医学界新聞

連載

2010.06.07

レジデントのための
クリティカルケア入門セミナー

大野博司
(洛和会音羽病院ICU/CCU,感染症科,腎臓内科,総合診療科)

[第 3 回]

■ 鎮痛薬・筋弛緩薬の使いかた


2878号よりつづく

 第2回の鎮静薬に引き続き,第3回ではクリティカルケアにおける鎮痛薬と筋弛緩薬の使いかたについて取り上げます。


CASE

Case1 多発外傷(腹腔内出血,外傷性脾損傷,腎損傷,左大腿骨骨折,骨盤骨折)による出血性ショックで緊急手術となった35歳男性。術後挿管され,人工呼吸器管理となった。鎮静目的でミダゾラム持続静注を行い,鎮痛としてフェンタニル持続静注を併用した。

Case2 冠動脈3枝病変のある75歳男性。冬のある日に自宅風呂場で倒れているところを発見。救急隊到着時は心肺停止状態だったが心肺蘇生処置が行われた。ER搬送後には,胸骨圧迫,気管内挿管,エピネフリン投与が行われ自己心拍が再開。蘇生まで約15分。ドパミン5γで開始され,バイタルサインは血圧90/60 mmHg,心拍数70/分,自発呼吸なし。蘇生後の低体温療法目的でICU入室となった。輸液および抗痙攣・鎮静でミダゾラム,鎮痛でフェンタニル,筋弛緩でロクロニウムを投与。DVT予防,ストレス潰瘍予防,VAP予防を行い,34℃の軽度低体温療法開始となった。

クリティカルケアでの鎮痛の目的

 前回も触れましたが,鎮痛薬は健忘効果がないため鎮静薬と併用して使用します。

 疼痛刺激は交感神経刺激となり,循環動態が不安定な場合,血行動態が悪化する可能性があるのですが,適切な鎮痛でそれを回避できると考えられます。また,十分な鎮痛をかけることでICU退室後の外傷後ストレス障害を減らす可能性があります。特に鎮静が不十分な場合,鎮痛を十分行うことで鎮静が効果的に得られるケースを多数経験します。

鎮痛の評価

 鎮痛の評価には,ビジュアルアナログスケール(VAS)や数値的評価スケール(NRS,無痛0点-最も痛い10点)など多数のスケールがあります。しかし,クリティカルケアでの鎮静・昏睡,また多臓器不全での混乱した状態では,鎮静スケール(RASSスケールなど)と異なり客観的な指標となるスケールがないのが現実です。

 そのため,医師・ナースによるベッドサイドでの「痛くないですか?」「痛みは和らぎましたか?」といった声かけや,患者の適切な姿勢の維持,カテーテルやドレーンチューブ類による不快感への注意深い観察などの非薬物的治療が重要であり,適宜鎮痛薬の全身投与を追加で行うというアプローチが大切です。

ICUでよく使われる鎮痛薬と副作用(表1)

表1 ICUでよく使われる鎮痛薬の特徴

1.拮抗性鎮痛薬(agonist-antagonist)
 拮抗性鎮痛薬は麻薬のような取り扱い上の煩雑さがないため,国内では頻用されていると思います。代表的な薬剤としてブプレノルフィンとペンタゾシンがあります。

 ペンタゾシンは交感神経刺激作用により,末梢血管収縮作用,血圧上昇,心筋酸素消費量を増加させるため,心疾患や脳出血・くも膜下出血での使用は控えるべきです。一方,ブプレノルフィンはモルヒネの25-50倍の力価があり,作用時間も6時間程度と長く,血管拡張作用があるためクリティカルケアではよく使われます。

 しかし,麻薬に比べ天井効果(ceiling effect)があることや,麻薬の効果に拮抗するため,多発外傷や緊急外科手術など大きな侵襲ストレスが予想される場合は,当初から麻薬を使用するほうがよいでしょう。

力価 モルヒネ10 mg=ブプレノルフィン0.2 mg=ペンタゾシン30 mg

2.麻薬(μ受容体agonist)
 よく使われる麻薬には,モルヒネとフェンタニルがあります。モルヒネは作用時間が長く間欠的投与がなされ,一般病棟では癌性疼痛などで使用されている薬剤ですが,クリティカルケアの現場では次の理由でフェンタニルに劣ります。

 モルヒネにはヒスタミン遊離作用による血管拡張作用があり,血行動態不安定な状態では血圧が低下すること,そして腎機能障害がある場合,代謝産物が蓄積して作用遷延のリスクがあります。一方,フェンタニルは速効性で作用時間が短いため,一般的に持続静注で用います。血管拡張作用が少ないため,循環動態が不安定なケースでも使いやすいというメリットがあります。

 拮抗性鎮痛薬・麻薬ともに副作用として呼吸抑制,腸管蠕動低下があり,呼吸抑制にはナロキソン,腸管蠕動低下には下剤・ナロキソン持続静注で対応可能です。しかし,一般にナロキソンを使用する必要があるケースは極めて少ないと思います。なお,麻薬使用時には効果が強いと縮瞳が見られるため,瞳孔径をフォローします。

3.その他の鎮痛
  硬膜外麻酔は,体幹部の手術での全身麻酔中によく併用され,クリティカルケア(特に予定手術の術後ケア)での局所鎮痛法として,意識レベルを落とさない,呼吸抑制が少ない,麻薬の全身投与に伴う腸管機能障害がないなどの有用な面があります。そのため,禁忌のない予定手術の周術期管理では,持続硬膜外鎮痛を適切に使いこなす必要があります。他の局所神経ブロックなどはクリティカルケアの現場ではそう頻繁に行われる手技ではないためここでは触れません。

 ほかに鎮痛薬としてNSAIDsがありますが,クリティカルケアでの循環動態が不安定なケースでは,副作用の腎不全,血小板凝集抑制,消化管出血リスクなどから使用は制限されます。

筋弛緩の目的と評価

 最近のクリティカルケアでは,筋弛緩薬はやむを得ない場合を除き,可能な限り使用しないことになってきています。また筋弛緩薬を使用する際の大原則として,
*必ず十分な鎮静・鎮痛のもとに併用すること(決して単独で筋弛緩を行わない!)
*気道確保,静脈確保など十分な蘇生処置が可能な条件で行うこと

が重要です。これは意識がありながら,「痛みがあるのに動けない」という状態を決して作ってはいけないという考えに則ったものです。

 以前の人工呼吸器管理では,筋弛緩はよく使われていましたが,最近は自発呼吸温存の管理が好まれるため筋弛緩薬の使用頻度は激減しました。そのため筆者の施設では,痙攣重積で脳波モニター装着のもと全身管理を容易にする目的と,低体温療法でシバリングを抑制する目的,の2つを除いてまずルーチンで使用されることがなくなりました。

 筋弛緩の評価としては4連刺激によるTOF(train-of-four)比が用いられ,1-2/4程度でコントロールします。詳細は成書を参照してください。

ICUでよく使われる筋弛緩薬と副作用(表2)

表2 ICUでよく使われる筋弛緩薬の特徴

 ICUセッティングでは“非”脱分極性筋弛緩薬の使用がメインです。ロクロニウム,パンクロニウム,ベクロニウムがありますが,作用時間が短く調節性のよさからロクロニウムが最も使用されます。

 ベクロニウムは蓄積作用が少なく,持続静注で使用されます。パンクロニウムは迷走神経遮断作用,交感神経刺激作用があり,頻脈,心拍数増加があること,そして蓄積作用が強いことから使用する場合はone shotで用います。最近国内で使用可能となったロクロニウムは速効性があり,脱分極性筋弛緩薬のサクシニルコリンに匹敵するようになりました。

 筋弛緩薬の副作用には,
*鎮静不十分になる可能性
*筋弛緩の遷延
*誤嚥性肺炎
*静脈血栓症のリスク

があり,可能な限り筋弛緩を避けるか必要最小限に使用します。また,Critical illness polyneuropathy (CIP)のリスクがあるとも報告され,注意が必要です。

Take Home Message

(1)代表的な鎮痛薬であるフェンタニル,ブプレノルフィンの使い方について理解する。
(2)クリティカルケアでの鎮痛の客観的評価が困難であることを理解する。
(3)クリティカルケアでの筋弛緩薬の限られた適応と合併症について理解する。

つづく

参考文献
1)Jacobi J, et al. Clinical practice guidelines for the sustained use of sedatives and analgesics in the critically ill adult. Crit Care Med. 2002 ; 30(1) : 119-41.
2)Murray MJ, et al. Clinical practice guidelines for sustained neuromuscular blockade in the adult critically ill patient. Crit Care Med. 2002 ; 30(1) : 142-56.
3)日本呼吸療法医学会人工呼吸中の鎮静ガイドライン作成委員会.人工呼吸中の鎮静のためのガイドライン.人工呼吸.2007 ; 24(2),146-67.

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