害の治療法が着実に進んでいることを実感させられる。

B5・頁232 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01044-3


実践 漢方ガイド
日常診療に活かすエキス製剤の使い方

中野 哲,森 博美 監修

《評 者》秋葉 哲生(あきば伝統医学クリニック院長)

思わず快哉を叫ぶ,本書の述べる漢方診療のあるべき姿

 想像するに著者らは大垣市民病院において医療用漢方製剤を用いた臨床経験で一定の成功を収め,その成功の土台を踏まえて,これからの日本の漢方診療のあるべき姿を具体的な日常診療の位相で提言したものが本書であるといえるのではないか。

 本書にあって類書にないものとして,EBMに対する明確な批判の立場を表明していることである。1980年代から向かうところ敵なきがごときエビデンス万能主義に対し,ひたすらひれ伏すだけでは漢方医学の長所が失われるとの主張はまさしく正鵠を得た発言である。日本東洋医学会にあって「漢方医学のEBM 2002年中間報告」,および「2005年最終報告」をしゃにむに取りまとめた評者などは,この文章を発見して思わず快哉を叫んだほどだ。

 総論では「証」についてかなり丁寧に解説されているが,著者は本当のところは「証」がお嫌いのようである。あるいは持て余しているのかもしれない。「薬物学からの方剤選択」の項に,「薬物学から有効と思われる病態を選択するという,従来とは逆の発想のほうが,漢方医学にそれほど精通していない臨床医にも使用できる可能性があるのではないだろうか」と述べている。その例として,<7600>血の徴候を表している患者には,虚実のおおまかな鑑別をしながら血液循環を促す生薬が入っている薬剤を考えることなどが挙げられている。しかしこれはまさに漢方薬学の知識であって,ある程度漢方の臨床に精通した医師ならば誰もが実践していることであろう。むしろ初学者向きの知識ではない。

 本書の位置付けを述べよう。第一に初学者の座学向けの書籍として適していよう。それも薬学の専門家が講義を担当して,多少の時間をかけて理解を深めるのに向いている。形態と内容から,携帯して回診したり診療卓に置いて常時参照したりするには実用的でない。

 また本書の記述はツムラの製品に即しているが,そのほかの会社の製品には該当しない部分があるので注意してほしい。各論で示される用法用量などは各社製品について改めて確認を必要とする。

 本書はその実利主義的なタイトルにもかかわらず,臨床に精通した漢方医が簡潔にその蘊蓄のあるところを披露するといったたぐいの入門書ではない。むしろ漢方医学をめぐるある種の思想書というのがふさわしい。なぜなら総論には従来の漢方医学のスタイルに対する厳しい批判が込められているからである。望みたいことは,入門書とするために総論に十分なスペースが割かれていないので,ここだけを展開発展させて執筆していただきたいことである。警世の一書となること疑いなしである。

 最後に本書の長所として挙げられるのは,医療用漢方製剤の方剤としての寒熱を明確にしたことだ。虚だの実だのを千万言費やすよりも入門書として必要な知識である。冷える人には原則的に温薬で治療し,熱する人には原則的に寒涼薬で治療する,これこそ随証治療の第一歩であるからである。

B5・頁416 定価6,090円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01045-0


《神経心理学コレクション》
レビー小体型認知症の臨床

小阪 憲司,池田 学 著
山鳥 重,彦坂 興秀,河村 満,田邉 敬貴 シリーズ編集

《評 者》朝田 隆(筑波大教授・精神医学)

興味の尽きない疾患

 他の診療科の医師からは変わり者集団だとさえ言われる精神科医だが,実は二分できる。見分ける質問は,「認知症を診るのが好きですか?」。イエスならオーガニック派,ノーならメンタル派の精神科医である。暴論するなら,治療について,前者は薬物が,後者は精神療法がより重要だと思っている。ところがいずれも,「幻覚・妄想」という言葉には弱い。たやすく,「何々?」と身を乗り出してくる。

 本書の二著者はもとより,私もオーガニック派精神科医である。メンタル派精神科医と神経内科医のはざまに位置するだけにそれぞれに対して引け目を感じることが,少なくとも私にはある。

 そんなわれわれだから,レビー小体型認知症は興味が尽きない疾患である。そもそも認知症として最多のアルツハイマー病と変性神経疾患で最も多いパーキンソン病が一緒に起こっているのである。しかも大好物の「幻覚・妄想」が付いている。しばしば観察されるカプグラ症候群も精神病理学的には見逃せないテーマである。その一方で,同じく本症の中核を成すレム睡眠関連行動異常,意識の変動,視覚認知障害などは,今日の脳科学の最重要テーマだろう。

 精神や神経を扱う医者にとって,興味の尽きない本疾患の全容を適切なスピード感とともに順次明らかにしていくのが本書である。本書の醍醐味の一つは,臨床所見と病理所見とを突き合わせて意味付けしてゆくプロセスの記述にある。

 例えば本症の幻視は有名だが,視領野にはLewy pathologyがない。なのに「見える」背景が記されている。まず一次よりも二次視覚野のLewy pathologyが重度なので,形態や色彩の認知に影響する。これがより重度に傷害された扁桃体の視覚路への影響と相まって幻視が生じるという説明である。

 今更だが,小阪憲司先生はレビー小体研究の中興の祖である。言うまでもなく疾患概念とは固有の臨床経過と病理所見のセットである。先生の最大の業績は,レビー小体にかかわる諸病態をスペクトラムとしてとらえ,それを疾患概念群というレベルでまとめられたことだと思う。

 何ゆえに祖に成り得たのか? 後進である池田学先生も私もこの点に興味がある。まず患者さんの臨床を主治医としてしっかりと診られたこと,その上で顕微鏡下に普通は見えないもの(レビー小体)が見えてくる不断の努力があったことが行間に読めた。「田舎の学問より京の昼寝」という表現がある。その反対で,池田研二先生,井関栄三先生など諸先生との切磋琢磨もうかがえてなんともうらやましい。一連の研究成果を出し続けられる日常を伝聞するに「京の猛勉」状態にあられたと思われる。

 さて昔から精神病理学的論議の的となる幾つかの概念や症候群がある。実態的意識性,遅発性統合失調症などは横綱級,コタール症候群にも老舗の風情がある。実はこうしたものが,レビー小体型認知症ではしばしば認められる。メンタル派の先生も本書をご一読あれ。これらの概念を再考させる知見が豊富に盛られた本書は,必ずや温故知新の体験をもたらすはずだから。

A5・頁192 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01022-1


疫学 医学的研究と実践のサイエンス
Epidemiology, 4th Edition

Leon Gordis 著
木原 正博,木原 雅子,加治 正行 訳

《評 者》笽島 茂(三重大教授・公衆衛生・産業医学

学生との対話を重ねて築いた体系的疫学

 ジョンズホプキンス大学のLeon Gordis教授が公衆衛生大学院で疫学原理を,そして,医学部で臨床疫学を講義した内容のエッセンスが本書にまとめられている。疫学の方法論から,臨床,予防,公衆衛生,そして公共政策的な領域にまでわたって,本質的な事柄が,実に興味深い例を用いて語られている。感心するのはそれらが常に学生の目線で綴られていることである。謝辞の最初の段落に「教える好運に恵まれた1万7000人以上の学生たちに心から感謝したい」と記されているが,それが実感をもって語られていることがよく理解できる。本書のかなりの部分が学生との対話を反映していると思われる。そもそも,教えるという行為は教員自らが理解したところから出発するが,教員の理解がそのまま学生にとっても了解可能であるとは限らない。学生とのやりとりの中で平明な単純性に昇華されることが欠かせないし,それには多大の努力が必要なことは言うまでもない。Gordis教授が数多くの学生との対話の中で誠実にそのような作業に取り組んでいることが紙面の端々からうかがえる。

 疫学を講義する立場からいえば,本書の三部構成が絶妙である。受講者の関心は,その背景によって大きく,疾患の分布と臨床介入,病因解明と予防,および保健医療サービスの評価と政策という疫学の3つの目的に分類されるとして,それぞれの分野に疫学の体系を概観するための材料が適切かつ効率的に按分されている。疫学を含めて体系的な学は,どの部分から入っても体系全体にかかわることになることが常である。読者はそれぞれの関心にしたがって本書のどこから読み始めたとしても,疫学の全体系に進むことになるであろう。このことはGordis教授の疫学の学識がいかに体系的に貫徹しているかを示すものであり,その意味でも本書を用いて疫学を教えることに安心感がある。さらに付言するなら,本書の19章「疫学と公共政策」および20章「疫学における倫理的問題および専門家として求められる役割」の重要性を強調しておきたい。疫学を専門とする立場から見ても,そこで紹介されている事例や文献は価値が大きい。特に疫学的エビデンスの司法上の扱いに関しては一読を勧めたい。

 医学的研究方法の主柱の一つを成す疫学を学ぶ者,教える者,あるいは専門家のいずれにとっても,本書のような入門書が存在することは福音である。翻訳の労をとられた木原先生の見識に深い敬意を表したい。

B5・頁400 定価5,880円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp

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