Rapid Response Systemと患者安全教育(新開裕幸)
寄稿
2009.12.14
【寄稿】
米国病院視察記Rapid Response Systemと患者安全教育
新開裕幸(大阪大学医学部附属病院中央クオリティマネジメント部 副看護師長・専任リスクマネジャー)
皆様の病院では,患者の急変時にはどのように対応していますか。主治医に連絡をしていますか。それともコードブルーと呼ばれるような院内一斉コールで,病院全体から医師や看護師を召集していますか。
当院には,院内で患者が急変した際に,診療科を越えて救急医や集中治療医が駆けつける院内急変対応体制「CPRコールシステム」があります。これは,心停止だけでなく,循環・呼吸不全や意識レベルの低下時に,看護師や医師の判断で専用番号77(集中治療部)もしくは99(高度救命救急センター)に電話し,CPRチームの医師の応援を要請するというものです。応援要請のための明確な基準は設けておらず,コールの判断は個人に委ねられています。また,CPRチームによる処置の後に一般病棟での管理が難しい場合には,集中治療部や高度救命救急センターで集中管理を行っています。
最近,医療安全の領域で注目されている院内急変対応体制に,Rapid Response System(RRS)があります。このシステムは,患者の状態悪化時に,発見者である医療従事者があらかじめ決められているコール基準(酸素飽和度,脈拍,血圧等)に基づいて応援を要請し, Rapid Response Team(RRT)が病棟に駆けつけて必要な処置(酸素投与,輸液や集中治療室への収容等)を行うものです。 一般的には,RRTは集中治療専門看護師や呼吸療法士など数名からなり,医師を含みません。一方,当院のCPRチームのように医師を含み治療能力を持つチームは院内救急チーム(Medical Emergency Team:MET)と呼ばれ,オーストラリアの病院等で見られます。
私は本年7月に,医師2名と共に米国カリフォルニアおよびハワイを訪れ,病院におけるRRSの現状やRRTをトレーニングするためのシミュレーション教育を視察する機会を得たので,感想を交えて報告します。
「病院全体」で患者をみるシステムの構築
新開裕幸氏(写真左下,SCVMCにて) |
SCVMCでは2005年にRRSを立ち上げ,導入約3年後の現在,RRSコールの数は年間800件以上,心停止に対するコードブルーは50件前後とのことです。また,RRSだけでなく,看護助手がバイタルサインの異常を看護師に伝えるAssistant Led Early Recognition Triggers(ALERT)と呼ばれる早期発見連絡システムや,当番の看護師が全病棟をラウンドし,状態悪化が予測される患者を申し送るHospital Early Nursing Recognition Intervention(HENRI)という早期発見・早期対応システムなど,先進的な院内急変対応の体制づくりに取り組んでいます。
SCVMCのRRTは,専任の看護師2名,もしくは看護師と呼吸療法士各1名から構成されており,医師は含まれていません。また,院内のベッドコントロールは,Nursing Supervisorと呼ばれる看護師が一手に担っており,RRSが起動され集中治療室への入室が必要になった患者の病床確保を行っていました。
今回の視察で,患者の状態悪化時の医師や看護師の判断基準,医療従事者間のコミュニケーションは,日米に共通の課題であることを知りました。しかし,SCVMCでは看護師が患者の状態悪化を察知したときに,主治医や当直医だけではなく,「病院全体」で患者をみていくシステムにより,コミュニケーションの問題や個人の判断によってケアの質に差が生じることのないようカバーしています。この点は日本の病院においても参考にすべきであると感じました。
ただし,このようなシステムがあっても,個人の判断で診療科を越えてRRTをコールすることは容易ではありません。SCVMCのRRTは,コールをしたスタッフに必ず「Thank you for calling」(コールしてくれてありがとう)と感謝の言葉を述べることにしているそうです。また,後日,簡単な感謝状を渡し,さらに感謝状が何枚か集まるとRRTのロゴ入りグッズとの交換ができる院内周知キャンペーンを行うなど,コールを促すためのさまざまな工夫がされていることが印象的でした。
シミュレーションによるRRTトレーニング
シムティキ(Sim Tiki)は,ハワイ大学医学部のシミュレーショントレーニング施設で,オアフ島内のさまざまな病院から医療従事者が訪れ,シミュレーショントレーニングを受講しています。多くのコースが開催されていますが,私たちは,運良くRRTのトレーニングコースを見学することができました。
今回のコースの受講者は,看護師,呼吸療法士,医師の7名でした。トレーニングでは,RRTをコールする発見者役,RRT役,シミュレーションを観察する役に分かれ,状態の悪化している患者を発見し,RRS基準に基づいてコールし,コールされたRRTは患者を評価した後,医師に報告するという一連の流れを学びます。このトレーニングの目的はスキルの獲得ではなく,実際の経験が少ない状況をシミュレーションで体験し,学ぶというものでした。コースの到達目標は「患者急変時にRRTをコールし,協働して治療を開始できるようになる」で,習得すべき項目(①それぞれの病院のバイタルサイン基準に基づいてRRTをコールする,②現場の医療従事者とRRTがチームとして対応する)も絞られているため,時間が経つにつれて多くの参加者が自分の役割を宣言できるようになるなど,コース内で参加者の理解が深まっていく様子がよくわかりました。
日本では,臨床で経験を重ねていくことで個人の技術や判断力を成長させ,それが個人の実力につながっているように思います。そのため,新人看護師や急変の場面に遭遇したことのない看護師は,急変時対応に不安を抱えていることが多いと感じます。その不安をシミュレーション教育で解消し,自信に変換することができるような教育システムがあれば,さらなる能力向上につながるのではないでしょうか。
私はこれまで,医療安全の中で,患者の状態変化に対する早期発見・早期対応能力はとても重要であると感じていましたが,今回の海外視察により,その能力を向上させるための教育・トレーニングの機会と,病院横断的な院内急変対応システムの構築が必要であるとあらためて強く認識しています。
新開裕幸氏
兵庫県立看護大学卒業後,阪大病院高度救命救急センターに勤務し,フライトナースや日本DMAT隊員の資格を取得。入職9年目の今年4月に,医療安全管理部門である中央クオリティマネジメント部に異動。現在,救急医療におけるキャリアと専門性を生かして,患者の状態悪化時の早期発見・早期対応に,医師と一緒に取り組んでいる。
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