医学界新聞

寄稿

2009.04.13

寄稿
卒後臨床研修における必修科目削減を憂う

ローレンス・ティアニー(カリフォルニア大学サンフランシスコ校 内科学教授)


確実に豊かに変わりつつある日本の医学教育

 私はこの20年ほど,日本にたびたび招かれ,さまざまな機会に医学教育にかかわることができたことを光栄に思っております。

 初めてこのような機会を与えられたのは,1992年のサバティカル休暇(註1)を利用して訪日したときでした。この滞在中に日本の医学教育について非常に深く学び,多くの大学や地域の病院で教える機会が与えられました。私はそのときの経験を論文にまとめ,“Western Journal of Medicine”に発表しました。しかし,私にとってさらに重要なことは,青木眞医師,松村理司医師,松村正巳医師をはじめとする,熱意あふれる,真に優れた指導者との親交とかけがえのない交流が現在に至るまで続いていることです。要求の極めて厳しい学問の世界にあって,彼らは世界のどこでも通用する仕事をしています。

 個人的にも私は彼らから多くのことを学びましたが,それだけではありません。彼らが日本の医学教育を確実に豊かなものに変えつつあることを来日するたびに実感しています。その変化はゆっくりで,まだ完全とは言えないかもしれません。しかし,従来の上意下達式で訓示的な,特定領域を指向するシステムから,臨床分析や臨床推論,より広い領域をカバーするジェネラリスト・アプローチの重要性を認識できるシステムへと着実に変化しつつあります。こうした変化に,私が多少なりともかかわることを許されたとするなら,私にとって心の底からの喜びであります。

短絡的な見直し論議

 最近,このような思いを抱いている私をとても心配させることがありました。2009年3月に数週間滞在したときに,卒後臨床研修の必修科目とその期間を削減しようとする動きが進行中であることを知ったからです。さらに,米国のように,日本でも内科・小児科・家庭医といったプライマリ・ケアにかかわる医師が不足し始めている一方で,過剰な,あるいは必要数が管理されていない専門医やサブスペシャリティの標榜は増え続けていることを知りました。

 これら2つの問題のうち私が特に憂慮していることは,卒後研修の必修科目とその期間の削減の動きです。医療は本来,情報の基盤をすさまじい勢いで拡大していくものです。新卒者のキャリアプランを考慮することなく臨床研修期間を短縮することによって,制度施行前の状態に改善されるだろうと期待することは,短絡的であり,誤っている考え方だとも言えます。

経験に勝る教師はいない

 強力な検索エンジンを持つインターネットによって,情報の検索はこれまでになく容易になったではないかという意見があります。この事実だけをみれば,確かにその通りかもしれません。しかし,インターネットは10代の若者でも自在に扱うことはできますが,インターネットで臨床や教育の準備が十分にできるわけではありません。

 「経験に勝る教師はいない」という英語の古いことわざがあります。私自身,医学部を卒業して40年にもなりますが,一人の患者の診療から学ぶことは,経験豊かな医療者からの指導に勝ると考えています。医学生や研修医の医療技術も,診療を経験することによって初めて磨かれるものです。

 アメリカの多くの州で起きていること(註2)を紹介しますと,ペンシルバニア州では医師免許を取得するには2年間のトレーニングが必要です(図)。この動きは,他の州にも広がりつつあります(註3)。日本では,臨床医になるには高校卒業後わずか6年間の教育で十分だと考える人がいること。そして,上意下達式で訓示的な教育という遺物がいつまでも存在し続けていること。そして健全な精神の持ち主であるはずの医学教育者が,研修はもっと短縮できると考えることに,私は戸惑いを覚えています。これらが国民へのサービス低下につながることは明らかです。

日米の卒前卒後教育と医師免許取得
米国では一般的に,メディカルスクール後半の2年間を臨床実習に費やす。卒後は最低1年の研修を経て,医師免許を取得することができる(ペンシルバニア州は2年)。レジデンシーに際しては医師免許は不要。

専門医数のコントロールを

 プライマリ・ケア以外の医師の過剰については,問題解決の方法は単純で明快だと私は考えています。現に多くの国でこれらの方法は実施されてきました。私の考える方法とは,人口規模に見合った数の専門医を育て配備することです。その責任は当然,専門家団体にあります。研修者数を必要に応じて適切に制限することが,経済的にも,プロフェッショナリズムから見ても,専門家団体に資することは確かです。

 10年前の統計ですが,驚くべき数字があります。それは,当時のサンフランシスコの脳神経外科医の数が英国全体の脳神経外科医のそれを超えることを示したものです。彼らの名誉のために付け加えますが,彼らは徐々に研修医を減らすことにより脳神経外科専門医を減らしたのです。その結果,不要な手術は減り,質の高い外科医が確保されたと私は思っています。

 われわれは今,米国におけるプライマリ・ケアへの回帰の現場に立ち会っていると強く感じています。その理由はこれまで述べたことのほかにもあります。科学的成果を生み出すことに対してばかりでなく,優れた教育と患者ケアを提供することによって評価される人々が,米国のアカデミック領域で増えつつあるのです。

 さらに自分の経験から付け加えるならば,優れた臨床指導医は絶えず刺激を受けることにより創造的な活動にかかわるべきです。このことが,医療に携わる人の生き方に特別な拡がりを与えるからです。

註1:一定期間勤務した後に取得できる長期休暇。
註2:米国では州ごとに医療関係の法律が異なっており,医師免許は州政府が発行する。
註3http://www.fsmb.org/usmle_eliinitial.html


Lawrence M. Tierney Jr.
“Current Medical Diagnosis & Treatment”,“The Patient History”などの編纂で知られる。カリフォルニア大サンフランシスコ校の内科学教授としてサンフランシスコVAメディカルセンターで学生・レジデントの教育,臨床に従事する。1992年以来毎年来日し,いくつかの臨床研修病院で教育にあたっている。

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