医学界新聞

連載

2010.03.22

【Pictogram】

いのちを見守るコミュニケーションデザイン
――医療看護支援ピクトグラム

連載「いのちを見守るコミュニケーションデザイン」最終回

横井郁子(東邦大学医学部看護学科教授)


前回よりつづく

新たに仲間入りしたピクトグラム「飲み物可」
 2009年5月から始まった「いのちを見守るコミュニケーションデザイン」の連載も,今回で最後となります。最終回,まずは新しいピクトグラムをご紹介します。

 世界初(だと思います),「OKだよ」という意味を持たせた青丸が登場です。病院という環境は制限が多いけれど,「だめ」ばかりの表示では“生活”していくのは厳しい,療養生活を支援するデザインとは何か。そんなやりとりから,ピクトグラム「飲み物可」は生まれました。

 「固形物はだめだけれど,水分はOK」というのは,特に消化器系に問題を抱える患者さんにはよくある状態だと思います。当初から,標準化ピクトグラムとして必要ではないかと指摘されていたのですが,予算不足で作成できませんでした。しかし,時間をかけた分,良いものができたと思います。これもデザイナーの方々の医療環境へのご理解がいっそう深まり,関心を寄せていただいた結果だと思います。

 連載中,たくさんの方々からご意見,ご感想をいただきました。問い合わせの大半が医療安全対策室の方々や看護管理者からで,キーワードは「安全」でした。
・情報の「かたち」を統一することは「安全」につながるのではないだろうか

 ベッドサイドにはすでに自分たちなりの工夫をして情報を表示しているが統一性がない,診療科によってバラバラである,なんとかならないかと思っていたときに出合った,というご感想をいただきました。
・情報の表示数,種類,優先度などを選別し,かつ,美しく表示することが「安全」につながるのではないだろうか

 表示方法がふぞろいのため見にくい,気付かれにくい,情報があふれベッドサイドが雑然としている,すっきりさせたい,という声もたくさん寄せられました。

改めて考えた医療看護支援
ピクトグラムのあり方

標準化の意義
 今後,私たちの考案したピクトグラムが,病室単位,病院単位ではなく,全国,いや全世界で病院にあるピクトグラムとして共通理解され,統一されることが,見守る目を増やすことにつながると考えています。つまり,似て非なるデザインの登場は安全を損なうことになりかねず,最も避けなければならないと再確認させられました。

 また,医療看護支援ピクトグラムのデザインは,標準化をめざすために日本サインデザイン協会に委託しています。ここでは検討委員会が設けられ,デザイナーが選定され,検討委員会の意見をもとにデザインの修正が重ねられました。デザインがシンプルなだけに,私など素人は簡単に作れるのではないかと思っていました。しかし,シンプルなデザインにするためには,何を最も伝えたいのかということと,情報を突き詰めていかねばなりません。依頼した私たちも加わっての非常に綿密で厳しい討議を要しました。そのようにして出来上がったものであることもご承知おきいただきたいと思います。

種類の厳選=情報の整理
 ピクトグラム作成に当たっては,生活情報の「整理整頓」を念頭に,情報を厳選しました。ピクトグラムの役割は「気付く」ことです。 気付いたその先のこと,例えば制限の注意のしどころ,あるいは制限の理由などまではピクトグラムに求めていません。

 ピクトグラムの種類が少ないという意見も現場からあったのですが,その理由を尋ねると,確実な情報をピクトグラムで表現したいという理由であることがほとんどでした。例えば,「飲水制限」表示。これには飲んでよい量,飲み物の種類,飲み方の情報が隠れています。この隠れた情報ごとにピクトグラムを作って表に出したいという要望です。しかし,家の表札を思い浮かべてください。「犬」とありますが,種類,吠え方,噛み付き度などは書いてありません。これで十分なのです。そのお宅へのかかわりによってさらなる情報の必要量は変わり,個別で対応すればよいのです。ベッドサイド表示はそのような表札と同じだと考えています。隠している情報はかなり近しい関係者が知ることであり,個人情報への配慮と思っています。

 通りがかった一般の方の目線で考えてみましょう。「手すり歩行の絵がついているのに普通に歩こうとしている。大丈夫?」「隣の方,食事が禁止されている。食べ物の話はやめよう」 と気付く。それがベッドサイドに集まる人たちの「いのちを見守るコミュニケーション」です。看護師に対しては,注意事項を想起したり,指示書を確認するきっかけになればピクトグラム表示の目的は達成です。正確な制限内容を知るには,やはり指示書,カルテからの情報収集が不可欠です。そうでなければ非常に危険です。

 そう考えていくと,ベッドサイドに表示する生活支援に関するピクトグラムはそれほど種類を必要としないのです。「食事」「排泄」「活動」「姿勢」と言葉にしたときにぱっと頭に浮かぶピクトグラム数は現在24アイテムですが,その程度が限界ではないかと思っています。安全のために整理整頓を追求するということは,医療看護支援ピクトグラムの種類をできるだけ増やさないことでもあると考えています。

美しい表示
 私たちは,ピクトグラムの美しい表示の仕方も考えてほしいと思っています。導入第1号の旭川赤十字病院では,病院のテーマや病室の色などを考慮したピクトグラムパネルが作られました。その結果,ピクトグラムが目立ちすぎることなく病室になじんでいます。安全のための美しいベッドサイド表示,それが「いのちを見守るコミュニケーションデザイン」だと考えます。

デザインの力と医療職の感性で現場を変える

 この1年間,デザインを発表し,第43回(2009年)SDA(日本サインデザイン協会)最優秀賞,2009年度グッドデザイン賞,そして日本タイポグラフィ年鑑2010・ピクトグラム部門ベストワークにも選ばれました。先日は,中学校の美術の教科書への掲載のお話もいただきました。非常に光栄なことです。これらが意味することを考えました。「高度技術化する医療とホスピタリティのギャップを埋めるコミュニケーションとして評価に値する」。これは,グッドデザイン賞の審査委員からの講評です()。「いのちを見守るコミュニケーションデザイン」が高度技術化する医療とホスピタリティのギャップを埋めるコミュニケーションとなるかどうかは,実はこれからが本番です。導入には,統一,情報整理,そして美しいしつらえ,という作業が必要となり,容易なことではないと思います。

 先日,導入を検討してくださっているある病院の方から,「職場会議でピクトグラム導入の話をしたら,いつもの会議が少し和らいだように感じました」とのご連絡をいただきました。デザインの力と医療職者の感性が現場の何かを変える予感がします。「いのちを見守るコミュニケーションデザイン」が期待に添えられるよう,今後も研鑽を積んでいきたいと思います。

註)http://www.g-mark.org/award/detail.html?id=35990&sheet=eval

*デザインマニュアルができあがりました。詳細は研究会ホームページをご覧ください。

(おわり)

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