医学界新聞

連載

2010.02.08

論文解釈のピットフォール

第11回
より重篤度の低いエンドポイントの客観性

植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)


前回からつづく

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除 去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。


 前回,前々回は,最近の臨床試験で多く使用される複合エンドポイントの問題点と解釈上の注意点についてお話ししました。重篤度が異なるエンドポイントを組み合わせて複合エンドポイントとして取り扱うと,重篤度が低いイベントの発症が多い,(本当に評価したいエンドポイントが発生する前に)観察中止となってしまうなど,重篤なエンドポイントのリスクを正しく評価できない場合があることがわかったと思います。

 このやや重篤度の低いエンドポイントには,もう一つ問題があります。それは客観性の問題です。臨床試験のエンドポイント判定は,できるだけ標準化されたものでなくてはなりません。Aという試験では狭心症の悪化として心血管イベントになるけれど,Bの試験ではならない,ということでは,読む側は困るのです。

 心血管イベントの場合に問題になるのは,この狭心症や心不全の悪化およびそれらが理由となる入院,TIA(一過性脳虚血発作),そしてPCI(経皮的冠動脈インターベンション)やCABG(冠動脈バイパス術)のような治療をエンドポイントとした場合です。まず,「狭心症の悪化」というエンドポイントを考えてみましょう。これをどのように定義するかは難しく,実際試験によってまちまちです(表1)。言葉通りであれば,急性冠症候群として治療すべきなのですが,はっきり記載されていません。入院の基準も示されていません。

表1 臨床試験におけるエンドポイントの判定基準
同じエンドポイントでも試験によって診断基準が異なる。左の「比較的緩やかな基準」は多くの動脈硬化性疾患の臨床試験で用いられている。右の「比較的厳しい基準」はACTION 研究1)で用いられたもの。

 表2に示したのは安定狭心症患者を対象とした臨床試験の結果ですが,死亡率や心筋梗塞の発症率からみると,ACTION研究1)は他の2つの試験2,3)と比べて明らかにリスクが高く,冠動脈の病変に関しても重症患者を多く含む可能性があります。しかし,狭心症の悪化(ACTIONでは「治療抵抗性狭心症」と記載)をみると,むしろ軽症の患者を対象とした他の研究よりも少ないのです。これは,おそらく診断基準がACTIONのほうがより厳しいため(表1の「厳しい基準」を採用),あいまいなものがイベントとみなされていないせいだと思われます。

表2 冠動脈疾患患者におけるCa拮抗薬のランダム化臨床試験のエンドポイントと発生率
ACTION研究では狭心症の悪化(論文では治療抵抗性狭心症と記載)の基準が厳しいので,一般的な基準を採用したCAMELOT研究,PREVENT研究と比較して死亡や心筋梗塞は多いが,狭心症の悪化は少ない。

 理想的には,どの試験にも同じ基準を適用すべきなのですが,試験の目的や実施環境(一次予防か二次予防か)などによっては適用が難しい場合もあります。高齢者の試験では,腎機能低下やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの合併症を持つ患者も多く,心不全の悪化,新規発症なども判定が難しいと思います。診療として,心不全と診断し治療することは難しくないですが,感染症が引き金となって発症する場合や,心筋虚血の結果として発症する場合があるので,臨床試験のエンドポイントとしての判定は容易ではないのです。

 さらに,入院となると合併症のほか,社会的な因子も関与してきますし,症状,所見が重篤であるかどうかだけでは入院は決まりません。PCI,CABGといった治療を実施する決断も,ある程度の基準は設けられていても個々の医師の考え方や医療環境の違いが反映されると思います。

治療内容を知っていたらバイアスが発生するかもしれない

 それでは,厳密な共通の定義なり診断基準を作成すれば,それでいいのでしょうか? 確かに,それはまずやるべきことではあるのですが,それでも客観性が維持できているとは言えないのです。

 まず,エンドポイントとして評価されるには,現場の主治医からの報告がなければなりません。最近の試験では,最終的な判断は割り付け治療を知らない独立した委員会が判定するPROBE法(Prospective Randomised Open Blinded Endpoint;患者も医師も割り付け治療の内容を知っているが,エンドポイントの判定は割り付け治療を知らない独立した委員会が実施)が多くなっていますが,エンドポイントがあいまいな場合,主治医が「報告しない」ことが可能です。二重盲検法の試験でなければ,主治医が治療内容を知った上でエンドポイントとして報告するかどうかを決めるわけですから,結果にはどうしても主治医が治療内容を知っていることが影響します。患者さんにしても,ある薬剤を使用しない群に割り付けられていると知ったら,何らかの症状が出現したときに,使用する群に割り付けられている場合と比べると不安になり,外来予約日でなくても受診するかもしれません。また,主治医も「薬剤を使用していない」ことから,判断に迷った場合に入院を選択する可能性があります。

 逆に薬剤使用群であれば,症状に関してはより軽症と判断されるかもしれませんし,予想される副作用には敏感になります。例えば,アスピリンを服用していることを知っていれば,軽微な出血でも患者さんも医師も気にかけますね。このように,治療内容が知られていることで,まず主治医の判断,報告に影響する可能性があるのです。報告された例は委員会で検討されますが,報告されなかった例は検討されません。もちろん欧米のようにすべての臨床試験に関してGCP(Good Clinical Practice;医薬品の臨床試験の実施の基準)遵守が求められ,モニタリング,監査が十分に実施されればこのようなことを防げる可能性があります。診療録と報告書の照合が行われれば,判定はより客観性を持つと思いますが,現実にこのようなことを全例に行うのは難しいのではないでしょうか。

二重盲検法なら大丈夫?

 それでは,医師も患者も治療内容を知らない二重盲検法なら大丈夫でしょうか? 二重盲検法の場合,先述した診断に関するバリエーション,治療開始の基準に関するバリエーションの影響は避けられませんが,患者,主治医の判断に割り付け治療が影響することはないと思います。そういう意味では,二重盲検法なら評価に用いることのできるエンドポイントの範囲は広くなると思います。

 しかし,試験によっては二重盲検法が必ずしもふさわしくない試験,用いることができない試験もあります。また,前述したPROBE法にも利点と欠点があり,PROBE法でなければ不可能な試験もあるのです。そもそもコホート研究になると二重盲検化は無理ですね。

 次回はさらに,研究デザインとエンドポイントについてお話しします。

つづく

参考文献
1)Poole-Wilson PA, et al. Coronary disease Trial Investigating Outcome with Nifedipine gastrointestinal therapeutic system investigators. Effect of long-acting nifedipine on mortality and cardiovascular morbidity in patients with stable angina requiring treatment (ACTION trial):Randomised controlled trial. Lancet. 2004;364(9437):849-57.
2)Nissen SE, et al. CAMELOT Investigators. Effect of antihypertensive agents on cardiovascular events in patients with coronary disease and normal blood pressure: the CAMELOT study: A randomized controlled trial. JAMA. 2004;292(18):2217-25.
3)Pitt B, et al. PREVENT Investigators. Effect of amlodipine on the progression of atherosclerosis and the occurrence of clinical events. Circulation. 2000;102(13):1503-10.

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