PBLを超えるTBL「チームLEAD」(徳田安春,後藤英司)
寄稿
2010.02.08
【寄稿】
PBLを超えるTBL「チームLEAD」デューク・シンガポール国立大学医科大学院の視察より
徳田安春(筑波大学大学院教授)
後藤英司(横浜市立大学大学院教授)
PBLの弱点を克服するTBL
わが国の医学教育において普及しつつあるProblem-based Learning(PBL)テュートリアルだが,臨床で役立つ問題解決能力を学べるというメリットの一方で,次のような弱点も抱えている。まず,PBLは労働集約的な側面があり,少人数の学生グループに対しそれぞれ教員を割り当てる必要があるので,学生数が多い大学の場合は,大量のマンパワーが必要となること。次に,学習者の主体性を尊重するため,自主学習へのモチベーションが低い学習者に対する教育効果が小さく,学習集団に対して均質な学習効果を得ることが困難であるとされていることである。
医療崩壊の主要因の一つとして挙げられている「医師不足」問題に対し,新政権は医学部定員の増員を政権公約として掲げているが,学生増加によるPBLテュートリアルでの負担増大に対応できる教員数を確保できる保証はない。かといって,従来型の講義中心カリキュラムに全面的に回帰しても問題解決にはならず,全国の医学部で講義中の居眠りや講義の欠席が後を絶たない状況に戻ってしまうだけであろう。
このような状況で最近,従来型講義でもPBLテュートリアルでもなく,かつPBLの弱点克服の突破口となる「第三の学習方略」として,Team-Based Learning(TBL)が注目されている。
TBLは,もともと1980年代初期に,Larry K. Michaelsen氏(現セントラルミズーリ大学経営学教授)がビジネススクール向けに開発した教育方法である。従来の講義形式の学習法すなわち「受動的学習」とは異なり,事前に問題が与えられ,個人とチーム単位の双方から解決していくプロセスを通して学習を深める「能動的学習」が特徴となっている。TBLでは,クリティカルシンキングの方法を学べるというPBLの利点を備えながらも,クラス全員に対する1日単位のセッション当たりの教員配置は3名程度で済むことに加え,学習者個々人への適度なプレッシャーを与えることが可能で,PBLテュートリアルの弱点を克服できる新たな学習方略として期待されている。
Duke-NUS独自のTBL「チームLEAD」
チームLEADにおけるFLDの一風景 |
同院の教育学部副学部長Vice DeanであるRobert K. Kamei医師によれば,チームLEAD実施前,入学時試験Medical College Admission Test(MCAT)においてDuke-NUSの学生平均は全米平均スコア以下だったが,実施後のUnited States Medical Licensing Examination(USMLE)のSTEP1では,全米平均スコアを大きく上回り,非常に大きな成果が得られたとのこと。また,Duke-NUSでは基礎医学を1年間で習得するカリキュラムを採用しているが,このような短期間での履修で全米平均スコアを超越する優秀なレベルに到達しているのは,チームLEADを採用しているからだという。
基礎と臨床を関連づける課題設定
チームLEADではまず,学生群は基礎医学履修学年の初めにいくつかのチームに分割される。チーム内の顔ぶれは,年間を通じて同一となる。各コースに先立ち,学生には,Individual Preparation of Assigned Reading (IPAR)という「個人単位で学習するための重要事項集」が事前に配布され,これを入念に予習することが求められる。
コースが始まると,最初に「レディネスアセスメント(導入テスト)」の時間が設けられ,ここでスクラッチカードを用いた多肢選択式試験が個人単位とチーム単位でそれぞれ実施される。個人単位のテストはIndividual Readiness Assessment(IRA)と呼ばれ,教科書参照不可の状況で多肢選択式問題を解答する。チーム単位のテストは,Group Readiness Assessment(GRA)と呼ばれ,IRAと同一のテストに,個人単位ではなくチーム単位で取り組む。
レディネス完了後,学生はそれぞれのチームにおいて,Student Lead Discussion(SLD)と呼ばれる「学生主導型ディスカッション」を行う。チーム単位で,GRAで出された質問の解答について検討していくものであり,学生は,標準的な教科書を活用したり,医学文献をネットで検索したり,お互いに議論したりしながらディスカッションに参加する。この間,大学職員3名が時間管理などを担当する。また,別室において担当教員3名が授業内容について綿密な打ち合わせを行う。その後,全体討論の形式で,教員がそれぞれのチームに解答を発表させ,さらにその正当性についての説明を求めるという,Faculty Lead Discussion(FLD),すなわち「教員主導型ディスカッション」が行われる。
次に解答編のセッションとして,「教員による問題レビュー」Faculty Application Review(FAR)へと移る。最後に特別授業として,コンテンツエキスパートによる特定のテーマに関する講義が20-30分間行われ,1日のセッションが終了する。またコースの進行中,一定の間隔をおいたタイミングでピアレビューが行われ,ここでは学生がチームワークにどれだけ貢献できたかという点に主眼が置かれ,このピアレビューの成績は,最終成績の約10%として反映される。
チームLEADでは,患者の診断や治療に学習内容を活用するための能力やスキルの訓練を目標としており,基礎医学と臨床医学とを直接関連付ける統合型カリキュラムとして,学習の焦点をリアルかつ重要な臨床的課題の解決方法に当てている。また,チーム単位で学習することによって,学生が自分の意見を述べたり,他人の意見を批判的に分析したりする能力を高めることも目標としている。学生同士で新しい知識を教え合いながらチームで協力する方法を習得できるという点でも,実際の臨床現場におけるチーム医療に役立つ効果が期待されている。
わが国へのTBL普及における課題と可能性
現在のように地域医療が崩壊しかけているわが国の現状では,良質な医師を早急に,しかも数多く養成することが社会から求められているとも言えよう。現在既に高知大学医学部がTBLを導入し,一定の効果を得たと聞いている。しかしながら,わが国においてTBLを導入する際の課題として,筆者らが感じたことを述べる。
まず,医学知識の習得過程が自習中心であるため,対象者が優れた学生である必要があること。学習者の能力に差がある場合は,予習段階で脱落者が出ないような配慮をすべきと思われる。また,医師国家試験レベルの症例問題をベースにTBLを行うとすると,国家試験の準備教育にはなるが,内容の濃い臨床推論の学習にはならないであろう。やはりDuke-NUSのように自己学習能力に優れた学生がいて,教員による周到な準備や計画があり,初めて実現可能な教育方略だと思われる。
だが一方で,わが国においては米国などと比較して医学部教員数が極端に少ない。このため,デューク大学のように好条件がそろっていなくとも,効率的かつ効果的であるという点で従来型講義やPBLテュートリアルに勝る可能性が大きい,チームLEADのような教育方略を導入する医師養成機関が今後増加するであろうことを予感するのは,筆者らだけではあるまい。
※今回の視察は,平成21年度厚生労働科学研究費・地域医療基盤開発推進研究事業「医学部教育,臨床研修制度,専門研修を縦断するカリキュラムの作成と医師養成の在り方に関する研究:主任研究者・徳田安春」の研究調査活動の一部として行われた。
徳田安春氏 1988年琉球大医学部卒。沖縄県立中部病院総合内科,聖路加国際病院/聖ルカ・ライフサイエンス研究所臨床疫学センターを経て,2009年より現職。ハーバード大MPH,医学博士,日本内科学会認定総合内科専門医,日本プライマリ・ケア学会認定指導医,FACP。現在、水戸協同病院にて地域医療に従事中。 |
後藤英司氏 1975年横市大医学部卒。同大助手を経て,84-86年AHA(米国心臓財団)研究フェローとしてカリフォルニア大サンフランシスコ校(UCSF)で神経内分泌学の研究に従事。91年横市大第2内科講師。2002年より医学教育学教授。04年より臨床研修センター長。医療安全カリキュラムの開発や医系サイエンスコミュニケーターの養成をめざしている。 |
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