医学界新聞

連載

2010.05.24

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第175回

米医療保険制度改革(3)
米医師会「コーヒーカップ作戦」とレーガン

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2879号よりつづく

前回までのあらすじ:2010年3月23日,医療保険制度改革法が成立,米国は皆保険制実現に向け,大きな一歩を踏み出した。


 「国家統制や社会主義を強制する伝統的方法の一つが医療を利用することです。医療に絡めれば人道的な政策であると見せかけることが容易だからです。お金がなくて医療が受けられない人に医療を提供するという提案に,反対をためらう人が多いのも仕方ありません。

 ……(もし,この法案の成立を阻止することができなかったら)社会主義が全面的に採用されるようになるまで,あっという間でしょう。……年を取ってから,子供たちや,子供の子供たちに,『昔,アメリカでも人が自由な時代があったのだよ』と語るようになってしまうのです。……(法案の成立を阻止するために)議員宛てに反対の手紙を送りましょう……」

反メディケア・キャンペーンのスポークスマン

 米医師会が皆保険制を含めた公的医療保険制度導入に反対してきた歴史については,前回も述べた通りだが,以上は,米医師会が1961年に作成した政治キャンペーン用宣伝レコードからの引用である。当時,米医師会は,ケネディ政権が推し進めるメディケア(高齢者用公的医療保険)創設に総力を挙げて反対していたが,このレコードもその一環として作成されたものだった。

 米医師会のスポークスマン役としてこのレコードを録音したのは,後に第40代大統領となるロナルド・レーガン。レコードには,「ロナルド・レーガン,社会主義医療への反対を語る」とするタイトルが付けられていた。当時,俳優兼ゼネラル・エレクトリクスの「広告マン」を務めていたレーガンが反メディケア・キャンペーンに抜擢されたのは,その語り口・弁舌の巧みさが買われたこともあったが,レーガン夫人の父親が米医師会の役員を務める著名脳外科医であったことも影響したと言われている。

 レーガンが語り手を務めたこのレコード,米医師会婦人部(主に医師の配偶者〈!〉から成る組織)が行う反メディケア・キャンペーン用に作成されたものだった。当時,婦人部は,医師会の「別働隊」として「草の根」キャンペーンを展開。患者や患者の家族を集めて「メディケア創設は社会主義の始まり=自由の終わり」とするレーガンのレコードを聞かせることで,米医師会の主張への支持を呼びかけたのである。米医師会がこのキャンペーンに付けた名称は「コーヒーカップ作戦」だったが,この名称からも「草の根」活動を重視した米医師会の意図が明瞭に見て取れるだろう。

 コーヒーカップ作戦は,一般に喧伝されず「潜行」する形で展開されたが,その存在を「すっぱ抜いた」のは著名コラムニストのドルー・ペアソンだった。61年6月,ペアソンは『スター対JFK』()と題するコラムを執筆,レーガンを起用した医師会のキャンペーンが功を奏した結果,ケネディが後押ししたメディケア法案が成立を阻止された経緯を全米に紹介したのだった。

大統領選挙での逃げ口上

 一方,コーヒーカップ作戦の成功は,メディケア法案を阻止しただけでなく,レーガンの政治的経歴に箔を付ける結果をもたらした。レーガンが政界で躍進したきっかけは,1964年の共和党大会で大統領候補バリー・ゴールドウォーターを推薦した演説が評判を呼んだことだったが,そもそも党大会での演説の機会が巡ってきたのも,コーヒーカップ作戦成功の功績が物を言ったからにほかならない。やがて,カリフォルニア州知事となり,1980年には現職ジミー・カーターを破って大統領選に当選するのだが,米医師会に協力してメディケアに反対することで政治家としての階段を上り始めたと言っても過言ではないのである。

 ちなみに,1980年に大統領選挙に立った際,60年代初めに「社会主義医療」とレーガンが反対したメディケアは,米国民の圧倒的な支持を得るようになっていた。カーターは,メディケアに反対した対立候補の過去を批判したが,レーガンは「私は,当時たまたま議会に提出されていた別の法案のほうが優れていると思ってそれを支持しただけで,高齢者に公費で医療を提供する原則に反対したことなどありません」と弁明した。

 レーガンが言う1961年当時の対立法案とは,米医師会の肝いりでメディケア創設を阻止する目的で議会に提出されたものだっただけに,実は,「対立法案の支持」は「メディケア創設反対」と同義だったのだが,レーガンはその巧みな弁舌で国民を言いくるめることに成功,大統領に当選したのだった。

この項つづく

:JFKは,第35代大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディの通称。

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