医学界新聞

2009.06.22

互いの成長を高め合う教育システム

相澤病院(長野県松本市,471床)


“オリジナル”が大事

 相澤病院では,新人看護職員の育成に“Ai‐NESS”(Aizawa Nurse Educational Support System)という同院独自のシステムを2003年から導入している。これは,“職員全員が教育に参加し,互いの成長を高め合う”という仕組みだ(図)。

 相澤病院の看護教育システムの全体像

 院長補佐で看護部統括の武井純子氏は,導入時を「2002年ごろに新卒看護師(新任者)が一気に増え,プリセプター制度のように一対一で育てる体制が成り立たないという問題を抱えていた」と振り返る。また,一対一の関係だからこそ起きる性格の不一致や,プリセプター以外のスタッフが新任者の教育にかかわりにくいという弊害も起きていたという。

 Ai‐NESSは7-8人で構成されるチーム制をとり,その中に1-2人の新任者が入る。1か月の集合研修(後述)を終えた新任者は,配属部署において現場でしか学べない技術などを先輩について学ぶが,全員が教育者という観点から,教えるスタッフは日々異なり,その日の担当者が責任を持ってフィードバックを行う。そのため,連続性のある教育が行えるように,申し送りの際には新任者がその日に何を経験したのか,翌日はどんな技術を習得させてほしいのかなど,情報共有を図っている。「経験があるから」と見過ごされがちな中途採用者についても同様の体制をとっているという。今年2年目の鷹見愛さんは「チームの全員が教育者という自覚を持っていて,質問したときの対応がとても丁寧。ただ教えるのではなく,『これは自分で勉強したほうがいい』など,さまざまなアドバイスをもらった」と語る。

 個々のスタッフで教育方針が異なることのないよう,各チームには教育担当者(4年目以上)を置いている。月1回開催される教育担当者会議では,困っていることや希望することなどについて情報交換を行う。教育担当者からは「同時期に同じような悩みを抱えていることがわかった」「年代を超えて交流するきっかけになった」などの声が聞かれ,組織における横のつながりが生まれてきたという。

 また,予想以上の効果もあった。院長補佐で教育委員長の伊藤紀子氏は,「2年目の看護師がいちばん成長する」と語る。自分たちも新任者の教育にかかわらなければいけないという意識から,自ら学ぶという姿勢が芽生えてくるのだという。鷹見さんも5月からは教育者のひとりとなった。「自分が教えられることは限られているけれど,自分の理解があいまいなところは先輩に相談し,一緒に学びながら教えていきたい」と話す。

体験型のグループ学習が主体

現場で使い捨ての器具は,シミュレーションセンターでも使い捨て。コストはかかるが,感染対策に対する意識を高めるための工夫だ。
 2009年に入職した看護師は49人(新卒35人,経験者14人)。武井氏は,「急性期病院という慌ただしい環境のなかで,新任者を根付かせていくのは容易ではない」と語る。また,同院は附属の看護師養成機関を持たないこともあり,新任者の教育背景もさまざまだ。そのため,基礎教育と現場のギャップを埋めながら,緩やかに環境に慣れてもらうことを目的に,集合研修を主体にした1か月の研修期間を設けている。学習効果を高めるために,体験型のグループ学習が中心だ。「現場にいきなり出されるのではなく,徐々になじむことができた」と鷹見さん。院内デイサービスやアシスタント業務の1日体験など,看護師以外の職員の業務を体験する機会を持ったことで,「さまざまな職種の人が力を合わせることによって病院が成り立っていることを知った」という。

 同院は急患受け入れを「100%断らない」ことを掲げるなど救急医療に特化するとともに,地域医療支援病院として,在宅医療につなげるためのリハビリテーションや訪問看護,緩和ケアなどの関連施設も充実している。武井氏は,「近隣の開業医の8割以上が登録医としてネットワークでつながっている」と語る。この背景には,同院が属する医療圏における亜急性期病床や療養病床の絶対的な不足という問題もあるのだという。しかし一方で,こういった状況が新任者にとっては多様な領域を経験でき,さまざまな分野に興味を持つ機会になっている。最近は,ホームページなどで下調べをして「DMAT(Disaster Medical Assistance Team)をやりたい」「訪問看護をやりたい」など,目的意識を持った入職希望者が増えてきた。

中堅層のボトムアップも新人看護師研修の成功の鍵

シミュレーションセンターにおける筋肉注射の技術演習。新任者たちはおっかなびっくりながらも,真剣に取り組んでいる。
 昨年10月には,実践能力を高める研修を行うことを目的に,シミュレーションセンターを開設。ここでは,採血,筋肉注射,皮下注射,静脈注射,気管内吸引,胃瘻,経管栄養,輸液ポンプ,シリンジポンプなどの基礎看護技術を習得できる。また,多重課題シミュレーションなどのより現場に根ざした研修を行えるように,6床の病室を再現した。今年度の新任者研修では,採血,生食ロック,輸液ポンプなどの看護手順,トランスファー,感染対策(手洗い等)をシミュレーションセンターで行った。伊藤氏は「新任者は,心肺停止などの危機的状況にある患者さんに病棟で遭遇することは少なく,状態が悪化しつつある患者さんに出会うほうが多い。患者さんの悪化のサインにいかに気付くか,シミュレーションセンターでの研修を通してフィジカルアセスメント能力の向上を図りたい」と語る。

 同院は現在,2年目以降,特に中堅層の能力向上にも力を入れている。その1つが看護手順の統一。伊藤氏は,「新任者から『先輩たちの看護手順がそれぞれ異なっており,教え方が統一されていない』という声が挙がっていた」と話す。これも,「全員が教育者」だからこそ気付けたことだ。病棟長で教育担当の小坂晶巳氏を中心に,看護手順の修正と,手順ごとのスキルチェックシートを作成。その上で,まず新任者の看護技術指導にあたる病棟長や主任,教育担当者を対象にスキルチェックを行い,手順の統一を図った。さらに教えるときにエビデンスを明確にするために,なぜその順序で行うのかについて学ぶ機会を設けた。現在は看護職員全体の手技の統一をめざし,病棟ごとにシミュレーションセンターを利用してスキルチェックを行っているという。また,2年目以上の看護師を対象に,ヒヤリ・ハット事例などを再現した医療安全研修や接遇研修も計画している。

 さらに,シミュレーションセンターの地域住民への開放も検討中だ。小坂氏は「患者さんの中には,退院後に経管栄養や胃瘻,導尿などを家族や自分で行う必要のある人もいる。シミュレーションセンターの器材を利用して手順を身につけてもらうような機会を設けたい。ひいては,当院の患者さんだけでなく,地域に広く開放し,地域貢献につなげていきたい」と語る。

将来像を描けるような研修を

 同院の新任者教育の基本的な考え方は「3年かけて1人前」。4年目からは,“総合職”(管理者をめざす),“専門職”(特定の分野の知識・技術を身につけ,認定看護師や専門看護師をめざす),“一般職”という3つの進路の選択をする。そのような体制を構築した上で,人事考課制度を導入している。

 同院は職員の自己啓発を重視し,自己実現については全面的に支援している。認定看護師等を取得するための学費は病院が負担し,その間の給与も一部支給している。学んだ成果を病院で発揮してもらえればいい,という考え方で,職員のやる気を引き出しているのだ。職員の提案も,よいと判断したものはすぐに採用する。その一方で,武井氏は「院内研修会や勉強会を企画しても参加しない職員もいる。そういった職員のボトムアップが必要」と話す。着手している中堅層に対する教育の充実をはじめ,「職員が将来像を描けるような連続性のある研修を企画したい」と武井氏。教える側の力量にも左右されてしまう人材育成だけに,新任者のモデルとなるような看護師をいかに育成するかが,新任者研修と連動した課題となっている。


職員のやる気を引き出すための仕組み作りを
相澤孝夫氏(相澤病院院長)に聞く


――相澤病院は,Ai‐NESSをはじめ,独自の仕組みづくりを大切になさっています。

相澤 組織や仕組みは絶対によそからは借りられない。「こういう看護,医療サービスを提供したい,だから組織はこうあるべき」というのが大前提です。提供したい医療は,地域あるいは病院によって異なります。ですから,病院にとって最適な組織とは何かを模索しながら,自分たちで構築しなければいけないと考えています。

――地域の病病連携や病診連携には,どのように取り組まれていますか。

相澤 この地域はかかりつけ医を持つ家庭が多く,まずかかりつけ医に相談し,その後当院に紹介されてくることが多いです。かかりつけ医がゲートキーパーであれば,それまでの患者さんの状態を聞くこともでき,診療に非常に有用です。ですから,患者さんや家族,地域の診療所や小・中規模病院のサポート役として,訪問看護や介護,リハビリテーションなどの体制を整えようというのが当院の考え方です。

 また後方連携として,当院を退院した後に患者さんが身を置くことになる転院先,あるいはかかりつけ医への円滑な橋渡しが非常に重要です。当院では,患者さんが転院する際には,看護師が必ず申し送りのために付き添っています。転院する患者さんの多くは,退院後は治療ではなく生活が主体になるため,急性期病棟で患者さんの生活支援を行っていた看護師が情報を伝えることは大きな意味を持つのです。

――そのような地域の中核的病院として,相澤病院の看護師にはどんな役割が期待されているでしょうか。

相澤 患者さんが当院に入院してから退院まで,あるいはその先まで責任を持つことが,円滑な医療連携につながります。ですから,看護師の役割は,専門家として患者さんの生活をどう支援すべきかを見極め,患者さんが退院後に最適な生活を送ることができるようにかかわることです。退院マネジメントは,患者さんが入院したときから始まりますから,患者さんと日々接しながら,患者さんにとってどんな支援が必要なのかを考え,コメディカルやMSW,訪問看護師などと協力して業務にあたってほしいと考えています。

――病院の理念に,相澤病院は職員にとっての“自己実現の場”であると明示されています。

相澤 患者さんに「この病院にまた行こう」と言ってもらえるような医療を提供するためには,職員のやる気や活力が重要な鍵となります。ですから,私の役割は,職員一人ひとりのエネルギーをもっと引き出せるように,個々の職員を大切にした待遇や,職員に気づきを促すような教育体制の充実を図ることです。

 現在は,看護の質を評価するための方法を検討しています。看護師のアウトカム評価は非常に難しいですが,当院は給与に成果主義を導入しているので,客観的に評価できる仕組みは不可欠です。また,当院は職員の自己実現は全面的に支援しますが,何をどこまで伸ばすのかは本人次第です。ですから,評価結果を提示することで,自分は今どこが足りていないのかを知り,自分自身で強化することにつなげていってほしいと考えています。

――相澤病院がこれからめざす医療のかたちをお話しください。

相澤 ひとつは,常に最先端で質の高い医療の提供をめざしていくこと。もうひとつは,患者さんと良好な人間関係を築くことによって,「相澤病院には夢と輝きと感動がある」と感じてもらえる病院になること。そのためには,課題もたくさんあります。例えば,チーム医療では,患者さん,ご家族,医療者が同じ気持ちを持てるような関係づくりがとても重要です。しかし,現在は個々の職員の考え方にばらつきもみられます。今後は一人ひとりの力を伸ばすと同時にチーム力を上げるような工夫をしていきたいと考えています。

 また,遠方から来られる患者さんも多いため,さらなる地域連携が必要です。回復期リハ病院やかかりつけ医とカルテや看護記録をITで共有し,双方向性の情報交換を可能にしていきたいと思います。現在も,登録医は当院に紹介した患者さんのデータを閲覧できるようになっていて,患者さんの具合が悪化したときなど,患者さんの様子を見に来ます。そうすることで,かかりつけ医と患者さんの関係も深まるし,当院も安心して引き継げます。何より重要なのは,“患者さんにとってハッピー”な医療の実現だと考えています。

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