医学界新聞

連載

2009.06.08

レジデントのための
Evidence Based Clinical Practice

【6回】術前の抗凝固剤使用中の患者へのアプローチ

谷口俊文
(ワシントン大学感染症フェロー)


前回よりつづく

 前回に引き続き,周術期の患者の管理に関してリスクを減らすためのアプローチを,内科医の視点からみていきたいと思います。今回は抗凝固剤を使用中の患者のための戦略です。その他の疾患を治療中の患者の内服薬をどのようにしたらよいのかについても,軽く触れましょう。

■Case

 64歳の女性。高血圧,糖尿病,冠動脈疾患,脳梗塞の既往あり。心房細動を治療中の患者。インスリンと経口糖尿病薬を併用して血糖のコントロールは良好,心房細動のためワーファリンを服用している。胆嚢摘出術のために入院することが決まった。

Clinical Discussion

 比較的よくあるシナリオだと思われる。術前と術後の高血圧や糖尿病の管理をどうするか? ワーファリンを服用中の患者が手術を受ける際,どのようにしたら塞栓や出血のリスクを回避して手術を行うことができるのか? 周術期における抗凝固剤に焦点を絞り,管理の仕方を学ぶ。

マネジメントの基本

抗凝固剤の管理と考え方(文献(1)より)
 血栓塞栓のリスクと出血のリスクとのバランスを図るのが難しく,ステップに従って治療戦略を練る。

STEP1 血栓塞栓のリスクの評価

低リスク
・静脈血栓塞栓症の診断があったとしても3か月以上前である患者。
・心房細動の既往があるが脳塞栓を起こしたことがない患者。
中等度リスク
・心房細動の既往があり,脳塞栓を起こしたことがある患者。
・僧帽弁以外の弁で機械式心臓弁置換されている患者(ケージ型ボール弁以外)。
高リスク
・3か月以内に静脈血栓症の診断があった患者。
・僧帽弁が機械弁に置換されている患者,もしくはどの弁でもケージ型ボール弁に置換されている患者。
・再発性静脈血栓症を呈する患者。

STEP2 手術の出血リスクの評価

低リスクの手技は以下を含む:主臓器でない臓器の生検,歯科手技。
中等度リスクの手技は以下を含む:乳房手術,腹部手術,胆嚢摘出術,多範囲にわたる切開を要する手術。
高リスクの手技は以下を含む:冠動脈バイパス術,脳神経外科手術,前立腺手術,美容形成手術。

STEP3 血栓塞栓と出血のリスクをバランス調整した治療戦略の決定

A.血栓塞栓のリスクが低い患者
・ワーファリンを手術4日前に停止する(これにより多くの患者のINRが1.5まで下がるとされる)。
・術前にPTを計測しINRが1.5以下であることを確認する。
・術後は血栓の発生を防ぐために,低用量ヘパリンの皮下注射,もしくは低分子ヘパリンの皮下注射を行う。
・術後の止血のコントロールがつき次第,ワーファリンを再び開始する。
・INRが治療範囲内になり次第,ヘパリンを中止する。
B.血栓塞栓のリスクが低い患者が低リスクの手技を受ける場合
・INRが1.3-1.5の範囲に入る程度の低用量のワーファリンを服用するように前もって管理し,服用を続ける。
・術後の止血コントロールがつき次第,通常量のワーファリンの服用を再開する。
・低用量のヘパリン(5000単位を1日2-3回皮下注射)の併用を行ってもよい。
C.血栓塞栓のリスクが中等度ある患者
・ワーファリンを手術4日前に停止する。
・INRが治療範囲内以下の場合,低用量のヘパリン(5000単位を1日2-3回皮下注射)もしくは予防投与量の低分子ヘパリンの皮下注射を手術2日前に開始する。
・術後,止血のコントロールがつき次第,ワーファリンを再開し,予防量のヘパリン皮下注,もしくは予防量の低分子ヘパリンをINRが治療範囲内に入るまで併用する。
D.血栓塞栓のリスクが高い患者
・ワーファリンを手術4日前に停止する。
・INRが治療範囲内よりも低くなったとき,治療量のヘパリンもしくは低分子ヘパリン投与を開始する(通常は手術の2日前)。
・手術5時間前にヘパリン投与を停止し,aPTTが正常値範囲内であることを手術前に確認する。
・低分子ヘパリン使用の際には12-24時間前に投与を停止するだけでよい。
・術後は止血のコントロールがつき次第,治療量のヘパリンもしくは低分子ヘパリンを再開する(大きな手術後なら通常12時間後くらいからだが,出血が見られる場合は再開を少々あとにずらす)。
・人工弁を有する患者に対しては低分子ヘパリンの使用は避けたほうがよいとする意見がある。

その他の内服薬の管理と考え方
さまざまな疾患を治療中の患者がいるが,それらの薬剤を術前どのように管理したらよいか,代表的なものを簡潔に表にまとめた。その他,重要な3つのポイントを知っておくべきであろう。

 手術当日の薬剤の投与の仕方
薬剤 対応策
抗高血圧薬 利尿剤以外は継続。
経口糖尿病薬
(絶食時)
手術当日から服用を停止(メトホルミンは過去には48時間前に服用中止とされていたが,最近は手術当日になってから中止する場合がほとんどである)。
インスリン
(絶食時)
食事に伴うレギュラーインスリンや超即効型インスリンは停止。
持続型溶解インスリン(グラルギンなど)はそのまま継続。
NPHなど中間型インスリンは3分の1から2分の1単位を投与する。
鎮静剤 手術24時間前に服用を停止する。
炭酸リチウム 血中濃度を計測。手術の日は服用を停止。
レボドパ・カルビドパ 手術の日は服用を停止。
スタチン・フィブラート系 そのまま継続する。
エストロゲン 手術当日から服用を停止。患者が歩行可能になったら継続。

1)糖尿病でインスリン治療中の患者は基礎インスリンは継続する。血糖のコントロールがつかない場合は術中インスリン持続静注で血糖管理を行うこともあるが,これは麻酔科の判断に任せるべきである((2))。
2)周術期の呼吸器合併症を予測する指標として重要なものは何であろうか? これは血中アルブミン量である。血中アルブミン量が3.5g/dL以下の場合,呼吸器合併症だけでなく30日罹患率と死亡率とも強い相関関係を示すことがわかった。直前にわかったところで何もできないが,合併症に備える心構えを持つ必要がある(Arch Surg. 1999;134:36-42. [PMID:9927128])。
3)呼吸器疾患は急性症状がないようにする。喫煙している場合は6-8週間前までに禁煙するように指導する。これに関してはデータが少ないが,ひとつの研究では呼吸器合併症の減少を報告している。(Lancet. 2002;359:114-7[PMID:11809253])

診療のポイント

・血栓塞栓リスクを評価,術式の出血リスクの評価を行い,ステップに従って最大限の予防をする。
・ステップに従うが,最終的な判断は患者個々の状態に応じて調整すること。
・疾患ごとに術前の対応策は異なる。プロブレムリストごとに分けて策を練る。

この症例に対するアプローチ

 経口糖尿病はすべて手術当日の朝に中止とした。インスリンはNPHを1日2回12単位使用していたので,食事を中断した後も,半量の6単位を朝に投与とした。この患者は脳梗塞の既往があり,血栓塞栓のリスクは「中等度」。手術による出血のリスクも「中等度」である。「C.血栓塞栓のリスクが中等度ある患者」に当たるため,手術予定4日前にワーファリンの服用を中止し,INRが2以下になったところでヘパリン5000単位12時間毎皮下注を始めた。手術は無事に終了し,出血に問題がないことを確認してからワーファリンの服用の再開とヘパリンの皮下注の使用を指示。INRが治療域に入ったことを確認してからヘパリンの使用を中断した。

 このようにして,血栓塞栓を未然に防ぐという努力が必要である。

Further Reading

(1)Douketis JD, Berger PB, Dunn AS, et al. The perioperative management of antithrombotic therapy. Chest. 2008;133(6 Suppl):299S-339S.[PMID:18574269]
(2)Lipshutz AK, Gropper MA. Perioperative glycemic control: an evidence-based review. Anesthesiology. 2009;110(2):408-421.[PMID:19194167]
(3)Qaseem A, Snow V, Fitterman N, et al. Risk assessment for and strategies to reduce perioperative pulmonary complications for patients undergoing noncardiothoracic surgery: a guideline from the American College of Physicians. Ann Intern Med. 2006;144(8):575-580.[PMID:16618955]

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