医学界新聞

連載

2009.06.29

医長のためのビジネス塾

〔第5回〕マーケティング(4)マーケティングミックス

井村 洋(飯塚病院総合診療科部長)


前回からつづく

 前回紹介したポジショニングマップについて,次のような質問を受けました。「ポジショニングマップを作成して眺めてみたけれども,自分たちの組織や製品が競合と比べて突出できていないと確認するだけに終わることがある。その場合は,自分たちのウリを生活者・顧客に覚えてもらうための戦略策定のツールにならない。どうすればいいのか?」。それに対する答えは,自分たちが優位に立てるようにポジショニングの軸を探す,です。

 自動車のメーカーを例にとれば,安全性に自信のあるメーカーは安全性をひとつの軸に,さらに低燃費でエコ対策に力を入れていれば,それをもうひとつの軸にしてポジショニングマップを作る。競合メーカーも追加してマッピングし,自社の優位性が明確ならば,安全&エコの○○社という印象を消費者のココロに位置づけることの妥当性が確認できます。このように,覚えてもらいたい自分たちのウリを発見・認識するためのツールがポジショニングマップです。

マーケティングミックス

 売れる仕組みを作るには,これまでのターゲティングやポジショニングに加えて,より具体的な企画を考えなければいけません。それが,今回紹介するマーケティングミックス,4つのPです。4つのPとは,Product,Price,Place,Promoteの頭文字のこと。「売れるものを製造し,適切な価格を付けて,効率的な販売ルートを設けて,生活者の購買意欲を高めるために効果的なコミュニケーションを行う」ための戦略を策定して,コントロールするというマーケティングのアウトプットに近い段階です。

Product:製品戦略

 製品戦略は,何を提供するのか,何を売るのか,を決定することです。そのためには,提供する製品やサービスが満たすニーズとは何なのか,深く認識しておくべきです。これを,「コアの価値」と言います。例えば,ドリルを求める人が本当に必要とするのは,ドリルそのものではなく,ドリルを使って開けようとする「穴」であり,これが,コアの価値です。これを明確にしておくことの重要性は明白です。提供製品の発展や,競合との差別化を図るときにも,見据えておくべきです。

 医療においても,コアの価値は重要です。私たちは,診断や治療を確実に実施することがどんなときでも最優先されると思いがちですが,患者の本質的なニーズは,診断や治療だけでなく,症状の緩和や不安軽減である場合も少なくないからです。コアの価値が複数にみえるときでも,状況に応じて最優先すべきものを感じ取れるようになりたいものです。

 商品のライフサイクル
 製品にもライフサイクル,寿命があります。製品ごとに詳細は異なるものの,大きくとらえれば,導入,成長,成熟,衰退という経過をたどります(図)。このため,それぞれのステージにおいて,異なるマーケティングミックスを策定する必要があります。特に,成熟期を長く保つための方策にはエネルギーを注ぐ必要があります。ゲーム機のターゲットを,マニアからファミリーに変更すること,健康志向を意識した微糖・無糖などの缶コーヒーのラインアップを増やすことなども,その代表的な例です。

Price:価格戦略

 価格戦略は,価格をどのようにするかを決定することです。この戦略において最も重要なことは,付けたい価格と,顧客に買ってもらえる価格のバランスを,どのようにするかということです。さらに,その価格をどう維持していくかも,もうひとつの大事なテーマです。

 価格は,利益に直接影響を及ぼします。条件によっては,1%の価格の変動が10%以上の利益変化につながります。保険点数改定における数%の減少が,翌年の病院収入に明らかに影響するという経験を通して,私たちもそのことを理解しています。

 では,その価格を設定するときの方針には,どのようなものがあるのでしょうか。大きく2つの方法があります。ひとつは,製造やサービスにかかる原価,人件費,設備投資費というコストに,獲得したい利益をプラスして設定する「コストプラス法」です。製品を提供する企業サイドに好都合な方法ですが,たとえニーズの高い製品だとしても,消費者が高価すぎると感じれば,購入してもらえません。もうひとつは,競合品や類似品の市場の状況に合わせて設定する,消費者志向の「市場価格基準法」です。実際には,どちらかだけというよりも,双方を組み合わせながら決定しているようです。また,価格は製品の高級感などの位置づけとも関連しているため,必ずしも安価にすることがすべてではありません。

 保険診療上,診療の価格は日本中で統一されています。そのことの是非はともかく,あの保険点数はどのように編み出されているのでしょうか? コストプラス法にしては,現在の医療レベルに比してあまりにも低すぎます。かといって,市場価格基準に沿って考えられたわけでもありません。国の予算における医療費配分や,保健行政の誘導を考えながら,微調整しているのでしょう。しかしながら,その決定プロセスに関して,もう少し国民に開示されてもよいのではないでしょうか。私たちも,静かにこういったことを要求していくべき時代になったのだと認識すべきです。

Place:流通戦略

 製品と価格が決まると,次はどのようにして生活者・消費者に届けるか,ということを決めなければいけません。代表的なパターンを挙げてみます。「メーカーから直接消費者」「メーカーから小売店(直営店や大型販売店を含む)」「メーカーと小売店の間に,卸売や商社などを挟んだもの」。いずれの戦略にも,一長一短があります。例えば,コストや時間の観点からは冗長のようにみえる複数の卸売の経由も,不要な在庫を抱えずにすむための緩衝効果を担い,リスク軽減の役割を果たす,という長所があります。

 医療の提供は,商品のように保管されることがなく,提供と消費が同時に生じるため,流通戦略が課題として取り上げられることはありません。ただし,病棟の回診や巡視の時間・順番経路や,訪問診療の回数や装備,患者紹介の仕組みと方法などについては,類似の発想で検討できるように思います。また,今ひとつ理解されていない,かかりつけ医や病院総合医の役割を,「患者と病院専門医との間に立つ商社のようなもの」と見立てれば,理解しやすいのではないでしょうか。

Promote:プロモーション戦略

 最後に,何を目的に,どのような方法を選んでプロモーションを行うか,を決めます。イメージを主体に伝えるのか,機能を主体に伝えるのか,についても決めます。伝える方法は,広告,パブリシティ,商品を前にして行う販売促進,人的販売,と4つあります。パブリシティとは,商品や会社についての情報を無償でメディアに取り上げてもらう広報活動のことです。

 新聞や雑誌に掲載される病院ごとの手術件数,疾患や健康に関する医師へのインタビューも,パブリシティの一種と言えそうです。医療人による市民に対する講演なども,広告や販売促進の機能を有しています。

 病院や診療所にとって,最も効果的なプロモーションが,周辺の利用者・患者によるクチコミです。一般の商品のように,入手前にイメージや仕様を確認する手段が乏しいため,患者として経験した主観的感想が最も影響力を持つのは当然だろうと思います。そういう意味でも,目の前の患者さんと協力して医療を提供していくことの重要性が再認識されます。生活者の視点を中核とした製品・サービスの提供,というマーケティングのコンセプトとも,どこかで深くつながっているような気がします。

つづく

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