医学界新聞

インタビュー

2010.02.15

「飲ませない」から「安全に,おいしく飲んでもらう」へ
松浦好徳氏(山梨県立北病院副看護師長)に聞く,多飲症・水中毒治療の新機軸


 「多飲症」「水中毒」(MEMO)の治療はこれまで,患者を水から引き離し,看護師の監視のもと,厳重に管理することが一般的とされてきた。しかし,飲水→隔離→開放→飲水……の繰り返しで症状の改善がみられないこともままあり,患者もスタッフも疲弊し,両者の関係も悪化しがちだった。

 しかし,このほど上梓された『多飲症・水中毒 ケアと治療の新機軸』(医学書院)では,山梨県立北病院の多飲症病棟スタッフによる,従来の手法とは大きく異なる多飲症へのかかわり方が明かされている。北病院の目標は,「水を飲ませない」ことではなく,「患者自身が飲水量をコントロールして,安全においしく水が飲める」こと。病棟は開放的な環境が保たれ,血液検査や体重など数値に基づいた体調管理と,患者個人との信頼関係に基づく濃密なかかわりや心理教育とが両立されている。そうしたケアが両輪となり患者の過剰な飲水を防ぎ,セルフコントロール能力を高めていくことにつながるのだ。

 本紙では,著者の一人であり,20年来多飲症とかかわってきた松浦好徳氏に,新たな視点からとらえた多飲症・水中毒治療について話を聞いた。


患者との信頼関係が飲みすぎを防ぐ

――病院独自の「安全に水を飲んでもらう」という考え方は,どのようにして生まれてきたのでしょうか。

松浦好徳氏
松浦 当院でも初めは,患者さんにいかに水を飲ませないか,ということに専念しており,院内の保護室の大半が多飲症の患者さんで慢性的に占められていました。そうした状態の改善のために多飲症専門病棟をつくったのですが,そこでも当初は飲水の管理,監視が中心だったんです。

 でも,水の飲み過ぎによる失神やけいれんの発作を恐れて必死で止めれば止めるほど,患者さんは私たちの目の届かないところで飲んでしまう。飲ませないために隔離しても,隔離を解除した瞬間にダッと水飲み場に走っていくような状況がずっと続き,スタッフも患者も互いに不信感を持ち,疲弊していました。

 そこで2003年に,飲水を無理やり止めるのではなく,患者さんの飲みたいという思いを理解し,気持ちよく飲んでもらおうと意識を変えたんですね。患者さんが自由に病棟内で過ごせるようにするとともに,看護室に氷水を用意して,水を堂々と,おいしく飲んでもらう工夫もしました。私たちが「申告飲水」と名付けた方法です。

――看護室で5杯,6杯と水を飲まれた場合,不安になりませんか。

松浦 確かに当初は,こんなに飲んで大丈夫だろうか,と心配になることもありました。でも患者さんはスタッフを信頼して水を飲みに来てくれているので,ここで制限してしまうと失望され,結局こっそり飲まれることになる。ですから,徹底して患者さんを受け入れ,看護師とのかかわりを増やして緊張状態をほぐすことを心がけました。

 その結果当院では,現在隔離はまったく行っておらず,以前はほぼ終日個室で施錠されていたような患者さんも一人で外に散歩に出かけていますし,開放病棟への転棟や退院を検討できる方も出てきました。

――患者さんとの信頼関係を深めていくことが,過剰な飲水の防止につながるのですね。

松浦 ええ。一人の人間としての患者さんを知ろうとすることが大切だと思います。好きなこと,夢中になれることを見つけてもらい,飲水への執着心を薄められるよう,カラオケなどのレクリエーションや作業療法も行っています。皆さん意外と,やればできるんですよね(笑)。それまでの厳しい管理は,その人自身の能力を押さえつけていた面もあったのかもしれません。

 また,患者さん自身が多飲症について知ることも,自発的な飲水管理につながると思います。当院では患者さん向けに「多飲症心理教育」を行っています。水をたくさん飲んだ際の体や気持ちの状態を思い出してもらうことから始まり,多飲症の病態や,飲量の調節方法などをステップを踏んで学習しています。認知機能が低下している患者さんも多く,当初は話を聞いてもらうのも苦労しましたが,視覚・聴覚に訴える授業構成を工夫しつつ,根気よく続けていくことで,少しずつ行動が変容してきた患者さんもおられます。

――飲水量の把握のためには,どのような手段をとられているのですか。

「申告飲水」を行う患者。看護室で飲水することで,スタッフとのコミュニケーションもはかれる。今では「申告飲水」でしか水を飲まなくなった患者もいるとのこと。
看護師が付き添い,体重測定を行う。朝昼夕の最低3回は計り,増減パターンを把握する。数値は患者自身が折れ線グラフに記入。体重を意識することが,セルフケアにつながる。
松浦 「申告飲水」でもある程度はわかりますが,目安となるのは体重ですね。入院時に,血液検査を指標にベース体重を設定し, ベース体重から4-5%増加した状態(血清ナトリウム値が10m Eq/L以上低下)をリミット体重としています。

 安全に水を飲める量というのは個人差が大きいため,一律に体重で制限するのは必ずしも最善ではありません。ですからリミットといっても「上限」ではなく,あくまで患者さんにとっての「目標」を意味するものとしています。

 ベースとリミットを定めた後は,毎日の体重測定で増減の幅やパターンを見ていきますが,リミットぎりぎりになったから注意する,ではなくて,リミット以内に収めたことをほめてあげる,認めてあげるほうが患者さんもやる気になります。もし少し超えてしまっても,水中毒につながるような身体症状が表れていなければ,まずは「リミットが厳しすぎなかったか」ということを考えてみる。そして,患者さんを励ましつつ改善をめざすという姿勢が大切だと思います。

 血液検査も重要ですが,患者さんへの侵襲があるものです。当院では,ベース体重設定時の定期検査以外には,起床時にベース体重より2kg前後変動していた場合と,リミット体重から1kg以上超えた場合に行うという,緩めの設定にしています。

――急激な飲水から水中毒に陥って倒れた場合,身体科の救急に運ばれることも考えられますが。

松浦 そうしたケースも耳にします。原因が「水」だけに,その危険性の意識が薄く,医療関係者でも水中毒にピンと来ない人はまだまだいると思います。救急で搬送されてくると一見単なる低ナトリウム血症に思えますから,ナトリウム補正をどんどんかけられてしまう場合もあるのですが,急速な補正は橋中心髄鞘融解症など脳へのダメージを引き起こす恐れもあります。当院では経験上,水中毒治療の基本はあくまで水分制限と排尿で足ると考えています。

――患者さんが安心して水を飲めるけれども,飲みすぎないでいられる,という環境を整えるためには,スタッフ側の連携も重要になってきそうですね。

松浦 そうですね。“管理・監視”から,“受容・かかわり”へ,多飲症治療にかかわるチーム全員の意識共有が,「安全においしく水を飲んでもらう」ための第一歩なのかな,と考えています。もし一人でも“監視”する人間がいて,「またそんなに飲んで!」などと叱ったら,構築してきた信頼関係が無に帰してしまいます。

 また,自分の夜勤時に体重が増えてしまった患者さんがいても,次の日勤のときには調整してもらえる,という看護師同士の信頼感も,根気よくケアを続けるためには大切だと思いますね。

 北病院の手法は,これまでのような過剰な管理でもなく,かといって放任でもなく,その中間にあると言えます。そのノウハウのすべてを,今回の『多飲症・水中毒 ケアと治療の新機軸』に託しましたので,ぜひ参考にしてください。

――ありがとうございました。

MEMO:多飲症・水中毒とは
 多飲症は,統合失調症を中心とした精神疾患発症後,5-10年経過した慢性期にみられることが多い病態で,妄想や強迫観念などさまざまな原因により,体重が明らかに増加し日常生活に支障を来たすほど水を飲んでしまうことを言う。決して珍しい病態ではなく,精神科に長期入院している患者の20%前後が多飲症を併発しているとも言われる。多飲による血中ナトリウム値の低下は,いらいら感や嘔吐,失禁などの身体症状を惹起し,その状態が続くことで心不全や骨粗鬆症などの合併症を引き起こすこともある。また,急激な飲水の結果水中毒となり,重度になるとけいれんや意識障害などの発作が生じる場合もある。しかし,病的な飲水か否かの線引きは個人差が大きいため難しく,これまでのケアは一律な飲水制限や保護室への隔離などの措置のみにとどまる場合が多かった。

(了)

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