医学界新聞

寄稿

2010.06.21

【寄稿】

ワクチンで予防できる病気をなくすために
看護職に期待される役割

齋藤あや(東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻地域看護学教室修士課程)


 この半世紀においてワクチンの開発が急速に進み,ワクチンで予防できる疾患(Vaccine Preventable Diseases : VPD)が増えている。VPDを減らすためにはワクチン接種が推奨されているが,日本の接種スケジュールは海外に比べ遅れている。そのため日本では,ワクチンを接種しなかったためにVPDに感染し,後遺症を残す症例が後を絶たない。この背景には,日本と欧米におけるワクチン接種制度の大きな差がある。欧米で既に予防接種スケジュールに組み込まれているワクチンが,日本ではいまだに未承認であったり,接種費用が原則自己負担である「任意接種」のワクチンであったりと,世界標準から遅れている現状がある。これらの差は,いわゆる“ワクチンギャップ”とも言われている。

 本稿では,筆者の米国での予防接種業務の経験をもとに,世界標準の予防接種制度を持つ米国を例に挙げ,日本の予防接種制度との違いについて述べる。そして,日本での今後の課題や,予防接種業務において看護職に期待される役割を示したい。

日米の予防接種制度の違い

 日本と米国の予防接種制度を比べると,まず大きな違いは,日本には「定期接種」と「任意接種」が存在することである。米国では国の推奨するワクチンはすべて,国または保険会社が費用を負担する(日本でいうところの「定期接種」に含まれる)。

 表に米国で推奨されている予防接種スケジュールを示した。例えば生後12か月から15か月の幼児に対しては,米国ではB型肝炎,DTaP(百日咳・ジフテリア・破傷風の3種混合),インフルエンザ菌b型(ヒブ),結合型肺炎球菌(PCV),不活化ポリオ,MMR(麻疹・流行性耳下腺炎・風疹の3種混合),水痘,A型肝炎,の計12種類のワクチンを接種する。さらに,米国で0歳から18歳までに接種するワクチンの数は合計で16種類にのぼる。この中には日本ではまだ承認されていないロタウイルス,不活化ポリオ,髄膜炎菌(MCV4),Tdap(百日咳予防ワクチン)などが含まれる。

 米国において0-6歳児に推奨されている予防接種スケジュール

 一方,日本では,定期接種としてはBCG,DTP(百日咳・ジフテリア・破傷風の3種混合),経口生ポリオ,麻疹・風疹混合ワクチン,日本脳炎の8種類のみである。米国以外の先進国をみても,日本は定期接種に含まれるワクチンの種類が少ない。

 ワクチンの接種方法も大きく異なる。日本では予防接種は1日1種類,皮下注射が原則であるが,米国に限らず海外では,ワクチンの接種は原則として生ワクチン以外は筋肉内注射で行われている。筋肉内注射は皮下注射と比較して局所反応が現れにくく,免疫原性が高く得られるためである。

 一方,接種種類の多い米国では,乳幼児検診時に,複数のワクチンの同時接種を行っている。12か月から15か月の幼児の例を挙げると,合計12種類,8本のワクチンを同日に接種することになる。その際,接種者の負担を少しでも軽減するために,数種類のワクチンを混合したコンビネーションワクチンが存在する。例えば,DTaPとB型肝炎と不活化ポリオのコンビネーションや,B型肝炎とヒブワクチンのコンビネーションなど,数種類のコンビネーションが存在している。これにより2-3種類のワクチンを1本で接種することが可能で,接種者だけでなく,医療者の負担の軽減につながっている。また,同時接種をすることにより接種率の上昇や,接種者・保護者の時間的負担の軽減につながり,さらには医療費の減少に貢献するという利点がある。

米国の予防接種における看護職の役割

 日本では,医師によるワクチン接種が原則なのに対して,米国においてはワクチンの接種から保護者への説明など,そのほとんどの業務を看護職が行っている。保護者の教育に関しては,米国疾病管理センター(CDC)が作成しているVaccine Information Sheet (VIS)を用いて,ワクチンの副反応やそれに対する対処方法の説明などを行う。また,次回の予防接種スケジュールの確認や,医療機関によっては接種時期間近に案内を郵送するなどして,接種率向上に努めている。

 このように,接種率の向上をめざしワクチンの啓発活動を行っていく上で,看護職の果たす役割は非常に大きい。筆者の居住していた米国カリフォルニア州サンディエゴ市は,米国の中でもとりわけ優秀なワクチンプログラムを試験的に実施している。ここで少し,ワクチンプログラムにおける看護職の活躍を紹介したい。

 米国で高いワクチン接種率を維持している背景には,入学前に月齢に応じた予防接種を完了していることを学校が義務付けていることや,高額な医療費のため治療よりも予防に重点が置かれていること,さらに情報開示を通じての教育が徹底していること,接種率などのサーベイランスの徹底などのさまざまな取り組みがある。

 具体的な例を挙げると,サンディエゴ市では教育機関へのかかわりとして,保健師が小学校入学時の予防接種歴をランダムにチェックし,予防接種率を算出するためのデータを採取する。その際に,保健室の学校保健師へ説明を行ったり,調査結果をレポートとして学校に提示するといったことで継続的に学校への教育が行われている。また,医療機関への教育としては,CDCが行っているAFIX(Assessment;評価/Feedback;フィードバック/Incentive;特典/eXchange information;情報交換 )と呼ばれるシステムを導入している。これは,予防接種を行う医療機関に保健師が出向き,対象年齢の小児の医療記録をランダムにチェックして予防接種歴を調査する。その結果を基に接種が遅れている児たちの状況や要因を分析し,どこに問題があるのか,うまくいっている点は何かなどを医療機関のスタッフと共に考え,対策を立てることで接種率の向上を図るというシステムである。

 またCDCは,予防接種に関する講習会を年に4回(1回3時間),サテライト放送にて行っている。サンディエゴ市では保健所が会場を提供し,保健師や看護師,学校保健の教員などが講習を受講できる。さらに予防接種週間には開業医を対象としたセミナーも開かれるなど,医療従事者への継続的教育が充実している。さらに,一般市民への保健師の啓発活動の一環としては,街のフェスティバルの際にブースを出してシールやペンなどに「Got Shot?(接種した?)」などと書かれている粗品を配布し,啓発活動を展開している。

直接的かかわりから教育・啓発,疫学介入まで

 日本のワクチンの現状として,定期接種と任意接種という分類が接種者側にも医療者側にもいろいろな混乱を生じさせていることや,筋肉内注射や同時接種の是非の問題,副反応に対して過敏な国民性などさまざまな課題が挙げられている。

 こういった国の行政のレベルでしか解決できない問題もあるが,国のワクチン制度の改革と同時進行で行うべきこともある。それは,医療従事者に対する正しい理解の普及やワクチンに関する情報の周知,国民への教育を通じて,ワクチンという素晴らしい手段をどうやって共有していくかを広く情報提供することである。

 同時に,ワクチンの概念は,接種者(個人)だけが病気から守られるものではなく,社会全体で免疫を獲得すること(herd immunity)に本来の意義がある。例えば免疫不全などの何らかの理由でワクチンを接種できない人がいても,周囲がワクチンを接種してVPDを制御できれば,感染は予防できる。これからは,もっと大きなビジョンでワクチンを考えていく必要があるのではないだろうか。そのために,接種者や保護者への直接的なかかわりにとどまらず,教育機関や医療機関への教育,疫学的介入など,今後,看護職に期待される役割は大きいものと考える。


齋藤あや氏
1997年聖路加看護大卒。聖路加国際病院勤務 を経て,英国Rowcroft Hospiceにて研修。その後,米国カリフォルニア州に移り,Registered Nurseの免許を取得。サンディエゴ市のクリニックで看護師として勤務。現在,日本でのワクチン接種の啓発と接種率の向上を研究テーマに東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻地域看護学教室修士課程に在籍している。

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