医学界新聞

連載

2010.01.11

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第8回】これまでの議論を振り返って

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)


2858号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,医師の偏在の問題や,専門医教育制度といったマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていきたいと思います。


大滝 これまで本連載では,(1)医師の偏在の問題,(2)ジェネラルな能力と専門医としての能力をどう規定するか,(3)臨床研修カリキュラムの評価・コントロール方法,の3つ論点からわが国の医学教育について,ノエル先生と議論しながら考えてきました。

 今回はここまでの議論を松村先生と一度整理し,現状と照らし合わせ今後の日本の医学教育に必要なことをあらためて考えたいと思います。

医師不足問題を考える

大滝 現在の医師不足の原因として医師の偏在の問題を取り上げました。偏在には,診療科間の偏在・地域間の偏在・施設間の偏在の3つがあります。そのなかで,診療科間の偏在にはさまざまな議論がありますが,結論が出ていないのが日本の現状です。

松村 ノエル先生との議論では,欧米では診療科ごとの定員数のコントロールが中心で,ジェネラリストを含む全体の医師数のコントロールの仕組みは国ごとで異なるとのことでした。また,国が規制している場合と,学会などの専門職組織が規制をかけている国があるようです。翻って日本の現状を考えると,専門医の定員のコントロールはほとんどなく,専門医資格そのものにもあいまいな部分があります。

大滝 日本でも「標榜科」については,最近規制の動きが出てきていますが,学会として「この領域には医師がこれくらい必要だ」ということを打ち出すことも必要だと思います。

松村 しかし,専門医・ジェネラリストのどちらが不足しているかよりも医師の総数についての議論が先行し,その前段階となる,それぞれの診療科で必要とされる医師数の議論はあまり行われていない印象があります。

大滝 そうですね。ただ,医師数については,各診療科におけるトレーニング内容などと密接にかかわってきますので,その領域に詳しい医師からの意見がとても重要になると思います。

 一方,へき地や離島に医師が少ないといった地域間の偏在の問題は,ある程度行政を中心としてコントロールせざるを得ないように思います。

松村 地域間の偏在は,米国でも共通の問題でうまい解決策はなかなかないようです。ノエル先生の話では,米国ではインセンティブや義務年限,また強制配置的な手法である程度の規制をかけ,偏在を改善しようという動きがあるとのことですが,決定的な解決策はなく,教育を通じてかかわれることはあまり多くないようです。

大滝 日本の場合,職業選択の自由という権利が強調され,法律で強制的な配置を行うことは難しい状況です。全体の医師数を増やすことについてはある程度の合意が得られそうなので,医学部の定員を増やす方針を採っている英国の動向が参考になると思います。

 米国でも医師は足りないと認識されていますが,カリキュラムの基準を満たす医学校の整備が追いつかず,海外からの医師でその不足分を満たしています。つまり,米国では質を保ちながら医師を養成することが重要視されているようです。

松村 必要数を充足させるために医師数を増やすということと,医師のトレーニングや教育におけるゴールを変えることは,また別の話ですね。日本でどのような医師が必要かを議論した上でそれに沿った教育プログラムを組むことは,医師の増員と並行して行う必要があると考えています。

医局機能の代替法とは

大滝 施設間の偏在について,いま大きな議論になっているのは,「大学に人を戻せ」ということです。つまり,医局の持つ医師派遣機能が重要だから大学に医師を戻せということです。現状を考えると,確かに医局機能にある程度頼る必要はあると思います。一方,医局だけでなくそれ以外のシステムも構築し,医師の配置を調整する構造が多様になれば,全体としての調整機能が高まる可能性があると思います。

 いままでのノエル先生との議論ではあまり出てきていませんが,医師の配置を担ってきた日本の大学の医局のような機能が,外国ではいったいどのように行われているのか。医師の配置を調整するシステムが,日本と欧米ではどのように違っているのか,その点に関心を持ち続けています。

松村 医局の持っているきめの細かい教育機能は,確かに標準化という観点からは組織的ではありませんが,特に外科系などのスキルを磨く分野では,有効に機能していたと思います。ところが,新医師臨床研修制度がそのような教育機能を,カリキュラムとして行う意向がないままに始まってしまったことが,いろいろな問題を引き起こしているようにも思えます。

大滝 医師の教育機能の面だけでなく,セーフティネットの機能にも変化が生じていますね。いままでは,能力に少々ばらつきがあっても医局で調整してきたわけですが,その機能も弱くなってきています。外国ではどのようなセーフティーネットがあるのか,参考にしたいと思います。

ジェネラルな能力はどのように修得すべきか

松村 日本と諸外国との大きな違いに,諸外国ではどの専門科に進むにしてもまずジェネラルな研修をして,その上で専門医を取るための研修を開始するということがありました。日本でも,「プライマリ・ケアの基本的な診療能力の修得」を目標に新医師臨床研修制度が始まりましたが,求められる医師の基本的な臨床能力のレベルには不明確な部分があります。

大滝 そうですね。医師全員が身に付けなければいけない能力については,教える指導医側にも意識のずれがあります。今回,制度が見直されることとなりましたが,“専門医”としてのトレーニングをもっと早期から始めるべきだ,という意見が多く出されたことにも関係していると考えています。

松村 医師の偏在の問題が生じ,専門医養成のニーズが強くなってきたことも原因の一つと考えますが,長期的にみてその方向性で本当によいのかは少し疑問です。

大滝 ただ,ジェネラルな教育において卒前の臨床教育をもっと充実させたほうがいいということは,少なくとも医学教育関係者の間では共通認識になっています。しかし,卒前の段階で,かなりの医行為を学生が行う場合,それを患者側に理解してもらえるかという議論はまだ不十分です。

松村 そうですね。卒前の医行為にはやはり責任問題もありますし,診療報酬をどうするかといった経済問題も絡んできます。

大滝 詰めなくてはならないことはたくさんあるのですが,それが後回しされ卒後の話だけがどんどん進んでいる印象を持っています。幸い,医学部の共用試験が定着したので,卒前の臨床実習をどう充実させるか,もっと具体的に考える時期にきていると思います。

松村 卒前でも可能な医行為を充実させて,卒前に到達すべき医師としての基礎的な臨床能力を高めるということには,国民のコンセンサスが得られるのではないでしょうか。

大滝 そうなることを願っています。

日本に必要な専門医制度とは

松村 もう一つ,議論になっていたものに専門医研修の話がありました。米国では,専門医の認定や教育カリキュラムの規定は,政府や学会とは独立した中立の専門機関が行っていますが,日本ではそこまでの厳密なコントロールは行われていないのが現状です。

大滝 カリキュラムについては,管理を厳しくすればするほど対応できる施設が限られてきます。施設間の偏在とも関係しますが,そうなると狭い領域の専門医を養成できるのは全国でも限られた数の病院となり,その専門領域の学会や医師からの反発が生じると考えられます。

松村 そうですね。カリキュラムそのものの管理もありますが,認定を第三者が行うという場合,確かに透明性は高まるかもしれませんが,誰がその機関を運営していくことができるのか。日本の現状を考えると難しいかもしれません。今後どのような専門医制度を構築していくかという議論は,一般国民を含め行っていくことが必要ですね。しかし,米国と同様に独立した機関が行うためには,コストや手間など,乗り越えなければいけないハードルはたくさんあります。

大滝 そのような制度にうまく移行できるかですね。

松村 研修システムの透明性の確保ととコスト・手間のバランスをどう取っていくかは非常に難しく,そこがこれからの課題になると思います。

 ただ,個人的にはかなりのコストをかけてもやらざるを得ないと考えていますが,専門医への診療報酬の上乗せもない現状では,制度として難しいかもしれません。

大滝 いい教育をすることがその病院の信頼を高める。そう考える人が増えてきていると思います。

松村 そのような見方がさらに広まるといいですね。

大滝 ありがとうございました。今後の連載ですが,日本の医学教育で緊急性のある課題の一つに女性医師の問題があります。次回からはこのテーマについて,今後日本がどう対応していくべきかを,米国などの外国の状況を教えていただきながら,また,ノエル先生と議論したいと考えています。

次回につづく

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