医学界新聞

連載

2010.09.06

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第7回】

呼吸器:肺塞栓症

志賀隆
(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし, まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いER で注意すべき症例を紹介します。


 呼吸器内科をローテーション中のあなたは,さまざまな呼吸器疾患を担当し,血液ガスの解釈も得意になってきた。救急外来の次の患者の主訴を見ると,「呼吸困難」とある。

■Case

 55歳女性。既往に神経サルコイドーシスがあり,神経内科でフォローされている。1週間前から労作時の呼吸困難があり,あまり活動できていない。胸痛はなく,下肢の腫脹なし。血圧130/80 mmHg,脈拍数88/分,SpO296%(RA),体温36.5℃,チアノーゼなし。会話に問題なし。心音純,呼吸音清,腹部平坦軟,下腿腫脹なし。その他の既往なし。

■Question

Q1 呼吸困難へのアプローチは?
A (1)気道確保の必要がないか? (2)緊張性気胸がないか? (3)致死的な低酸素がないか?

 気道異物や喉頭蓋炎など気道確保の必要がある場合には,十分な人手と器具を集めて対応することが望ましい。特に,喉頭蓋炎を強く疑う場合の気道確保は,耳鼻科医や一般外科医のいるところで輪状甲状靭帯切開のための器具を開けて,頸部を消毒した状態で意識下のファイバー挿管を試みる。もし,挿管中に呼吸が止まった場合,胸部を圧迫することで空気が泡のように少しだけ見えることがあり,チューブを入れるべき場所がわかる場合がある。

Q2 肺塞栓症の臨床ルールとは何か?
A PERCルール,Wellsスコアなど。

表1 PERCルール
表2 Wellsスコア
  本連載第1回(2870号)にも出てきた肺塞栓除外基準(PERCルール,表1)は,50歳以上の患者には使用できない。50歳以上の患者では,Wellsスコア(表2)とDダイマーとの組み合わせで対応することが多い。Wellsスコアの「他の疾患より肺塞栓症が疑わしい」という主観的な基準をあまり好ましくないと考えている医師には,改訂Geneva基準(註1)が有用かもしれない。Dダイマーを使用するのは,Wellsスコアの点数を計算して低確率となったときであり,中等度以上の場合はべイズ理論(註2)に従い,造影CTにてアプローチすることが望ましい。

 本症例ではWellsスコアは0であったが,労作時呼吸困難感のアセスメントのために歩行時のSpO2を測定。数歩歩行後に呼吸困難感が悪化し,SpO2が93%と低下したため,Dダイマーを測定したところ,1500μg/mLと陽性であった。胸部X線は肺野清,心拡大なし。

Q3 Dダイマーの問題点は何か?
A 擬陽性になる場合があること。

 Dダイマーの問題点は,擬陽性になる場合が少なからずあることであり,DダイマーによってCT施行を少なくしようとしたにもかかわらず,本来ならばCTが必要なかった症例にもCTがオーダーされているという報告もある(Am J Emerg Med. 2006[PMID : 16490664])。一生におけるCTの回数が,癌の発生率と関連するという報告(N Engl J Med. 2007[PMID : 18046031])もあることから,現在は救急部でのCTをオーダーしすぎないようにする傾向が見られる(それでも米国の救急部ではリスク回避,診断のために多くのCTがオーダーされている)。

Q4 S1Q3T3の意味とは何か?
A 右室負荷があるという意味。肺塞栓症の診断のための感度は低い。

 胸部造影CT(いわゆるSaddle emboli)
 労作時の呼吸困難の原因が狭心症や心不全であることはよくあり,呼吸困難の患者において十二誘導心電図は有用である。高齢患者の初発の喘鳴が,心筋梗塞による心不全から来ていることもある。肺塞栓症における「S1Q3T3」は有名であるが,これは右室負荷を示す所見であり,肺塞栓症に特異的なものではなく感度も低い(Am J Cardiol. 2005[PMID : 16054481])。肺塞栓症によって,前胸部誘導のV1-V3において陰性T波とST低下の所見が見られることがあり,このような場合には心筋虚血だけでなく,肺塞栓症も考慮する必要がある(Further reading3)。

Q5 肺塞栓症にて侵襲的な治療が必要な症例は何か?
A コンセンサスはあるが,十分な症例数を持ったクリニカルトライアルはない。

 肺塞栓症においては抗凝固療法が重要であるが,

・肺塞栓症による持続する低血圧
・重篤な低酸素
・右室機能障害
・右室内血栓
・卵円孔欠損(脳梗塞につながる)

などの状況では,血栓溶解療法(t-PA)が必要とされている。しかしながら,t-PAは,脳出血,後腹膜血腫など死亡,入院,輸血につながる合併症の増加と関連しているため,肺塞栓症の確定診断がついてから使われることが望ましい。

 カテーテルや外科的な血栓除去術は,t-PAによって病態の改善のない場合やt-PAが禁忌となる場合に考慮されるべきである。今のところ,外科的血栓除去とカテーテルによる血栓除去の効果を客観的に比較したデータは,十分に蓄積されていない状況である。

 重症な症例ほどCTまで行くことができず,確定診断にたどり着けない。このような症例のマネジメントには,心臓血管外科・循環器科との協力が不可欠である。特に日本では,ECMO(Extra Corporeal Membrane Oxygenation;体外式膜型人工肺)を比較的速やかに利用できる施設が多いため,ECMOにて酸素化(肺塞栓が大きい場合は患者の肺での酸素化は難しい)と循環動態の安定を図り,カテーテルにて診断治療をするというアプローチも考えられる。

 他のアプローチとしては,ベッドサイドの超音波検査にて深部静脈血栓症を診断するか,診断不確定であってもt-PAを開始するかの個別の判断が必要となる。

■Disposition

 肺塞栓症の診断で内科に入院。超音波にて右心負荷が確認される。トロポニンも陽性。呼吸困難の改善を認めず,心臓外科により血栓除去術が施行された。

■Further reading

1)Kline JA, et al. Prospective multicenter evaluation of the pulmonary embolism rule-out criteria. J Thromb Haemost. 2008 ; 6 (5); 772-80.
2)Wells PS, et al. Derivation of a simple clinical model to categorize patients probability of pulmonary embolism : increasing the models utility with the SimpliRED D-dimer. Thromb Haemost. 2000 ; 83 (3); 416-20.
3)Ferrari E, et al. The ECG in pulmonary embolism. Predictive value of negative T waves in precordial leads-80 case reports. Chest. 1997 ; 111 (3); 537-43.

註1)改訂Geneva基準は動脈血液ガス分析が必要でなくなった点が新しい。Wellsスコアが「他の疾患より肺塞栓症が疑わしい」という主観的な項目があるのに対し,年齢,深部静脈血栓症や肺塞栓症の既往,1か月以内の骨折や手術,治療を受けている悪性腫瘍片側の下肢痛,喀血,心拍数の8つの項目による。wellsスコアに比べるとやや複雑である。
註2)検査後オッズ=尤度比×検査前オッズ。ある検査の陰性尤度比が高くても検査前オッズが高ければ,検査が陰性であってもそこで除外できない。

Watch Out

 胸痛や呼吸困難の鑑別診断には,常に肺塞栓症がなくてはならない。50歳以下ではPERCルールを使用し,50歳以上では擬陽性の確率を考えつつDダイマーを使用することが望ましい。心電図において,V1V2V3のST低下とトロポニン陽性があって病歴が典型的な急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome ; ACS)でない場合には,肺塞栓症も鑑別に入れるべきである。

 病歴と身体所見から大きな肺塞栓症を疑うものの,血行動態や低酸素で診断に至らない場合には,循環器科や心臓外科と協力し,心肺停止前にECMOを開始することも考慮すべきである。

つづく

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