医学界新聞

連載

2010.10.04

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第8回】

整形外科:橈骨遠位端骨折

志賀隆
(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 救急外来での勤務にも慣れたあなたは,外傷診療への自信を深めていた。そこに,救急隊から外傷の入電あり。

■Case

 64歳女性。既往に高血圧。転倒による左手首痛にて来院。電気のコードに足を引っ掛けたとのこと。転倒時に頭部外傷などはなし。左母指,左示指・中指のしびれを訴える。血圧150/100 mmHg,脈拍数100/分,呼吸数20/分,SpO297%(RA)。

【身体所見】全身状態:苦痛で苦悶。頭部外傷なし,頸椎その他椎体の圧痛なし。胸腹部の圧痛なし。左手首にフォーク上の変形あり。転位は背側へ。左母指,左示指・中指領域の知覚低下あり。

 撓骨遠位端骨折を疑ったあなたは,「X線撮影後に整形外科の先生に診察をお願いして,せっかくの機会だから整復をさせてもらおう」と考えた。

■Question

Q1 転倒患者の診察で気をつけることは何か?
A  転倒の理由を必ず鑑別すること。転倒外傷に伴う合併損傷を常に考慮すること。

 内科と外科が分かれる救急外来でしばしば見逃される可能性があるのが,転倒の背後にあるめまいや失神の可能性である。心原性なのか,脱水や貧血による低循環血液量によるものなのかなどの問診が,失神の際には必要である。多くの場合,失神による転倒には入院でのモニターが必要となる。

 頭部外傷の有無の確認も必須である。抗凝固療法中の患者では,CT撮影が必要となる。Canadian Cspine Ruleなどの臨床基準にのっとり,画像の必要性を判断しつつ体幹などの合併損傷を探す必要がある。

 この患者は,つまづきによる転倒で合併損傷はなかった。

Q2 四肢外傷におけるポイントは何か?
A  神経損傷,循環障害,腱障害の有無を確認すること。

 四肢の診察のポイントを熟知することは,救急医にとって非常に重要である。手関節周囲であれば撓骨動脈,尺骨動脈,capillary refill(毛細血管再充満)を確認する。循環障害があれば,整形外科医の到着を待たずに徒手整復に臨むべきである。

 各指においてDIP関節(遠位指節間関節)でFDP(深指屈筋腱),PIP関節(近位指節間関節)でFDS(浅指屈筋腱)の機能を確認する。特に,手掌の裂傷で親指の対立だけが障害されることがあるため(正中神経反回枝麻痺による母指対立障害),伸展,屈曲だけでなく対立も見なければならない。また,本例のように知覚障害がある場合も整形外科医への迅速なコンサルトが必要である。ボクサー骨折(第五中足骨遠位端骨折)では,小指のローテーションがあるかどうかの確認も必要である。

 この症例では,X線にて撓骨遠位端骨折が明らかとなった(図1)。(1)正中神経領域の感覚障害を認め,合併する手根管の損傷が疑われる,(2)徒手整復後の迅速な手術が必要,と指導医が判断。徒手整復に取りかかると同時に整形外科医がコールされた。

図1 背側転位のある橈骨遠位端骨折

Q3 骨折の記載に当たっては,何に注意すればよいか?
A  骨折の管理は適切な診断と所見の記録から始まるため,厳密な記載が求められる。特に,骨折の部位,骨折の種類,転位の程度がその中心となる。

 骨折所見の記録は,救急診療に不可欠である。正確な記載は,電話コンサルトにも有用である。骨折の所見記載には多くの用語が使われるが,あいまいな表現を避け,正確な用語を使うことが治療の助けにもなり,情報共有に役立つ。

(1)開放vs.閉鎖 開放性骨折は骨髄炎など深刻な感染のリスクがあるため,整形外科救急として迅速な対応が求められる。閉鎖性骨折では骨折部の皮膚の損傷はない。どのような状況であれ,骨折が外界との交通がある場合は開放性骨折となる。

 開放性骨折は,刺創などわかりにくいものから,明らかに骨が皮膚から突出しているものまでさまざまである。骨折部の近傍に小さな創を認めた場合,綿棒などで交通性を確かめるべきだとする主張もあるが,確固たる文献的裏付けはない。開放性骨折の場合,創を清潔なガーゼなどで覆い,すぐに経静脈的に抗菌薬を投与しなければならない。開放性骨折の分類にはよくGustilo分類(J Bone Joint Surg Am. 1976 [PMID : 773941], J Trauma. 1984 [PMID : 6471139])が使われる。

 抗菌薬は,第一世代セファロスポリン系が選択されることが多いが,Gustilo分類のII型,III型の場合はアミノグリコシド系を追加することが望まれる。

(2)解剖学的位置 次に重要なのは,解剖学的に正確な位置である。基本だが,記載は左右・骨の名称・標準的な呼称(上腕骨頸部や大腿骨骨頸部)などから始まる。長管骨は近位・遠位・骨幹部に分けられ,これらの3つの部分か接合部が記載に使われる。より詳細な記載が望ましい(「閉鎖性の転位のない遠位尺骨骨折」よりも,「閉鎖性の転位のない尺骨茎状突起骨折」のほうがよい)。

(3)転位 転位の程度は,徒手整復の必要性の有無を判断するために重要な項目である。骨折の転位は,1つの断片が他の断片に対して平行移動・屈曲・短縮・回転することで発生する。用語としては,上肢においては前後のかわりに背側・掌側が,内外のかわりに橈側・尺側が用いられる。一般的に,3 mm以下の転位は最小限とみなされる。

 屈曲の度合いを計測するには,正面と側面の二方向からの計測が不可欠である。斜位は計測には使われない。短縮は,嵌入骨折や平行移動によって起き得る。短縮の程度によって予後が変わるため,重要である。外力・重力・筋肉による牽引などによって,回転性の転位が起きる。しばしばX線画像上ではわかりにくいことがあるが,臨床上見つかることが多い(ボクサー骨折など)。

(4)関節 骨折が関節面に及ぶかどうかは治療決定の指標になることが多いため,記載が望まれる。

Q4 撓骨遠位端骨折の整復はどのように行うか?
A  一人法と二人法がある。

 一人法では,Chinese Finger Trapにて固定したところで行う。整復者の親指は背側の骨折片のところに,他の指は掌側近位側に。整復時には,骨折片は遠位側,掌側,尺側に押すようにする。痛みのコントロールのため,血腫ブロックに加えて静脈路確保が望まれる(図2)。

図2 1人で整復する場合(Chinese Finger Trap)(上)/2人で整復する場合(下)

■Disposition

 整形外科にコンサルト,正中神経領域の知覚障害があり,迅速な徒手整復の後に,緊急手術の適応となった。

■Further reading

1)Raby N, et al. Accident & Emergency Radiology ; A Survival Guide. 2nd ed. WB Saunders ; 2005.
↑単純X線読影のパールが詰まった素晴らしい良著。
2)Eiff MP, Hatch R, et al. Fracture Management for Primary Care. 2nd ed. WB Saunders ; 2002.
↑一般医がどのように骨折をマネジメントするか,どの骨折にはどのような固定をするか,フォローアップ,整形外科コンサルトのタイミングなど非常に簡潔にまとまっている。救急外来に1冊欲しい。
3)Marx JA, et al. Rosen’s Emergency Medicine : Concepts and Clinical Practice. 6th ed. Mosby Elsevier ; 2006.
↑言わずと知れた救急の大御所。辞書代わりに使える。

*本稿執筆に当たり,永田高志先生に大変お世話になりました。御礼申し上げます。

Watch Out

 転倒患者の診察では,失神かめまいがあったのかなど,受傷機転を確認しなければならない。常に合併損傷があるものと考えて診察する必要がある。特に,頸椎や腰椎など椎体骨折のワークアップも必要である。神経や循環の障害がある場合には,特に救急医は徒手整復を行い,障害のある神経や循環の回復を図りつつ整形外科医の到着を待たねばならない。その際,骨折について正確に記載し報告することが,効率のよい診療に必要となる。

つづく

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