医学界新聞

連載

2010.01.11

論文解釈のピットフォール

第10回
重篤度が異なるエンドポイントの複合で起こる問題

植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)


前回からつづく

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除 去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。


 前回は,複合エンドポイントの欠点として重篤度,重要性の異なるイベントが一緒にされ,むしろそれらの低いエンドポイントが多く発生し,そこで差がつくことが多いことや,薬剤の効果が一貫しておらず,それぞれのエンドポイントによって異なる場合の解釈が困難なことなどをお話ししました。今回も引き続き,複合エンドポイントを解釈する際の注意点についてお話しします。

複合エンドポイントの落とし穴

 臨床試験では,あらかじめ設定されたエンドポイントが発生するまでの時間を各治療群間で比較します。また,あるエンドポイントが発生すると,そこで観察はいったん打ち切られます(理想的には,死亡以外の場合は引き続き観察したほうがいいと思います)。

 もし,複合エンドポイントが一次エンドポイントとして設定されていたとしたら,その中で最初に起こったイベントを(一次エンドポイントとして)カウントするわけですから,その後に何かのイベントが起こったとしても,それは一次エンドポイントとしてはカウントされませんね。重篤度の低いイベントは「起こりやすい」わけですから,重篤度の低いイベントが先に起こると,その後に起きた,より重要で重篤度の高いイベントはカウントされず,薬剤の効果もそのイベントに関してはわからないことになってしまいます。

 極端な例を挙げてみましょう。心不全の薬剤は,総死亡で評価されているものが大多数ですが,「心不全による入院」というエンドポイントでも評価されることがあります。患者にとっては,入院するか否かは重要なポイントですから,入院に関する客観的な基準があれば,評価しても構わないと思います。しかし,「心不全による入院」は,心不全患者には比較的早期に発生しやすいイベントであることに留意すべきです。

 図1は,「心不全による入院」というエンドポイントで薬剤AとBを比較したものです。この図を見ると,「心不全による入院」はどちらの薬でも100%発生していますが,B群の患者全員がA群の患者より遅く入院していますので,このエンドポイントを用いる限り,Bのほうがよい治療ということになります。

 しかし,その後も観察を続けたところ,死亡が図2のように起こったとしましょう。この場合,A群の患者が長生きしているため,Aのほうが生命予後に関してBよりも優れた薬剤ということになります。ところが,もし観察を続けていなければ逆の結果になってしまいますね。この研究のエンドポイントが「心不全による入院+総死亡」であったとしても,最初のイベントをカウントするならばBのほうがよい薬剤になりますし,これほど極端ではなくても,入院での差が「心不全による入院+総死亡」の差となってしまうことが考えられます。

図1 心不全薬臨床試験における治療薬A群およびB群における心不全による入院までの期間 図2 心不全薬臨床試験における治療薬A群およびB群における心不全による入院および死亡までの期間
心不全での入院は治療薬Aでより早期に発生しており,これをエンドポイントとして評価すると治療薬Bがより優れた治療とみなすことができる(図1)。しかし,入院で観察を止めず,死亡,あるいは試験終了まで観察を行った場合,死亡までの期間がより長い治療(治療薬A)が優れていることになる(図2)。したがって,「心不全による入院+死亡」という複合エンドポイントを用いた場合,最初のイベントで観察を打ち切ると,正しい評価ができないことになる。

重要なイベントの総数を見るべき

 つまり,心不全などの重篤な疾患の臨床試験を読む際は,有効性評価においても安全性評価においても死亡を重視すべきなのです。きちんとした試験であれば,複合エンドポイントでも試験期間中の全死亡は記載されていると思いますが,死亡のみならず,本来はファーストイベントに加え,それぞれのイベントの総数が記載されるべきです。

 表に示したのは,Val-HeFTという試験の結果です1)。この試験では,ACE阻害薬などで治療している心不全患者において,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)バルサルタンとプラセボを投与した効果を比較しています。すなわち,β遮断薬やACE阻害薬などの心不全治療の標準薬にさらにバルサルタンを加えることが,予後を改善するかどうかを見た試験です。

 Val-HeFT研究のエンドポイント内訳
Val-HeFT研究では,バルサルタン追加による複合一次エンドポイントの発症リスクは減少したが,もう一つの一次エンドポイント総死亡は減少しておらず,主として入院の減少であったと解釈できる。

 この試験では,二つの一次エンドポイントが設定されています。一つは総死亡で,もう一つは総死亡に心不全による入院などを加えた複合エンドポイントです。複合一次エンドポイント発生リスクはバルサルタン群で13.2%低く,有意差が生じています。

 しかし,エンドポイントである総死亡は,両群間に差はありませんね。結局入院が27.5%バルサルタン群で少ないためにこのようなことになったのです。この結果は,バルサルタンの追加投与は入院を減らすことができるが,生命予後の改善はみられない,と考えるべきでしょう。

死亡原因は区別が難しい

 総死亡はある意味で複合エンドポイントです。もちろん重篤度は同じなので,評価に際して問題になることはないのですが,心血管死亡,あるいは心不全による死亡で評価すべきという意見も当然あります。確かに,薬剤の効能,あるいは治療法の効果を評価するならば,心血管死亡のほうがより鋭敏に評価できるかもしれません。また最近の報告では,心不全患者のうち,特に駆出率が保持されている患者では,むしろ心血管以外の死亡原因のほうが多いとされています2)

 しかし,それでも臨床試験において総死亡で評価する理由はいくつかあると思います。一つは,実際の診療において何を心血管死亡とするか,定義や診断が容易ではないことです。心不全症状の悪化で入院したとしても,直接の死因は感染症であることも多いですし,そもそも心不全の悪化の原因としては,心血管以外の疾患の可能性も高いと思います。

 また,診療録から死亡原因を推定しようとしても,しばしば剖検の結果と一致しないことがあります。突然死を不整脈死とみなす抗不整脈薬の臨床試験もあったようですが,正当化されていません。要するに,原因別の死亡や入院は診療の現場では厳密に区別できない可能性があるということです。

 もう一つは,死亡というエンドポイントは有効性評価で用いられるとともに,安全性評価のエンドポイントでもあることです。例えば,ミルリノン(フォスフォジエステラーゼIII阻害薬)などの強心薬は,心収縮力の改善など短期的な心機能の指標,あるいは生活の質に関しては改善しますが,長期の臨床試験においてはむしろ総死亡を増加させることが報告されました2,3)

 したがって,心不全の場合,いかに生活の質を向上させる可能性があっても,死亡リスクを上昇させないことが安全性評価として確認できなければ実際には使用できません。また,心血管死亡をエンドポイントとしたときに,ほかの原因による死亡を解析上どう扱うか(打ち切りにするか,競合リスクイベントとして取り扱うか)も問題になることがあります。

 次回は,研究デザインとエンドポイントの設定についてお話しします。

つづく

参考文献
1)Cohn JN, et al. A randomized trial of the angiotensin-receptor blocker valsartan in chronic heart failure. N Engl J Med.2001;345(23):1667-75.
2)Henkel DM, et al. Death in heart failure: a community perspective. Circ Heart Fail. 2008;1(2):91-7.
3)Packer M, et al. The PROMISE Study Research Group. Effect of oral milrinone on mortality in severe chronic heart failure. N Engl J Med. 1991;325(21):1468-75.
4)Cohn JN, et al. Vesnarinone Trial Investigators. A dose-dependent increase in mortality with vesnarinone among patients with severe heart failure. N Engl J Med. 1998;339(25):1810-6.

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook