医学界新聞

連載

2010.04.05

連載
臨床医学航海術

第51回

  医学生へのアドバイス(35)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 前回は,筆者が聞いた話を基に,「人の話を聞き過ぎると,よくない結果になることもある」ことについて,例を挙げながら述べた。今回もその続きで,筆者が言われた話をご紹介する。

聴覚理解力-きく(6)

事例4 ポジション
 あるとき,全く面識がないある大学の教授から突然お電話をいただいた。お話を聞くと,その大学の非常勤講師になってくれないかとのことであった。そのお話を聞いて,卒後臨床研修教育をしている自分にとって,何らかの形で大学教育と接点を持つことは自分にとっても大変有意義だと思った。そして,大学教育を通して学生と接点を持つようになれば,その大学の学生が筆者の病院での研修を希望するケースが増えるかもしれないとも考えた。そこで,年2回程度の非常勤講師ならば現在の自分の仕事にも支障を来さずにできるかもしれないと思い,もっと詳しい話を聞きにうかがった。

 その結果,非常勤講師として私が要求された業務は,5年生の病院実習の総括であるということがわかった。5年生の病院実習の総括とは,2週間ごとに回ってくる学生グループの評価をする試問のことである。その総括を2週間に1回,金曜の午後にお願いしますとのことであった。5年生の病院実習は,すべての学生がその教授の診療科をローテートすることになっており,その科の宣伝をすることができる重要な機会である。その重要な病院実習の総括を,その大学とは全く関係のない非常勤講師にお願いしたいとおっしゃるのである。

 筆者は,ここまで聞いて考えた。このように重要な任務を与えられるのは,非常勤講師としてとても光栄なことである。しかし,ローテートしてくる5年生全員にその科の宣伝をすることができ,将来的に学生がその科に進路決定するきっけかになるかもしれない重要な任務を,果たして大学外部の非常勤講師がしてよいものなのだろうか? そして,そもそもその重要な任務自体は,それを筆者に依頼してきた教授自身がされることではないのか?,と。そしてさらにこう考えもした。もしも大学教授が学生に知識や技能を教授するという本職を自分でするのではなく他の非常勤講師のような役職に依頼するだけなのであれば,大学教授は「教授」ではなく「監督」と名乗ったほうがよいのではなかろうか?,と。

 すなわち,プロ野球の監督が,打撃コーチ,守備コーチ,筋力トレーニングコーチなどの各専門コーチをコーディネートしてチームを作るように,大学教授も自分がすべての業務をできないのであれば「監督」と名乗ればよいはずである。つまり,XX大学XX科「監督」の下に,教育担当コーチ,研究担当コーチ,診療担当コーチなどがいるというような構成にしたほうが誤解がないような気がする。

 そして,もしも大学「教授」が自分の専門科について体系的かつ包括的に学生に知識を「教授」できないのであれば,やはり大学「教授」と名乗るべきではないのではないだろうか,とも考えた。もっとも大学教授は自分の専門科の中のごく一部の狭い自分の専門領域についてのみ「教授」することは可能なのかもしれないが……。

 せっかくのお話であったが,自分のようなものが務める仕事ではないので,辞退させていただいた。しかし,これで話は終わらずに,また後日再びお電話をいただいた。すると,今度はその大学に「ポジションが空いたからすぐに来てくれ」とのことであった。以前のお話で十分聞き飽きた筆者は,ポジションがどんな役職なのかなど,それ以上のお話をお尋ねする気にはとてもなれずに,また丁重にお断り申し上げた。

 大学の「ポジション」というと通常は「教授」や「准教授」などの役職を考える。しかし,ここでその「ポジション」がどのようなものかなどと尋ねたところで,その勧誘が税金を安くするキャッチセールスのような強引な勧誘(第50回参照)であることに変わりはなかった。「ポジション」をやると言えば誰でもすぐに食いつくとでも思っているのか? 自分はそんなにだまされやすいように見えるのか? そして,「ポジション」を与えると言って,実際に今の職場を辞職してその大学に転勤したら,実は「ポジション」は大学の役職のことではなくその大学の草野球チームの「ファースト」,「セカンド」,「サード」とか,はたまた,「ベンチ」の「ポジション」のことであると言い渡されるのではないか?……と,思いは巡った。

 もしも本当に大学の職員として来てほしいのであれば,このような電話のキャッチセールスのような詐欺まがいの勧誘ではなくて,もっと紳士的に正攻法で勧誘できないのだろうか? 例えば,その大学の現状とその長所と短所を十分に説明して,何回か実際に訪問してもらって,かつ,スタッフも紹介して,十分にお互いが納得するような形での勧誘である。逆に考えると,そのような正攻法の勧誘ができない,あるいは,しないということは,知れば知るほどボロしか出ない大学でしかないのではないかと推測してしまう。

 

 この事例4も常識も礼節もわきまえない一方的な勧誘である。ただ前回紹介した事例3と異なるのは,事例3は相手が見ず知らずの人であるのに対して,この事例4は相手が面識はないが社会的地位のある方である点である。けれども,相手がいくら社会的地位のある方とはいえ,常識的に考えてこのようなキャッチセールスのような常識も礼節もわきまえない一方的な勧誘方法をとる話がよい話であるはずがない。

 せっかく医学生との交流も持つことができ,かつ,卒前教育にも貢献できる絶好の機会であると思ったのだが,このような形でお話が実現できなかったのは誠に誠に残念である……。

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