医学界新聞

連載

2009.05.18

医長のためのビジネス塾

〔第4回〕マーケティング(3) ポジショニング

井村 洋(飯塚病院総合診療科部長)


前回からつづく

MRの不思議

 この仕事についてから,疑問に思っていたことがあります。「どうしてMRの方々は,病院の廊下や医局で長時間じっと立っているのか?」ということでした。

 気になって,横目で観察してみたところ,あることに気づきました。MRさんたちは,漫然と立っているのではなく,あらかじめ話しかける相手を想定して待ち構えており,その医師たちが通りかかるタイミングを逃さずに話しかけるのです。

 しかし,「そうだとしてもあまりにも効率の悪い方法であり,無駄が多すぎるのではないだろうか」と感じていたので,ある日思い切って製薬会社のマーケティング部の人に尋ねてみたところ,返答は次のようにシンプルでした。「そのようなスタイルの情報提供を求めている医師がいる限り,続けることになります。取って代わる他のよい方法がみつかれば別ですが」。

 つまり,あの方法が有効な医師は確実に存在し,ある程度の効果がみられるために継続している,ということです。言い換えれば,廊下に立ち続けるMRとの情報交換に興味を示す医師をターゲットにした活動をしている,ということです。そのようなスタイルの情報交換に興味のない医師にとっては,非効率に思える方法ですが,マーケティング原則に基づいた考察をすれば,すべての医師を相手にしているのではなく,絞り込んだターゲットを対象にした営業活動を粘り強く実行している,と理解できます。でも,「費用対効果はどのように見積もられているのだろうか?」という新たに生まれた疑問はいまだに残っています。

覚えてもらいたい「ウリ」を構築する

 前回は,マーケティングの大きな方向性を定めていくときには,まずセグメンテーションとターゲティングを行う必要性があることを伝えました。今回は,それに次いで明確にしておくべき方針について説明します。それは「ポジショニング」です。その意味は,「ターゲットとする顧客の意識の中で,自社の製品やサービスが,他社と比べて独自の位置(ポジション)を占めるように,提供するものやイメージを構築すること」です。

 このように堅苦しい説明では,わかりにくいかもしれません。医療関係者以外の方が医療用語を難しいと感じているのと同様,私たちにとっては,ビジネス用語の意味を直観で感じとることは容易ではありません。社内経営講座でマーケティングのレクチャーを担当してくれた講師のわかりやすい表現を紹介すると,ポジショニングは「覚えてもらいたい,自分たちの組織,製品,サービスなどのウリ」だということでした。例えば,「世界一安全な車をつくる会社」とか「決して狂わない時計」などです。私たちの国も,20年くらい前までは「世界で最も安全で,有数の経済力を持つ国」というポジションを,外国に対してウリにしていたように記憶しています。

ポジショニング・マップを作成しよう

 では,このようにアピールできる自己のポジションを,どのように発見していけばいいのでしょうか。ひとつの方法は,次のようにして,ポジショニング・マップを作成してみることです。

1)利用者・顧客にとって,特に重要と思われる「価値」をリストアップする。
2)リストアップした価値から,自社製品が優位性・独自性を発揮できる「価値」を,いくつか選択する。
3)その「価値」を軸にして,競合製品・サービスをプロットする。

 この場合,利用者になりきって「価値」を考えることが,自社と他社の特長を明確にするための大事なポイントになります。マーケティングにおいては,この利用者の求めているものを起点にすることが原則です。そうしなければいけないのではなく,事業を成長させ,成熟期を長期間にわたり継続させるためには,そのほうが妥当性がより高いからです。製品やサービスを提供するだけで事業成長を図れた時代は過ぎ去り,利用者にとって必要・有用かつ魅力的なものを提供しなければ,事業の成長や成熟を図れず,短期間で衰退を迎える危険性の高い時代になったからだと思います。過去10数年間の医療における利用者側と提供者側との関係の変遷を振り返ってみても,同様の方向に進んでいるのではないでしょうか。

バリュー・ポジショニングとベネフィット・ポジショニング

 話を自分たちのポジションの確認方法に戻します。例として,ホテル業界について考えてみます。利用者(皆さん自身)にとって,重要な価値のリストを挙げてみてください。「サービスの質・内容」「目的・用途」「価格」などが真っ先に思いつくのではないでしょうか。

 「価格」は,ポジショニングにとって重要な軸のひとつで,「バリュー・ポジショニング」と呼ばれています。しかし,これを優先しすぎると,おのおのの事業や製品・サービスの本来の持ち味を十分検討する機会を失ってしまう危険性があります。対して,価格以外の価値を軸にしたポジショニングを,「ベネフィット・ポジショニング」と言います。ここでは,ベネフィット・ポジショニングに焦点を当てて考えてみましょう。

 ポジショニング・マップ(ホテル業界の例)
 ポジショニングを検討するための軸を,仮に「サービスの質・内容」と「目的・用途」にしてみれば,次に図に示したように「サービスの質・内容」の軸の一方をラグジュアリーにし,もう一方をシンプルにしてみます。「目的・用途」の軸は,レジャーとビジネスにします(この極点の項目も,あくまでもひとつの例です)。この上に,自社ホテル,および,ライバルホテルの特長に基づいてプロットすることで,それぞれのホテルの持つ“ウリ”が何なのかを相対的な位置関係をもとに確認することができる,というわけです。また,ホテル業界は,宿泊・滞在業界の一部でもあるため,ホテル以外の業種も検討対象に含めれば,旅館業,早朝・深夜発着航空便も,競合相手として浮上してきます。その上で,自分たちの立ち位置を選択すること,つまりポジショニングを考えることが,マーケティング戦略における重要な決定事項になるわけです。

医療におけるポジショニング

 このポジショニングというフレームワークは,医療分野においても十分に応用できます。

 例えば,私自身の担当部門である研修教育を今後も展開していくにあたって,自施設のポジショニングを明確にしておくことは必須のものでしょう。その場合,価値の軸には,次のようなものを挙げることができます。「初期研修vs後期専門医研修」「急性疾患の診療vs継続的な診療」「多数の指導医陣vs少数で親密な指導医との関係」などです。この軸を基に検討すれば,私たちの施設は,初期研修における急性疾患診療を主軸に研修教育を提供する体制を整備してきたことが明らかです。

 研修教育事業をリードする関係者各人において,いったんそのようなポジションの確認ができれば,次には,実際の事業策定をどのようにしていくべきかという議論にスムーズに移れるのではないでしょうか。

つづく

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