医学界新聞

寄稿

2010.02.01

【寄稿】

PATを用いたトリアージの有用性

西山和孝(北九州市立八幡病院小児救急センター)


病態把握の共有化が必要

 当院は,救命救急センターとともに小児救急センターを併設し,15歳以下の患者に関しては疾病のいかんにかかわらず,外傷・中毒も含め小児科医が初期診療と入院治療を行う診療体制をとっている。ここでは,小児科のみで年間4万人超の外来患者と3500人超の入院患者を扱っている。外来治療のみで完結する一次救急患者から入院を要する二次救急患者,集中治療などを必要とする三次救急患者まで,15歳以下ということであれば小児科がすべて対応することが当院小児救急センターの特徴であり,必要に応じて外科や脳外科など外科系診療科に専門治療を仰ぎながら,一貫した入院治療とその後の外来継続治療を行っている。

 夜間においても小児科医3名による診療体制を維持しているが,年々増加する小児救急患者受診数に対して,それまでの単純に受付順で診察を行うシステムでは,重篤な患児を診察するまで待ち時間が長くなるという問題が認められるようになっていた。すなわち医師,看護師などのコメディカルはもちろんのこと,保護者までを巻き込んだ,救急受診時における緊急度を通した病態把握の共有化を行う必要性に迫られてきた経緯がある。

 救急患者を診察する上で常に念頭に置かなければいけないのは,受診理由となる疾患の緊急度と重症度である。この2つは常に共存するものではない。例えば,腸重積は小児の腹痛の原因として鑑別に挙がる疾患であるが,適切に診断し治療を行えば生命を脅かすものではなく,緊急度は高いが重症度は低いものと考えられるであろう。一方,白血病の患児は発熱や血液検査の異常の中で見つかる疾患であり,緊急度は低いが重症度は高いといえる。

 しかしながら,自らの主訴を発することが可能な成人ですら,緊急度と重症度を判断するのが困難な場合が多く,啼泣や不機嫌などからしか患児の状態を判断できない小児患者の対応は,普段小児を扱わない医療従事者(他科医)にとっては困難なものである。小児を扱わない医療従事者が小児救急患者の診察時に注意するキーワードは,「not doing well(何となく元気がない)」というごく抽象的なもので扱われるだけである。患児の診断・治療を行うのも困難な上に,患児以外の同行者(その多くが両親)を納得・理解させることが必ずしも容易でないことにより,他科医の診療参加という点で,さらに小児救急診療の敷居を上げてしまっている。そこで,当院では緊急度の高い患児をより早く正確に見つけ出す手段として2006年よりトリアージシステムを導入した。

日常的に使えるツールとして

 導入のモデルとしたのは,2001年にカナダ救急医学会が発表したCanadian Paediatric Triage and Acuity Scale(P-CTAS)である。このトリアージの特徴は,Pediatric Assessment Triangle(PAT)を用いて患児の概要を評価し,その後に,意識状態,心拍数,呼吸数,体温,酸素飽和度(SpO2)などを用いて5つのトリアージレベルに分類することである(図1,2)。

図1 PATの概要

図2 PATを用いたトリアージ基準

 PATはA,B,Cの略字で代表される3つの要素から構成されており,AはAppearance(外観・見かけ),BはWork of Breathing(呼吸状態),CはCirculation to Skin(循環・皮膚色)を表している。ABCの項目にはそれぞれ小項目が存在し,診察者はその小項目に異常があるかどうかを判断し,1つでも異常がある場合には「PATの異常」として対応し,トリアージレベルをIII以上とする。

 PATの優れている点は,何ら道具を用いることなく評価できることである。つまり,医師だけでなく看護師あるいは救急隊などの医療従事者がどこでも日常的に使えるツールなのである。PATにより,今まで「not doing well」で表現されてきた抽象的な患児の状態を具体的に表現することができるようになり,当院の医療従事者間での共通言語として認識されるようになった。そのため,以前までは単に「患児の具合が悪いから早く診てほしい」と相談していた看護スタッフも「PATが悪くトリアージレベルがIであるため,早期の診察をしてほしい」とより具体的に,かつ病態を予測しての表現に変わり,それを聞いた医師も緊急度を理解し,より早く患児の診察を行うことが可能となっている。同時にその対応を目前で見守る保護者にも安心感を与え,子どもの状態評価の教育が自然に行えるという利点も得られている。

 現在徐々に普及してきている小児の二次救命処置法であるPediatric Advanced Life Support(PALS)においても,小児評価のアプローチの初期評価項目としてPATを用いている。PALSでは,PATの評価に続いてBasic Life Support(BLS)やAdvanced Cardiovascular Life Support(ACLS)でも用いられているABCDアプローチに代表される一次評価(Primary Survey)へと進めていく過程が示されている。救急医療においてようやく共通言語として認識されるようになってきたABCDアプローチ(Primary Survey)や二次評価(Secondary Survey)と同様に,今後小児におけるPATの認知度の上昇が望まれる。

トリアージの普及・定着に向けて

 当院では,あえてトリアージ専門の医師や看護師を育成せず,小児救急にかかわるスタッフ全員がトリアージを行える体制をとり,全員が受診児の緊急度に対する共通の認識を持つことを重視している。ただ,そのためには個々のスタッフによりトリアージ能力の差異が生まれることを避ける必要があり,定期的なケースシナリオによるトリアージ教育を行っている。

 日々の実践トリアージやトリアージ教育によりトリアージミスやアンダートリアージが減少することは,当院のスタッフを対象に導入初年と翌年に行った疑似想定患者の設問30問に対する試験調査により経験している。トリアージ導入以前に比べ,より緊急度の高い患者を少しでも早く診察することが可能になり,患児の同行者に対しても診察までの待ち時間や現在の状態を説明することで,待つことへの安心感を与えることが可能になった。このため,一度だけでなく,反復トリアージを行うことが重要である。

 今後は,トリアージを導入することで保険点数が付加されるような体制を導入し,普及していくことが望まれる。何よりもトリアージを受ける患児の保護者が安心感を得られること,子どもの急病の病態などの判断教育になることなどから,早く国民のコンセンサスが得られることも望まれる。また,トリアージを現場に導入するにはシステムの問題など困難な点も多いと思われるが,PATというツールを用いることは個々の意識で可能なことである。こうした具体的なツールを小児救急領域に導入することで,小児診療に不慣れな他科医が少しでも小児救急へ参加することができるためのきっかけや手助けになれば幸いである。

*詳細な講義資料やトリアージ表などは,当院HPよりお問い合わせください。
 http://www.yahatahp.jp

参考文献
1)Warren D, et al, the National Triage Task Force members. Canadian Paediatric Triage and Acuity Scale:Implementation guidelines for emergency departments. CJEM. 2001;3 (4suppl):S1-27.
2)American Heart Association, 日本小児集中治療研究会(監).PALS プロバイダーマニュアル.シナジー.2008.
3)Marianne Gaushce-Hill, et al, 吉田一郎(監訳).APLS小児救急学習用テキスト(原著“The Pediatric Emergency Medicine Resource,Fourth Edition”).診断と治療社.2006.


西山和孝氏
2002年阪大医学部卒。同年同大病院高度救命救急センターへ入局。大阪警察病院などを経て,08年より現職。救急医療の中でも,熱傷を含む外傷・中毒・小児救急を専門としている。成人救急医療と小児救急医療との架け橋を担うとともに,事故・外傷まで対応可能な総合小児救急医(マルチ小児救急医)の育成に力を入れている。

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