医学界新聞

連載

2010.04.19

漢方ナーシング

第13回(最終回)

大学病院を中心に漢方外来の開設が進む今,漢方外来での診療補助や,外来・病棟における患者教育や療養支援で大切にしたい視点について,(株)麻生 飯塚病院漢方診療科のスタッフと学んでみませんか。

五感を駆使しながら患者さん全体をみるという点で,漢方と看護は親和性が高いようです。総合診療科ともいえる漢方診療の考え方は,日常業務の視点を変えるヒントになるかもしれません。

[座談会]Disease orientedからpatient orientedの医療に向けて


前回よりつづく

 本連載の最終回に当たり,座談会や執筆にかかわった飯塚病院の総勢12名の多職種の方々に,日ごろの漢方診療,本連載を振り返っていただいた。

 急速に進む高齢化社会において,患者自身の生活を支援するという看護的視点を重視した医療提供が求められている。これはすなわち,patient orientedの漢方医学の考え方と重なるものであり,本連載の企画意図でもあった。

 国際的な潮流においても,伝統的な医学の再評価が進んでおり,わが国における漢方医学,漢方ナーシングがますます発展することを期待したい。

<出席者名(敬称略)>
●医師=三潴忠道(東洋医学センター所長),田原英一(漢方診療科部長),矢野博美(健康管理センター医長)
●看護師=須藤久美子(看護部長),小池理保(外来主任),中島明美(病棟看護師長),蠣屋美紀恵・宇都千春(病棟看護師),牛島嘉代(ベターライフ・ノア21看護主任)
●薬剤部門=持尾佳代子(薬剤師)
●栄養部門=笹栗愛(管理栄養士),伊藤順子(栄養科調理師)


医師の立場から「漢方ナーシング」への期待

三潴 本連載では,私たち漢方診療科の医師と協働してくれている診療現場のコメディカルスタッフ,特に看護師を中心に,漢方を通して,あるいは漢方診療にかかわって得た経験や治療の方策について1年にわたり執筆してもらいました。

 明治時代以降,漢方はわが国の診療現場からいったんほとんど消えてしまいましたが,近年になって医学部のモデル・コア・カリキュラムで和漢薬の概説が教育項目となり,「漢方」を診療科として標榜できるようにもなりました。看護師の卒前教育の薬理学においても漢方がかなり前から取り入れられています。当院でも18年前から,漢方診療科として外来,入院病棟を持ち,主に煎じ薬を使い,食事にも漢方的な考えを取り入れた診療を始めました。その後,関連施設のももち東洋クリニックや有料老人ホームでも患者,入所者の健康管理を漢方を通じてお手伝いするという経験をしてきました。

 とはいえ,当院のような漢方診療の形態はまだまだ限定的であり,漢方ナーシングも,全国的に見ると本格的な取り組みはこれからだろうと思います。ですから本連載では,先駆的にチーム医療における漢方ナーシングに焦点を合わせました。

田原 医師の立場では,ついつい疾患そのものに目を向けがちになります。しかし単純に疾患の治療だけではなく,「食う・寝る・出す」,つまり衣食住,生活の基本動作を整えるべき高齢患者が増加しています。加えてストレス社会となり,「遊ぶ」こと――「楽しく,目的を持って人間らしく生きる」ことができていない人がたくさんおり,漢方で言う「心身一如」的なケアが必要と感じます。

 ただ現実には,医師は生活全体をカバーしきれませんし,できれば異なる立場から光を当てて多面的に見たほうが患者さんの全体像がわかるのではないかと思い,看護師との学習会など多職種協働を進めているところです。かかわり方が非常に難しい患者さんも多く,看護の苦労も多々あると思いますが,そうした患者さんが元気になれば私たちも癒されますし,いきいきと生活の場に戻っていただく支援こそが良い医療だと考えていますので,今後もチームで頑張っていければと思います。

五感を駆使し,患者に寄り添う

小池 漢方外来では,患者さんの主訴がどんどん変化するという特徴があります。受付で訴えたのとはまったく別の内容を医師に告げたり,受診のたびにさまざまな不調を訴える姿をみると,ご自身の心身の不調に深く悩んでいる患者さんが非常に多いと感じさせられます。診察時間に制約があるなかでより多くの患者さんに満足していただけるように,看護師が診察前後に話を聞く工夫が必要だと,連載で外来業務を振り返って再確認させられました。

 また,より一歩踏み込んで患者さんの情報を得られるよう,最近,先生方に脈診など診察方法を教わっています。「見て・聴いて・感じて・触れる」,五感を駆使して患者さんにかかわることが,漢方ナーシングのさらなる一歩だと考えています。

宇都 以前,服薬後1週間ほどのインターバルの後,薬剤性アレルギーを起こしてしまうという患者さんが入院していました。要は他の多くの患者さんとは異なる身体反応を示すため,長期間の観察が必要な方だったのですね。難しいと思いつつも観察しがいがあるとも感じ,どんな視点で看護をしていけばいいか,医師-看護師間のカンファレンスを重ねながらかかわっていくという経験をしました。

中島 その方はドクターショッピングを重ねていましたよね。他院では反応がすぐに起こらないから「それは嘘だろう」「仮病だ」と言われる。看護師にも,医師にもそういう目で見られたと話されていました。検査値や一般的な薬効(副作用)の知識だけにとらわれていると,そういう対応をしてしまうかもしれません。

 ただ当院では医師がじっくり話を聞いて処方を再検討したり,看護師が訴えを正面から受け止めるなどしたところ,初めて医療者が自分に共感してくれて嬉しかったとおっしゃっていました。忙しいなかでも,患者さんに丁寧に接しようと日々積み重ねた成果が表れたのかな,と病棟師長として感無量だったと同時に,先入観を持たずに患者さんとかかわる難しさを再確認させられたケースでした。

 最近,心身ともに病んでいる患者さんが増えています。初めは「この人は精神科を受診したほうがいいのでは?」と思っても,話をじっくり聞いていくとやはり漢方診療科で受け持つべきケースも多いです。こういった場面でも,看護師が積極的にかかわり,話を聞くことが大事だと思います。

漢方の道は看護ケアの本質に通ず

牛島 私は飯塚病院での勤務の後,有料老人ホームに異動して11年目で,現在6人の看護師で入所者を看ています。漢方薬と西洋薬では作用のスピードが異なりますから,例えば解熱の処方ひとつとっても,漢方薬では効き目が緩やかなことがあります。漢方薬に慣れず,処方後の状態予測ができない看護師はいら立ってしまいがちです。

 私も以前は漢方薬にハラハラさせられたひとりです。しかし,施設には医師が常駐していないこともあり,自分の観察のアンテナを敏感にし,ある意味,漢方薬に対する感情もコントロールしながらかかわるなかで,経験から得た情報が統合され,内服を適切に援助できるようになりました。11年たってようやく,漢方との付き合い方を体得してきたように感じます。嚥下機能が低下していた認知症の患者さんの力が漢方によって賦活され,元気な声を出せるまでに回復するという経験も度々です。

 先ほど「食う・寝る・出す」という話がありましたが,ホームは入所者の生活の場ですから,病院内の看護のようにバイタルの観察という視点からではなく,あくまで生活のなかで,便が出た,摂食が良くなったといった変化を観察していきたいですし,そうした生活を見るという視点が,漢方と看護に共通していると感じています。

蠣屋 勉強会でも,田原先生に「漢方医学では汗と排泄物を必ず見る。排便の有無だけではなく,臭いのか,臭くないのかというところまで観察する」と教わり,目からウロコでした。

 これまでの看護の観察では,排便がどのくらいの量,どういう色が出たかという視点はあっても,「臭かった/臭わなかった」という目線で見たことはありませんでした。そこまで観察するのが漢方の特徴で,看護が学ぶべき重要なポイントだと感じています。

中島 漢方と西洋医学の相違点のひとつは「この煎じ薬,生薬の配合は,何を改善させるための処方なのか」という点が,どうしても理解しづらい部分です。西洋薬では,○○に作用し△△を改善するといったことが明確ですから。

 当院の漢方診療の現場では,看護師が主治医に「この薬が体を温めた後,最終的に,患者さんの身体にはどのような変化が起きるのでしょうか」と質問したり,ディスカッションする光景がよく見られます。医師が病棟で指示だけ出してサッと帰ってしまうのではなく,看護師の疑問に真摯に答えてくれることが,患者さんへの適切な治療につながるのかなと感じています。

須藤 当院でもさかんに「disease orientedからpatient orientedへ」と言われていますが,皆さんのお話を伺い,漢方医学とそれを支える看護は「patient oriented」のひとつの形だろうと感じます。

 この連載全体を通じて再確認できたのは,漢方診療を支える看護師が,患者さんが持つ力を引き出すための手段として「観察」を行っていることです。これはまさにナイチンゲールの言葉の実践といえます。ケアにつなぐための観察の積み重ねこそが看護なのです。

 また,観察の方法,看護ケアの本質を医師(漢方専門医)との協働で学ぶことは貴重な経験だと思います。相互に学び,医療の質を高めるという循環が,医療現場に普遍的に求められているものだと思います。

当日は多職種総勢12名が日ごろの漢方診療,本連載を振り返った。紙幅の都合ですべての発言を取り上げることができなかったが,和漢食教室における食事指導には栄養部門が,服薬指導や誤薬防止には薬剤部門がかかわり,チーム医療を実践している。(写真は前列左から,牛島,持尾,小池,須藤,宇都,蠣屋,後列左から,矢野,三潴,田原,中島,伊藤,笹栗の各氏)

(了)

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