医学界新聞

連載

2009.10.12

小児科診療の
フレームワーク

Knowledge(医学的知識)-Logic(論理的思考)-Reality(現実的妥当性)の
「KLRモデル」に基づき,小児科診療の基本的な共通言語を共有しよう!

【第10回】 学童児の急性腹痛:虫垂炎・虫垂炎・虫垂炎!

土畠智幸
(手稲渓仁会病院・小児NIVセンター長)


前回からつづく

 今回は,腹痛について勉強します。前回の嘔吐と同様,消化管に限らずさまざまな疾患が小児の腹痛の原因となります。実際のアプローチは年齢によって大きく異なるので,今回は本人が症状を訴えることができる年齢(学童児:6-18歳)に限定して学んでいきましょう。

Case1

 10歳男児。自宅で夕食を摂取後,急に腹痛を訴えた。その後,嘔吐もあったためER受診。本人は心窩部痛を訴え,歩くと右下腹部が痛むという。診察にて,腸雑音やや亢進,びまん性に軽度圧痛を認めるが,右下腹部(マクバニー点)での増強はない。

Case2

 15歳女児。12時間前からの嘔気・腹痛にて近医小児科受診。びまん性に圧痛あるもののマクバニー点に圧痛なく,下痢も認めていたため胃腸炎と診断,腹痛が強いため当院紹介受診。診察時,ややぐったりしているが,「腹痛はなくなった」とのこと。頻回に便意を訴える。

小児の急性腹痛

 小児の腹痛の原因は,年齢によって大きく異なります。そもそも2歳未満の乳児の場合,腹痛を訴えることができず,単に「機嫌が悪い」ということで受診します。2-5歳の乳児の場合も,腹痛が強い場合,激しく泣いてうまく診察することができません。これら乳幼児についてはまったく違ったアプローチが必要になりますが,紙面の関係で今回は割愛します。今回勉強する6-18歳の学童児については,問診で症状の経過をある程度把握でき,十分な診察も可能です。この年齢における急性腹痛の原因には,表1のようなものがあります。

表1 学童児の急性腹痛の原因

*よくあるもの
急性胃腸炎,虫垂炎,外傷,尿路感染症,便秘,機能性腹痛
(女児)骨盤内感染症,生理関連痛

*たまにみるもの
肺炎,咽頭炎,炎症性腸疾患(クローン病・潰瘍性大腸炎),胃潰瘍・十二指腸潰瘍,胆嚢炎,膵炎,糖尿病性ケトアシドーシス,膠原病,腎結石
(男児)精巣捻転,精巣上体炎
(女児)卵巣捻転,妊娠(子宮外妊娠)

*まれだが致死性のもの
胃潰瘍・十二指腸潰瘍の穿孔,腹膜炎,中毒性巨大結腸症,大動脈瘤,劇症肝炎,
腹腔内膿瘍,薬物中毒・過剰摂取

やっぱり虫垂炎は難しい

 学童児の急性腹痛を診たら,まずは「虫垂炎を否定できるか?」を考えることが重要です。完全に否定できないのであれば,「虫垂炎疑い」としておくほうが無難です。というのは,見逃すとまずいものは虫垂炎以外にもたくさんありますが,少なくとも虫垂炎を含む「急性腹症(緊急の外科手術を必要とする疾患による腹部症状)」を疑ってアプローチすることで,マネジメントが自然と慎重になるからです。

 虫垂炎の診断アプローチにはいろいろなものがありますが,筆者がよく使っているものを表2に示します。これに従うと,ほとんどの症例で「時間を置いて再度診察」あるいは「腹部超音波/CT」となりますが,実際それくらい慎重になる必要があるということなのです。経験のある小児科医ほど,「虫垂炎の診断は難しい」と言うはずです。「そんなの簡単,簡単」という人は,あまり虫垂炎を診ていないか,見逃してほかの病院で手術になっているのを知らないかのどちらかでしょう。

表2 MANTRELSスコア
□1点  M :Migrating of pain to RLQ(右下腹部に移動する腹痛)
□1点  A :Anorexia or acetone in urine(食思不振あるいは尿ケトン陽性)
□1点  N :Nausea with vomiting(嘔吐を伴う嘔気)
□2点  T :Tenderness in RLQ(右下腹部の圧痛)
□1点  R :Rebound tenderness(反跳痛)
□1点  E :Elevated temperature≧37.3℃(37.3℃以上の体温上昇)
□2点  L :Leukocytosis WBC≧10,500(10,500個/mm3以上の白血球増多)
□1点  S :Shift of WBC≧75% neutrophils(好中球75%以上の左方移動)
7点以上:すぐに手術
4-6点:時間を置いて再度診察するか,あるいは腹部超音波/CT
4点以下:虫垂炎の可能性は極めて低い
Alvarado A. A practical score for the early diagnosis of acute appendicitis. Ann Emerg Med. 1986;15(5): 557-64

「胃腸炎」と診断したら負け!

 クサイものにフタをしていいの?
 腹痛に限りませんが,診断をつける上で気をつけなければならないのは,「思い込み」です。腹痛の場合は,特に「胃腸炎」という診断には注意が必要です。嘔気・嘔吐など,虫垂炎でよくみられる症状はすべて胃腸炎でもみられます。前述したとおり,虫垂炎が否定できないときに重要なことは,さらなる検索が必要かどうかを検討することと,時間を置いて再度診察することです。「胃腸炎」という診断をつけてしまうと,医師・家族ともに何となく安心してしまって,その後虫垂炎を疑わせる症状が出てきても見逃してしまう,ということになってしまいます。また,診断だけが一人歩きして,数時間後にERを再受診しても,「胃腸炎の診断でさっき帰ったばかりなのに,なんでまた来たの?」と他の医師に思われてしまう可能性さえあります。「胃腸炎」の診断で,クサイものにフタをしてしまうということですね(図)。そもそも,胃腸炎の治療は対症療法しかありませんから,虫垂炎など外科手術の必要があるかもしれない疾患と異なり,診断をつけることを急ぐ必要がありません。

マネジメント――Case 1

 現在は心窩部痛で,マクバニー点の圧痛もありませんが,この時点で虫垂炎を否定することはできません。発症間もないので,2-4時間置いて改めて診察を行うか,腹部超音波/CTで虫垂を描出します。腫大した虫垂が見えなくても,正常虫垂が確認できなければ,やはり虫垂炎は否定できません。

マネジメント――Case 2

 ERでは,細菌性胃腸炎の診断でした。入院後,本人は非常に元気になり,食事も普通にとっていました。しかしながら,翌朝になって腹痛が再燃し,診察すると腹部のびまん性圧痛・反跳痛・筋性防御があり緊急手術を行った結果,虫垂炎の穿孔により汎発性腹膜炎を合併していました。虫垂部分の腸管壁が伸展されることによる内臓痛は,穿孔により消失してしまうことがあります。また,穿孔により腸管内容物がダグラス窩へと流出すると,直腸を刺激して下痢に似た症状を呈することがあるのでその点にも注意が必要です。

Check! KLRモデル

Knowledge:学童児の急性腹痛の原因を,頻度ごとに覚えよう
Logic:虫垂炎を含む,急性腹症の除外を中心に診察しよう
Reality:「胃腸炎」の診断により,クサイものにフタをしてはいけない

Closing comment

 人間誰しも,一度自分でこうだと決めたことは,なかなか変えられないものです。とすれば,「あえて決めない」というのも,思い込みの罠に陥らないための一つの方法でしょう。今回の「急性腹症の疑い」のように,その状況で最も見逃してはいけないものを疑っているというレベルにとどめておくほうが,無理に診断をつけるよりは安全です。ただし,「あえて決めない」を日常生活で多用すると,単に優柔不断な人になってしまうのでこれも注意しましょう。

つづく

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