日本の看護師国家試験合格への努力(井部俊子)
連載
2010.04.19
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
聖路加看護大学紀要第36号(2010年)が届いた。毎年1号ずつの刊行なので36年続いていることになる。紀要委員会が論文を募集し査読にかけ,編集し,完成させる。第36号には3編の「研究報告」(査読あり)と12編の「短報」(査読なし)が収載されている。紀要とは,大学・研究所などで刊行する,研究論文を収載した定期刊行物であると広辞苑は解説している。したがって,紀要の執筆者は当該大学の関係者である。これで,職場の同僚がどのような研究活動を行っているかを知ることができる。
しかし,最近,紀要の存在価値が低下しているという指摘がある。「個人の業績に紀要での発表は含まない」とされたり,電子ジャーナルやリポジトリが普及したことが理由として挙げられる。本学でも紀要を継続すべきかどうかという問題提起がされることもあるが,今のところ中止するという決定には至っていない。そうした状況も相まって,紀要第36号をいつもより丁寧に読むことにした。
日本語と制度・慣習の壁
本学の英語教員による,インドネシア人看護師候補生の看護師国家試験合格への取り組み報告は興味深い(文献1)。
候補生の日本語能力試験を2級レベルに上げ,日本の看護知識を習得することを1年目の目標に,国家試験の過去問を口頭や教材を用いて解説しながら授業は進められる。「例えば」と紹介されている内容は表のとおり。
日本語能力試験3級レベルの候補生は「災害+時」,「最+優先+治療+群」のように漢字語彙を分析して意味を理解することができない。表のように,日本語の漢字の組み合わせを分解したり,英語で説明したり,あるいはジェスチャーを使うと理解が進む場合もあるという。トリアージ(triage)自体については知識があるので,漢字さえわかれば,正解の「2.赤」はすぐに選べる。
また,口頭ではなく,候補生にとって難しいと思われる語にあらかじめ注釈をつけたオリジナルの教材を用いて授業を進めることもある。例えば,「看護師一人で患者をベッド上で手前に水平移動させるとき正しいのはどれか」という問題文には,「てまえ⇔むこう」「すいへい=horizontally」と付記されている。
この研究報告では,インドネシア看護師候補生にとっての看護師国家試験合格における問題点として次の2点を指摘している。
1)日本語学習の困難性……難解な漢字,「腰を落とす」のような連語の表現,「咀嚼は容易にできます」のような主語の省略,助詞「てにをは」の使い方,敬語,あいまい語など。
2)社会制度や慣習の違い……高齢者の人口が少ないインドネシアでは,「社会保障制度と生活者の健康」「在宅看護」「老年看護学」などは初歩からの学習が必要である。「疾病の成り立ちと回復」や「成人看護」の分野では,疾病や標準的な病院で行う技術の学習が必要であり,インドネシアには感染症が多いが,日本ではさらに生活習慣病の理解も求められる。
ほかにも,不妊治療や児童虐待など少子化社会と関係の深い学習項目,自殺や抑うつ患者に関連する「精神看護学」など,「人体の構造と機能」以外のすべての範囲について基本的な学習をしないと日本の看護師国家試験には合格しない,とこの研究報告では指摘されている。
表 看護師国家試験問題を外国人看護師候補生に口頭で解説する例 | |
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文献1)より |
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ところで,このたびの第99回看護師国家試験(2010年2月)において,経済連携協定に基づくインドネシア人看護師候補者が2人,フィリピン人看護師候補者が1人,合格したことが大きく報道された。彼らと,そして彼らを支援した周囲の仲間の努力をたたえたい。本学の紀要も存続すべきかもしれない。
(つづく)
参考文献
1)池田敦史,他.経済連携協定に基づき来日した看護師候補生の現状と問題点.聖路加看護大学紀要.2010; 36:86-90.
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